第143話 相席賢王

「え、賢王、グシャ!? 何でここに?」

 イリアはすぐさま立ち上がってアミスアテナの柄に手をかける。


「ん、どしたのイリアちゃん? あの人どちらさん?」

 ラクスはイリアの反応の理由が分からずにポカンとしていた。


 対する賢王グシャはイリアの反応を気にかけることなく、彼らのテーブルへと真っ直ぐに歩いていく。


 そして、


「酒を飲みに来たが、随分と人がいない。良かったら相席を構わないだろうか」

 と口にした。


「え?」


「はぁ?」


 賢王のあまりの言葉にイリアとアゼルは言葉を失う。


「相席? まあオジ様も渋くて格好良い感じだし私は別に構わないけど。何この人、君らの知り合い?」

 ラクスは他のメンバーを見渡す。


「ん、この御仁、どこかで見たような」

 シロナはグシャの顔を見て自身の記憶と照合していた。


「この人あれだよ、ハルジアの賢王でしょ? シロナも一度面通ししたでしょ、イリアと一緒に」

 とくに興味なさそうにエミルは言う。


「え、ハルジアの王様なんだ。言われてみたらどこかで会ったことある気がする」


「英雄ラクス・ハーネットか、お前は確か10年以上前にハルジア城に謁見に来ているぞ。次のレベルまでの経験値が知りたいとな。ふ、伸びしろがあるとは思ったが、まさかとはな。恐ろしいものだ」

 賢王グシャはとくに感情ものせずに語り、自然に席に着く。


「あはは、昔そんなこともあったかな。10年以上前とかなんか恥ずかしい。ま、いいやマスター! またお酒と食事追加で~」


「相席の礼だ、この場は私が持たせてもらおう」

 そう言ってグシャは懐からハルジアの大金貨を一枚取り出してテーブルに置く。

 仮にこの場でどれほど飲もうとお釣りが出るほどのお金だ。


「え、いいの? さすが王様太っ腹」

 グシャの気前の良さにラクスはバンバンと彼の背中をたたく。


「それで、ハルジアの賢王がここに何の用? 王様のことだから偶然ってことはないんでしょ?」

 逆にエミルは賢王の思惑を図るように問いかける。


「エミル・ハルカゼか。まあ偶然でないのは確かだ。昨日まではフロンタークで亡くなった者たちへの葬儀を執り行っていたからな。一国の代表としてそれに出席していた。そして今日は市中の探索だ」


「へ~、王様も街を出歩いたりするんだ」


「フロンタークまでは普段なかなか足を伸ばせないので色々と情報を見落としやすい。まあその穴埋めのようななものだ。今ここでお前たちと酒をともにすることも含めてな」

 賢王グシャはそう言って運ばれてきた酒をグイっとあおる。


「お、いい飲みっぷり。イリアちゃんもアゼルくんもそんな緊張しないで飲みなよ。いくら王様だからってそんな緊張しなくていいでしょ? 意外と気さくだよこの人」


「気さくというよりも、行動が一貫してなくて何考えてるかわかんねえんだよ」


「賢王グシャ、先ほど昨日が葬儀だったと言われましたが。一体何人の方が亡くなられたのですか?」

 イリアは覚悟を決めたように賢王に問う。


「ん、そうだな。浮遊城の進攻による兵士の死者は3062名、負傷者は516名。街の混乱での民間の死者はゼロ、負傷者は121名といったところだ。まあそこのラクス・ハーネットが現れなければ、死傷者はこんな数では済まなかったし、未だ人間と魔族は戦闘の真っ只中にあるだろうな」

 賢王グシャは坦々と事実のみを述べていく。その正確な予測も含めて。


「……そうでしたか。ありがとうございます賢王。そしてラクスさん、本当にありがとうございました」

 イリアは賢王と、そして英雄ラクスに深く頭を下げる。


「どうしたのイリアちゃん。イリアちゃんが頭下げることじゃないでしょ。私は私でこのフロンタークから褒賞金貰っちゃってるし。あ、もしかしてあなたの知り合いがフロンタークに居たの? ならそれは命が助かって良かったねだけど」

 とくに気にしないとラクスは手を軽く振るのみでこの話題を流した。


「賢王は今回の魔族の進攻をどう見てるんだ?」

 そしてアゼルから賢王に向けて質問が飛ぶ。


「貴殿にそれを聞かれるとはまた面白い。ならば答えようか。計画性の薄い突発的な進撃、たった一つのイレギュラーによって瓦解する作戦、何より効果的な戦略よりも自身の性癖を優先したかのような戦術。これらのことから見るに今回の奴らの行動は魔王軍、ひいては魔族全体の総意ではないのだろう」

 一国の王としてあまりにも冷静な、一切の感情が入らない完璧な分析だった。


「あ、それ分かるかも。何か偉そうな嫌味な奴を痛い目にあわせて、そいつが逃げ出したら連中の指揮系統がグダグダになってたもんね。それで綺麗な姉ちゃんを助けたら、その人があの城を引き下げてくれたみたいだし」


「ふむ、では私の考えはそう間違っていないということでいいだろう。つまり今現在の魔王軍、そして彼らの国において統率者が不在の可能性がある」


「ぐっ」

(こいつ、俺が魔王だと知っていけしゃあしゃあと。ん? いや、この姿で賢王と顔を合わせたことはないわけだから、知らずに言っているのか?)


