第141話 酒場、英雄ラクス

 夜になり、イリアたちはフロンタークでは大きめの大衆酒場に入っていた。

 いかにも未成年な見た目であるイリアとエミルが周囲の目を引くが、この街ではとくに飲酒年齢に制限があるわけでもなく、アゼルとシロナが二人を挟むことでとくに騒ぎになることもなくカウンター席に着くことができた。


「オヤジ、適当に酒とつまみをくれ」


「あ、私はミルクで」


「アタシは甘めのリキュール頂戴」


「おいおい嬢ちゃん、酒が飲めるのかい? 頼むからここで戻したりしないでくれよ」

 店のマスターは怪訝な目でエミルを見ながら注文を受ける。


「では拙者は『鬼殺し』をストレートで」

 そして何事もないかのようにシロナが注文を続ける。


「「「!?」」」


「おい、シロナ。お前飲めるのか?」

 

「当然。拙者は稀代の鍛冶師クロムの手によって作られたオートマタ。それが酒の一杯や二杯飲めないわけがないでござる。あるじと一緒にいたころはよく晩酌に付き合ったものだ」

 遠い昔を思い出すようにシロナは天井を見上げる。

 そしてあまりにも驚愕の事実にイリアたちは皆、口を開いて呆然としていた。


「酒はいい。まるで潤滑油のように関節のすみずみにまで染みわたる。度数も高ければ高いほど動きのキレが良くなるでござる」

 しみじみとシロナは言う。


「え~と、シロナが言うと比喩に聞こえないね」

 

「まあ、さすがにつまみは食せないでござるが」


 そんなこんなでイリアたちが話しているうちに飲み物と食事が出される。


 アゼルは早速出された酒に口をつけて、酒場の主人に話を振る。


「ところでマスター。最近フロンタークに直接浮遊城が襲って来たんだろ? よく無事で済んだな」


「何だいアンタらはこんな時期に外からやってきたのか。噂くらい流れただろうに。まあそうだよ、1週間前に浮遊城が攻めてきた日は、ここは地獄かと思うくらいの大混乱に包まれてたさ。実際に連合軍の何割かの兵は死んじまったって話だからな。昨日ちょうど街をあげての葬儀が終わったとこだが、遺体も残っちゃいないから実に味気ないもんだったよ」


「遺体すら残らなかったって。そこまで酷いものだったんですか?」


「ああ、聞いた話だとあの空飛ぶ城から放たれた黒い光で大半の兵士は跡形もなく消えてしまったらしいからな」


「黒い光? 魔素粒子砲のことだろうが、……俺以外でアレを使えるのはセスナくらいだぞ」

 アゼルはそう言って酒を口にしながら考え込んでしまう。


 そんな時、他のテーブルでは乾杯の音頭が上がって徐々に盛り上がりはじめる。


「いやあ、この度は無事生き残ることができた俺たちの幸運と、英雄様に感謝して乾杯!!」


「「「乾杯!!」」」


「まったくあの浮遊城が動き出したって聞いたときは、もうダメかと思ったぜ」


「本当だよ。軍の兵士たちはよく戦ってくれたんだろうけど、ろくな足止めにもならなかったらしいじゃないか。英雄『飛竜落とし』様には感謝感謝だよ。いや、いまや英雄『浮遊城落とし』様ってか」


「馬鹿やろ、それじゃ語呂が悪すぎるだろ。それに兵士のことは悪く言ってやるなよ。所詮俺たちまっとうな人間じゃ魔族どもの相手にはならねえんだ。よく立ち向かってくれたと思わなきゃよ。それより俺は何で今回は勇者がいてくれなかったのかの方が気になるぜ」


「ああ確かにな。勇者が最初からいてくれりゃあフロンタークの兵たちが無駄死にすることもなかったんだ。あの野郎どこで道草喰ってんだか」


「おいおい勇者はガキの小娘なんだから野郎じゃねえだろ。大方お花摘みにでも行ってたんじゃねえの?」


「「ギャハハハハ」」

 男たちの品のない大きな笑い声が響く。


 当然、その大声はイリアたちのもとにも届いていた。


「───アタシもあっちのテーブルに混ぜてもらおうかな」

 エミルが冷めた目で席を立とうとする。

 彼女の性格を知る者なら、これから何が起きるかは火を見るよりも明らかである。


 しかしそれを、


「やめてくださいエミルさん。あの人たちは間違ったことは言ってません。私が間に合わずに犠牲になった人がいることは確かなんですから」

 イリアはエミルの手を握って止める。


「───ま、イリアがそう言うならいいけど」

 エミルは椅子に座り直し、グラスの酒を一気にあおる。


 しかし、そんな中で男たちの話は止まらない。

 むしろ周囲の人間も巻き込んで徐々に内容がエスカレートしていった。


「というか勇者は今どこにいんだよ。最近はウワサも聞かねえぞ」


「あ、お前知らねえのかよ。何かアスキルドからは手配書が出てんだぜ。何でか魔王とセットでな」


「はあ? さすがにそれは嘘だろ。何で勇者が魔王と一緒なんだよ。もしそうなら戦犯モノだぜ」


「知らねえよ、実際に出てるんだから仕方ねえだろ。アスキルドから来た奴の中には本当に魔王と勇者が一緒なのを見たって言ってるのもいるし、あながち本当かもよ」


「なに? そうなのか、……だとしたら前の魔族との戦いも実はグルだったりしてな」


「確かに、前からおかしいとは思ってたんだよ。でなきゃあんなにちっこいガキが魔族相手に無双できるわけねえもんな。そうかきっと魔王と勇者は繋がってたんだよ」


「何だと!? だったら絶対に許せねえよ! 一体何千人がこのフロンタークで死んだと思ってやがるんだ。おい、誰か今度勇者を見つけたらここに引っ張り出そうぜ。そして俺たちみんなの前で本当のことを吐かせてやる」

