第142話 相席英雄

 英雄ラクスは実に気さくな態度でエミルを自身のテーブルへと招いた。


「ん、アタシは別にいいけど、イリアどうする?」

 エミルはパーティのリーダーであるイリアに確認をとる。


「あ、そっちの三人もあなたのツレ? ねえ良かったら一緒に飲みません?」

 ラクスはイリアたちにも誘いをかけた。


(願ってもない話じゃない。色々情報を聞き出してみたら? 私はしばらく黙ってるから)

 アミスアテナが小声で促す。


「……そうだな、それじゃ席を移るか」

 アゼルが席を立ち上がろうとすると、イリアが彼の右手を握っていた。


「どうした? イリア」


「アゼル、ありがとね。私のために怒ろうとしてくれたでしょ」


「~~~~っ、未遂だよ。アホなこと行ってないでいくぞ。ほらシロナも」


「───うむ、了解したでござる」

 

 イリアたちは全員ラクスのテーブルへと移っていく。


「マスター、こっちのテーブルに適当にお酒と食事追加してもらっていい? ゴメンね、私のせいで客帰らしちゃって。その分は多めに払うからさ」

 そう言って彼女はどこから取り出したのか、机の上に大量の金貨袋をドスンと置く。


「アンタ、随分と金持ちなんだね」

 ラクスの対面の席に座りながらエミルが言う。


「ラクスでいいよ。このお金は最近の臨時収入、だからここは奢らせてね。こういうお金はパーッと使い切らなきゃ」

 八重歯をキラリとさせてラクスは快活に笑う。


「すいません、相席させてもらいます」


「いいのいいの、私も迷惑かけちゃったし。にしてもさっきの連中は勇者がどうたら魔王がどうたらってうるさかったね。もう少し静かなら私だって我慢したのにさ。まさか同じタイミングでエミルちゃんも立ち上がるとは思わなかったけど。あ、そっちの三人はまだ名前聞いてなかったね」


「あ、私はイリア……です」

 思わずフルネームで名乗りかけたイリアは、途中で踏みとどまる。

 先ほどの流れで勇者であるとバレるのを気に咎めたからであった。


「……俺はアゼル」


「拙者はシロナでござる」


「へえ、イリアちゃんにアゼルくんにシロナね」


「アゼル、だと?」

 あまりの聞きなれない響きに、アゼルは戸惑う。


「あれ、ダメだった? 同い年くらいと思ったけど。私27だよ」


「あのな俺は、にひゃ…………28歳だ」

 アゼルは思わず本当の年齢を言いかけ、慌てて人間換算でのだいたいの歳に言い直す。


「28? ならやっぱりそんなに変わんないじゃん。にしてもみんな可愛いし色男だし目の保養になるわ。魔法使いのエミルちゃんがいるってことは何か冒険者のパーティ?」

 ラクスはお酒を口にしながら聞いてくる。


「ま、確かに冒険仲間ってとこだけど。────何か拍子抜けしたなぁ。英雄『飛竜落とし』って言うからどんな人かと思ったのに、何か近所のお姉ちゃんみたい」

 先ほどまでのピリピリした空気はどこへ行ったのか、エミルは気が抜けた様子で新しいグラスに口をつける。


「それを言ったらエミルちゃんだって大概だよ。『最強の魔法使い』『歩く災害』なんて聞いてたからどんな悪鬼羅刹あっきらせつかと思ったのに。まさかこんなに可愛い女の子だなんて思わなかった」

 そう言ってラクスはエミルの頬をツンツンとつつく。


「やめれ、アタシだって一応もう23歳だから」

 口では抗議を示しながらも、エミルはされるがままである。


「あらま、意外と大人だったのね。そっちのイリアちゃんは?」


「私は今17です。今年で18歳になりますね」


「そうなんだ、あなたももっと若いかと思ってた。でもいいなぁ17か、私も17の時は…………ドラゴンと戦ってたわね」


「どんな青春時代だよ。というかお前、17歳であのどでかいドラゴンを叩き落としたのか」


「あれ、アゼルくんあのドラゴン見たことあるの? ま、あるか。大境界の近くにいけば嫌でも目に入るしね」


「あ、ああ。まあそんなところだ。ところで大境界と言えば最近浮遊城が動き出したんだろ? 英雄ラクス、つまりお前が追い払ったって聞いたがそれは本当なのか?」


「え、あの大きな浮き城? まあ結果的にはそうなるのかな。私としては初めてのお城に冒険に行っただけだったんだけど。ん~、でもあんま収穫はなかったなあ。いけすかない魔族もいたし。まあでもあの白い髪のお姉ちゃんはエロくて可愛かったな」


