第140話 フロンターク
青い狼煙を確認してから2日後、イリアたちは前線都市フロンタークの宿に到着する。
しかし、余談ではあるがそこまでの道中で魔人ルシアと再度遭遇していた。
ルシアは修行してレベルを上げてきたとアゼルやエミルとの再戦を望むが、そこにシロナが自ら名乗り出る。
「我が刀境、魔王アゼル以外にも通じるものか試したいでござる」
そしてルシアは、来るのなら迎え撃つとこれに応じる。
ここからシロナの試し斬りならぬ「試し斬らず」が始まった。
「刀が滑ったでござる」
「刀が滑ったでござる」
「刀が滑ったでござる」
シロナは前回のアゼルとの戦いで至った境地を如何なく発揮して、魔人ルシアに傷一つ付けることなくボコボコにしていた。
ルシアはルシアで実質のダメージはゼロなので、折れない心でシロナに挑み続ける。
もはや千日手となり、シロナの「試し斬らず」が3桁に達したところで、エミルが業を煮やして参戦。
そこから先は阿鼻叫喚の三つ巴戦となるのだった。
「あ~、下らん足止めを喰らった。爆発オチとか最低だな」
フロンタークの宿でようやく腰を落ち着けたアゼルが疲れたとグチる。
「最後は爆弾娘の自爆スレスレの爆発魔法だものね。あの魔人の子、生きてるかしら」
アミスアテナもその時の光景を思い出したのか
「ん~、こないだの魔法喰らってもピンピンしてたし大丈夫でしょ。いや~乱戦も久々だけど楽しかったなあ」
だが当のエミルは悪びれもせずに先ほどの戦いを思い出してニコニコしていた。
「シロナはシロナで自分に向けられた分の爆発魔法は無効化してましたしね。シロナもああいう試すようなことしちゃダメだよ」
イリアは困った顔でシロナをたしなめる。
「うむ、あの魔人に光るものがあったゆえ、つい興が乗ってしまったでござる。拙者もまだまだ未熟。魔人の少年にも一年ほどで追いつかれるかもしれない、精進せねば」
「…………シロナの言う一年は不眠不休での一年のことだからな。壁が分厚過ぎる」
アゼルは先のシロナとの戦いを思い出して嫌な汗をかいた。
「あ~、にしても流石にここまで歩き通しだったから疲れた。夜までゆっくり休も~」
そう言ってエミルは宿のベッドにゴロンと寝転がる。
「まあ途中に大きな街もなくて馬車を都合することもできませんでしたからね」
「と言っても
「それにしてもアミスアテナ、イリアたちの封印を解除してよかったのでござるか?」
シロナの言うように、現在イリアとアゼルは封印の解かれた大人の姿となっている。そしてイリアは白、アゼルは黒とそれぞれ深めのフード付きのローブを羽織っている。
「良くはないわよ。良くはないけど仕方ないじゃない。この街はかなり治安が悪いんだから。そこのエミルも含めたお子様メンバーで歩けば変な
「なるほど、だが聞けばイリアたちは手配書も回ってるのでござろう。今の姿でいるのもまた危ないのでは?」
シロナのいう通り、エミルを筆頭にイリアたちは奴隷大国アスキルドからの指名手配を受けている。
「その点はまあ大丈夫だよ。この街は脛に
エミルは身体を起こし、ベッドの上であぐらをかきながら話す。
「ふざけるな、イチイチ喧嘩なんざ買ってたら情報がいつまでたっても集まらんだろが。それにこんな所でゆっくりしてていいのか?」
「言っちゃなんだけどここは夜の街だからね。昼間よりも夜の方が人通りは賑やかになるし、酒場も人が集まる。風俗店もたくさんあるけど、アゼルもどっか行っとく?」
エミルはアゼルをからかうようにニヤニヤとしている。
「行くかよ。見ず知らずの女に任せる連中の気が知れん」
「へ~、意外と潔癖。まあ元は王様だもんね」
「元じゃねえよ、今も魔王だっての」
「自分の国を飛び出してきた、ね」
皮肉交じりのアミスアテナからのツッコミが入る。
「もう、みんなでアゼルをいじめないでよ。それにしても街の人の話にあった『英雄』って誰なんだろ?」
イリアはフロンタークについてから聞くことのできた情報を振り返る。
「誰って『飛竜落とし』って言ってたんだからラクス・ハーネットのことでしょ?」
エミルがベッドに転がりながら当然のことのように話す。
「ラクス? その人は有名なんですか」
「飛竜落とし、なんか思い当たるようなそうでないような」
イリアは相変わらずポカンとした様子で、アゼルは何か思い出しそうにうーんと唸る。
「イリアはともかくアゼルは知ってるでしょ。何せ大境界のど真ん中にドラゴンを叩き落とした張本人なんだから」
「あー、あの時の人間のことか!」
「そう、そいつ。その時からラクスは英雄として名を馳せて、それからも冒険者として数々の偉業を成し遂げていった。イリアの村みたいに情報が隔絶された田舎でもない限り彼女はかなり有名だよ」
「う、確かに田舎ですけど。」
「それにしては変ではないでござるか? それほどの強さを誇る大人物なら先の戦いの折りに拙者たちと面識があっても良さそうであるが」
「あー、それね。彼女、ついこないだまで死んだことになってたから。というかアタシも死んだんだと思ってた」
「ん、どういうことだ?」
「英雄ラクスは『ダンジョン』に潜ったの。それで何年も音沙汰ないから世間じゃ死んだ扱いになったんだよ」
「ダンジョン?」
アゼルは聞き覚えのない単語に疑問符を浮かべた。
「あれ、アゼルは知らないんですか? 入口の場所もその中身も度々変わるっていう謎の迷宮ですよ。誰も生きて帰った者はいないという話なので、それが本当かもわからないですけど」
「アタシもいつか行ってみたいけど、今のとこ入口にすら出会えないからね。リノンには絶対やめとけって言われてるけど」
「あのリノンが真面目に忠告するよならやめておいた方がいいでござるよエミル」
「えー、シロナもそんなこと言うの~。つまんないなー。あ、そうだ。アタシが最強の魔法使いなんて呼ばれるようになったのだってそのラクスのせいなんだから」
「ん、どういうことだ?」
「だから、元々そのラクスが世間じゃ『最強の英雄』なんて呼ばれてたの。それが行方不明になったもんだから、その呼び名がアタシに回って来ちゃったってわけ。」
「前の戦いでの戦果はイリアやシロナが多かったはずだけど、この子はとにかく派手で被害がデカいからね。最強なんてイメージはどうしてもそっちにいっちゃったのよ。まあ別に最強なんて称号はイリアには似合わないからいいけどね」
「なるほど、てことは『歩く災害』って方の呼び名は
「まあ、そんなところじゃないの。だからとりあえず夜まで休んで酒場にでも行ってみるんでしょ。それじゃアタシはもう寝るから」
そういってエミルはベッドに横になったまま瞳を閉じて、そのままスヤスヤと眠り始めた。
「おいおい、────本当に寝てやがる。子供かよ」
「まあここまで歩きどおしでしたからね。それじゃあ私たちも夜まで休みましょうか」
本日の方針も決まって彼らは各自のやり方で休息をとり、そして夜になった。
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