 酒で酔っ払った男は赤ら顔になりながらも大声をあげる。


「よ~し、俺もそれに乗った。ひゅ~えぁ、おい誰か勇者の人相書き持ってる奴ぁはいねえか?」


「お、持ってるけど見るか。例のアスキルドの手配書だけどよ」


「どれどれ、おう結構なベッピンじゃねえか。まだちと若いがよ。てか何でそんなモン持ち歩いてんだ。勇者退治でもする気か?」


「まさか、可愛いと思って一枚拝借してたんだよ。でもあれだろ、俺たちで勇者を引きずり出してみんなで好きにすんだろ? そりゃ面白そうじゃねえか」


「馬鹿やろ、それじゃ趣旨が変わってんだろうが。ま、でも本当に勇者が魔王と繋がってた時は本当にそうしてもいいかもな。ガハハハハハ!!」


「「「「ギャハハハハハハァ!!!!」」」」

 男達の下卑た笑い声が酒場に響き渡る。


「っクソが!」

 その声を聞いて我慢の限界を超えたアゼルが立ち上がる、…………その前に、


「「うるさい!!!!」」

 グラスを叩き割りながら立ち上がる二つの影があった。


 一人は当然、歩く災害エミル・ハルカゼ。

 顔を隠していたフードを上げて男たちを睨みつける。


 そしてもう一人は、


「さっきから聞いてりゃ好き勝手なことをグダグダと。いい加減酒がマズくなるから私の前から消え失せな。性欲があり余ってるなら、そこらの娼館で金と一緒に使い切ってきなよ」


 紅い長髪をポニーテールにして結んだ、八重歯が特徴の若い女性だった。


「あぁ? 何だお前らは、女は関係ねえからすっこんでな。……って、アンタはラクス・ハーネットじゃねえか」


「おい、それにこっちはアイツだ。最強の魔法使いエミル・ハルカゼだぞ」


「嘘だろ、何でここに最強クラスの人間が二人もいんだよ」


「ちょ、ちょっと待てよ。アンタらには関係ねえだろ。いやなに、ちょっとばかし羽目を外しちまったかもしれねえけどよ」

 突然降って沸いた命の危機に男たちはタジタジとしながら必死に二人をなだめようとする。


 だが、


「「アンタたちの言い分を聞いた覚えはないよ。10秒で消えな。それとも強制的に消されるのが好みだった?」」

 奇蹟的に二人の台詞が完全にシンクロし、ラクスからは得体の知れない闘気が、そしてエミルからは可視化されるほどの灼銀の魔力が迸る。



「「「「ひぃ!! 今すぐ消えます!!!!!」」」」

 絶対的な死の予兆が男達の能力の限界を突破させ、彼らは5秒で酒場からいなくなった。


 そしてここで初めて視線の合うラクスとエミル。


「「────────────────────」」

 

 元『最強の英雄』と現『最強の魔法使い』、その二人が同じ場に立ち会ってしまった。


「アンタが飛竜落とし、ラクス・ハーネット?」

 エミルからラクスへの問い。


「そだね。そういうあなたは最強の魔法使いちゃんかな? ウワサは色々聞いてるよ」


 両者の間に生まれた謎の緊張感。その場にいる者はみな、一触即発の空気と身の危険を感じ取る。

 その一番の原因は『最強の魔法使い』に『歩く災害』なんて呼び名までがついているせいだが。


 二人の間に流れる災害の予兆。

 そして、それに気付いた他の客は瞬時に自分のテーブルに代金を置いて先ほどの男達と同じようにものの数秒で店から消えていった。


 二人以外に残されたのはイリアたちと、酒場の店員のみ。


 その店員もカウンターの下にしゃがみ込み、何事も起こりませんようにと祈りを捧げている。


「アタシの名前はエミル・ハルカゼ。英雄ラクスのウワサだって今まで色々聞いてきたよ。──相当強いんだって?」

 エミルは獲物を見つけた肉食獣のような眼でラクスを見定める。


「強いよ、かなりね。そう言うエミルちゃんも強いんでしょ。────ねえ、良かったらさ」


 ラクスはそんなエミルに怯むことなく、ゆっくりと歩いて近づいていく。


 至近距離で対面する二人。

 いざ近くに寄ったことで二人の違いが明確になる。

 ラクスの身長は一般的な女性よりも高く、エミルと比べると頭一つ以上の差がある。それに比例するように抜群のプロポーションをしていた。


 そんな英雄がどんな人物であるかと言えば、


「一緒のテーブルでお酒飲も!」


 ただの気のいいお姉さんだった。

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