第144話 勇者とは、魔王とは

 最近よく、眠りにつく前に考えることがある。


 シロナが言っていた「自分は何の為に生まれてきたのか」、きっとその言葉を聞いたせいかもしれない。


 私、イリア・キャンバスは何の為に生まれて来たのか。


 かつての私なら迷わずにこう答えただろう。


「私は勇者になる為に生まれてきた」と。


 だけど今、私は同じように答えられるだろうか。


 そもそも勇者ってなんなんだろう?


 誰かを助けるから勇者?


 誰かを助けたいから勇者?


 助けを求める声に応えるから勇者なの?


 答えは出てこない。


 だってそれは、勇者でなくたってできることだから。


 勇者でしか、できないこと。


 魔王を倒す、魔王を殺すからこその勇者?


 ああ、ああ。


 きっとそれは正しい。


 それは勇者にしかできないことだから。


 でも、それは私のやりたいことなの?


 魔王、魔王アゼル。勇者の仇敵、つまり私の、敵。


 英雄ラクスは彼を殺すと言った。


 魔王を、魔王だから殺すと。


 なら、魔王って何なんだろう?


 アゼルは殺されるだけのことをしたんだろうか?



 うん、きっとしたんだろう。



『人間』にとって問答無用で殺されるだけのことをきっとアゼルはした。


 だから、魔王であるというだけでアゼルは私たちに殺されるに値する。


 でもそれは私も同じ。


『魔族』にとって問答無用で殺されるだけのことを私はした。


 つまりそれは立ち位置が違うだけ。


 私が彼らの世界に踏み込めば、彼らはきっと容赦なく私を殺しにくるだろう。


 その時に私は、どうするのだろう?

 

 彼らの刃を受け入れるのか。


 それとも、これまで積み重ねた彼らの屍の上に、さらに死を積み重ねるのか。


 ああ、アゼルはそんな気持ちで、英雄ラクスの言葉を受け止めていたんだ。


 でもそれは、どうすればよかったことなんだろう。


 勇者として、そして魔王として生まれた時点で、それらは避けられなかったことだ。


 そういう運命予定のもとに、私たちは生まれている。


 なら、私の、それにアゼルの人生とは何なのか?


 どこに、あるのか?



「…………なあ、どうしてお前は、誰かに与えられた理由で生きていられるんだ?」



 かつて、アゼルが私にぶつけた言葉が思い返される。


 私にはそれが理解できなかった。


 私には、それが理解できなかった。


 私には、それが、理解できなかった。


 でも、今は、理解、できてしまう。


 誰かに与えられた理由で生きる私。誰かの都合にしたがって生きる私。


 誰しもを都合よく助けてくれる、そんな誰かになるようにと私は育てられた。


 でもそれは、私でなくても良かったんだ。


 私がいなくたって、代わりはいるの?



 それなら私は、私は一体なんなんだろう。



 ねえアゼル、教えてよ。


 私の心は、私の想いは、いったいどこにあるのかな?

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