「エロいとかどうでもいいんだよ、ん、白髪? そいつは無事なのか? ……まさかお前そいつを、」

 アゼルは続く言葉を飲み込む。彼女の返答次第では自身を抑えられる自信がないゆえに。


「ん、その人? 何かすごい弱ってたから何もしなかったよ。さすがに衰弱してる女性を襲うのは気が引けるしね~、んっ」

 ラクスは何事もなかったかのように新しく来た酒のジョッキをあおって空にした。


「というか、さっきの連中だけどヒドイと思わない? 私は3か月前にダンジョンから還ってきたばかりだからさよく知らないけど。勇者って世界のピンチを救ったんでしょ? 何でたまたま次のピンチに居合わせなかっただけであんなこと言われなきゃならないかね~」

 そう言って彼女はさらに次のグラスを空にする。


「ですが、その勇者がいたら多くの人が死ななかったのも事実ですから」

 イリアは悔しそうに顔を伏せる。


「ふ~ん、イリアちゃんは真面目なんだ。私だったらもうオコもオコ、激オコだよ。お金も貰ってないのにそんなことできるかっての」


「ん? だがお前も元々は金も貰わずに浮遊城に乗り込んだんだろ。いわゆる正義感ってやつじゃないのか?」


「正義感? 冗談冗談、私正義とか嫌いだし。私はね冒険が好きなの。知らない土地や知らない秘跡・迷宮・城。そういうとこを踏破していくのが楽しいんだ。でもその点で言うと浮遊城はイマイチだったなぁ。その直前に潜ってたのが『ダンジョン』ってのもあるけど流石に手応えがなさすぎだった」


「おいおい手応えがないって、アレは魔王軍の戦時拠点だろうよ」


「ん~、まあそうなんだけどね。あそこに魔王がいなかったってのも大きいかな。流石にいたら違ってたかも。というか魔王が勇者と一緒だったってウワサ本当なの?」

 さらにジョッキを空にしたラクスは、一番聞いてほしくない話題を振ってくる。


「え? さあどうなんでしょうか。ウワサは所詮ウワサかもしれませんよ。─────────もし、それが本当だったらラクスさんはどうします?」

 イリアはラクスの表情を窺いながら探りを入れる。


 すると、


「私? 別に勇者には興味ないしなぁ。ま、魔王にもし会えた時はとりあえず殺すかな」

 とくに特別なことでもない、明日晴れたら買い物に行くくらいの気軽さで彼女は言い切ったのだった。


「とりあえず、ですか?」

 イリアは今の言葉をどう受け止めたらいいのか戸惑いながら聞き返す。


「うん、とりあえず。魔王って人間全体の敵でしょ。まあ私も一応人間だし。魔王を退治すれば何かしらの褒賞だって貰えるだろうしね。────あれ? 何かアゼルくん、どっかで見たような顔してる」

 ラクスは黒いフードを被っているアゼルの顔を覗き込もうとする。


「っ、気のせいだろ。俺はお前に会うのは初めてだからな」


「ま、それもそっか。でも私好みの良い顔。良かったら今晩一緒に過ごしてみない?」

 そう言ってラクスは身体を乗り出してアゼルの唇を奪った。


「え、ちょっとラクスさん!?」

 突然の彼女の振る舞いにイリアも驚く。


「!? ってお前何をしてんだ!」

 慌ててアゼルは唇を離す。


「え~、何って、今晩のお相手の予約だけど。というか私のタイプの男って滅多にいないから、このチャンスを逃したくないんだよね。あれ、アゼルくんってもうこの中でお相手が決まってる? だったらゴメンね」

 かなり酒が回ってきたのか、火照った頬に蕩けた瞳をしながらラクスはアゼルを見つめていた。


「いや、─────それは違うがそういう問題ではないだろよ」

 数瞬考えてアゼルは否定する。


「え~、それならいいでしょー。ワンナイトな関係でも私はOKだよ?」

 ラクスは胸元をチラリと見せつけながらアゼルにすり寄っていく。


「ダメですダメです! ラクスさん、そう言ったふしだらなことは良くないと思います。そして胸を強調するのを直ちにやめてください。ね、エミルさん?」

 話を振られたエミルは新しい酒を飲みながら、


「ん? そういうのは個人の自由でいいんじゃない? それに一部の身体的特徴に私怨が入っているよイリア」

 とくに自分は関わらないと手をヒラヒラとさせる。


 ついでに言うとシロナは黙々と酒を飲んで瞑想に浸っていた。


「ね、アゼルくんそういうわけだから。みんな問題ないって。先っちょ、ほんの先っちょだけだから」

 

「ええいやめんか。言っとくがな、俺は既─────!?」


 カラン


 アゼルが何か言いかけたところで、酒場の扉が開く音がする。


 そこに現れたのは、


「随分と空いているな」

 髭を蓄えた壮年の男性。冠や豪奢な衣装こそ着ていないものの、その蒼い双眸は一度見た者は決して忘れはしない。ハルジアの賢王グシャ・グロリアスがそこにいた。

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