「不在の可能性があるっていうより不在なんでしょ。なんたって魔王はここに、ぐむ」

 エミルが口を滑らせようとしたところをイリアが慌てて封じる。

「エミルさん何を言おうとしてるんですか。ラクスさんがいるんですよ。魔王に会ったら殺すって言ってたじゃないですか」

 イリアは小声でエミルに言う。


「え~、本気なのかなぁ。ねえラクス、魔王と出会ったら殺すって本当? 別に正義に興味ないんでしょ?」


「ん? どうしたのエミルちゃん。別に私興味がないわけじゃないんだよ。正義って言葉は嫌いだけど、人間って自分に都合の良い正義って大好きでしょ? つまり正義はお金になるの。魔王に会ったら殺す。それでお金と名声が手に入るんだもの」

 お酒を口に運びながら、実に涼し気な口調でラクスは言い切った。


「あれ、何か随分と俗なんだね。思ってたイメージと違ったなぁ」


「あら期待外れだった? 私は俗も俗だよ。お金も欲しいし性欲も満たしたいし、称賛もあればあるほど嬉しいでしょ。冒険欲だけはちょっと違うけど、それもお金と名声には繋がっちゃうしね」


「では、ラクスさんは魔王に恨みがなくとも殺すんですか? もしかしたら魔王が良い人かもしれなくても」

 イリアは思わずそんなことを口にする。かつての自分から目を背けながら。


「別に良い人でも死んでいいでしょ魔王なら。今回の魔族の進撃でだって人が死んで、私はいなかったけど前の戦いでだってすごくたくさんの人が死んだんでしょ。それに魔族がこの世界に来た時にも人間が信じられないくらい死んで、それから200年の間もずっと彼らと戦い続けて人が死んでる。────ほら、ここまでくれば魔王が良い人だろうと同情の余地があろうと生かす理由はないでしょ。だって魔族の代表、彼らの顔は間違いなく魔王なんだから」

 きっぱりとラクスは言い切った。

 死んでいいだけの理由があるのだから殺していいのだと。


「そ、それは」

 言いよどむイリア、そこに、

「ああ、その通りだ。魔王に同情の余地などあるわけがない。ラクス、もし魔王に会うことができたのなら遠慮なく殺してやればいい」

 アゼルの冷めた言葉が入った。


「あらそう? アゼルくんが言うなら遠慮なくそうしようかしら」


 この会話を賢王グシャは興味深そうに聞いていた。


「ふむ、お前たちは面白いな。さて、時にエミル・ハルカゼ、お前たちはこれからどうする予定なのだ?」


「え、アタシに聞いてどうすんのさ? 教えても得がないじゃん」


「何そんなことはあるまい。聞かせてくれれば、貴様が先日しでかしたハルジア城下町での大騒ぎを不問にしよう」


「ギクッ、あ~、そう言えばそんなこともあったね。まあそれを引き合いに出されると答えないわけにもいかないか。でもいいの? そんなことが交換条件で」


「構わん。別に人死にが出たわけでもないしな」


「それじゃ遠慮なく、この街で聞きたいことは聞けたから、明日にはホーグロンに向けて発つよ。そのあとは多分人探しだね。大賢者、知ってる?」


「ふむ、大賢者か。名前はよく耳にするが、今まで顔を合わせたことがないな。その者についての情報はなぜか常に空白になってしまう。」


「へ~、大賢者か。エミルちゃん知り合いなの?」


「知り合いと言えば知り合いだね。ロクデナシの人でなし、できたら関わらない方がいいよ」

 エミルは苦々しい顔をしながらラクスに言う。


「え~、そう言われちゃうと気になるなあ。私もロクデナシだから人のこと言えないし」


「多分ラクスの嫌いなタイプだからやめといた方がいいって」


「そうですラクスさん。絶対にオススメしません。間違いなくイラッときますよ」

 イリアも自信満々に断言する。


「おう、イリアちゃんがそこまで言い切るって相当だね」

 そういってラクスは快活に笑う。


 英雄と勇者と魔王が同席しながらも、このテーブルには笑いと活気があった。


 そんな様子を眺めながら賢王グシャは、


「そうか、お前たちは随分と迂遠で非合理な道を選べるのだな。────実に、お前たちが羨ましい」

 当たり前に聞き取れば皮肉や非難としかとれない賢王の言葉、だがその声音にはひたすらに眩しいほどの羨望が込められたいた。


「さて、随分と邪魔をしたな。私もそろそろ城に帰らねばならない。我が双剣が悲鳴を上げぬうちにな。ではいずれまた会おう、英雄ラクスにエミル・ハルカゼ。そしてイリアにアゼルよ」


「「!?」」

 不意をつく賢王の発言に驚くイリアとアゼル。


 最後の最後、賢王グシャはとっておきの爆弾を残して酒場から去っていく。


 そして、


「──────ふ~ん、勇者に、魔王なんだ」


 飛竜落とし、元人類最強、英雄ラクスの瞳が獲物を見つけた猛禽類のように煌めいていた。

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