第138話 そしてフロンタークへ

「さ~て、シロナも無事に仲間になったし、ユリウスとカタリナを迎えにホーグロンに行こっか」

 いつもどおり元気に伸びをしながらエミルが言う。


「そうですね、あんまり長くユリウスたちを預けるのもクロムさんに悪いですし」

 封印がやや緩み、ほんの少しだけ肉体が成長したイリアもそれに同意する。

 その両腕は同じく封印が弱まって外見が成長したアゼルをしっかりとホールドしている。そして当のアゼルはぐったりとした表情だった。


「もう何でもいいから早く俺をイリアから解放してくれ。というか別に俺じゃなくてもユリウスとかでもいいんじゃないか?」


「馬鹿ね魔王、今のイリアがユリウスを抱きしめたらまた気絶させちゃうでしょ。あきらめてそのポジションはあなたが引き受けなさい。…………その方が本物の10歳を抱きしめる勇者よりは事案指数が下がるから(小声)」

 アミスアテナはアゼルを諭すように、そして最後は小声であきらめるようにそう言った。


「…………ホーグロンか、ずいぶんとなつかしいでござる。担い手イリアたちはマスター、我があるじクロムにすでに会っていたのだな」

 新たにイリアたちの仲間になったオートマタの聖刀使いシロナは、感慨深そうに言う。


「うん、直接本人がシロナの作り手だって教えてくれたわけじゃないけど、ずっとそうなんじゃないかって思ってた。久しぶりに会って、今のシロナの姿をクロムさんに見てもらおうよ」

 イリアは柔らかな笑顔でシロナとクロムの再開を望んでいた。


「────ああ、そうでござるな。……しかしどんな顔であったら良いのか、分からないものだが」

 シロナはなんとも言えない表情をしている。

 

馬鹿ばっかだねぇシロナは。もともとシロナは表情のバリエーション少ないんだから、普通に帰って普通に『ただいま』って言えばそれでいいんだよ」

 エミルはそういって小気味良くシロナの背中を叩いた。


「そういうもの、でござるか。うむ、そうしてみる」

 シロナはしみじみと頷く。


「ふふ、それじゃあ早速ホーグロンに戻りましょうか、ってあれ? あれは狼煙ですか?」

 イリアがふと南の空を見上げると、空に高々と濃い青色の狼煙が上がっていた。


「あ、あれって軍用狼煙じゃない? アゼル、あれ読める?」

 エミルは額に手をかざして、「お~」と見上げている。


「あん? 青色の狼煙は緊急事態終息の合図だろ。ちょっと待ってろ、今符号を読んでやるから」


「ちょっと、何で魔王が人間の軍の符号を読めるのよ?」

 アミスアテナからの当然の疑問。


「あのな、俺は百年以上もあの狼煙が上がるとこを見てきてるんだぞ。どの状況でどんな狼煙が上がるか見続けてればさすがに覚えるわ」

 アゼルはアゼルで当然のことだと返す。


「あ~、そう…………人間が勝てないわけよね」

 アミスアテナはそっとぼやく。


「んーと、さすがに10年で一部の符号は変わってるな。『浮遊城』『完全』『撤退』『人間』『勝利』? …………ん、どういうことだ?」


「え、そのままの意味なら浮遊城が撤退して人間側が勝利した、ってことじゃないんですか?」


「いや、だから撤退するってことは一度攻め込んできたってことだろ。浮遊城はお前たち勇者のパーティが前にどうにかしたんじゃなかったのか?」


「どうにかはしたけど、完全に破壊できたわけじゃないわ。イリアの力で大損害は与えたけれどもあの城には最後に逃げ込まれちゃったから」


「ほう、ということは修復した浮遊城で改めて誰かが攻め込んできたんだろうが、その時の緊急宣言の狼煙を見てないな。赤い狼煙が上がるはずなんだが」


「赤い狼煙?」


「ああ、赤の狼煙は緊急非常事態の合図、黄色のは要警戒継続の合図、そして青が事態収束の合図だ。それに符丁をつけることでやつらの軍は細かいやりとりをしてる。だから今俺たちが青い狼煙を見てるってことは、その前の赤と黄を見逃してるんだよ」


「……敵方の魔王にここまで見抜かれているって、人間の軍ももうちょっと頑張りなよ」

 エミルが呆れた様子を見せる。


「あの~、もしかしてイニエスタの街でタダ働きしていた時に上がってたんじゃないですか?」

 イリアが申し訳なさそうに口にする。


 前回イニエスタにてが魔人ルシアと私闘を繰り広げた際に街に与えた被害の賠償でイリアたちは三日間タダ働きを強いられていた。そのほとんどが屋内での作業であったため、狼煙を見逃したのだとすれば辻褄が合う。


「あ~、ありえるな。エミル」

 アゼルはジト目で戦犯であるエミルを見た。


「え、何、それもアタシのせい? え~、流石に煙が上がった上がらないまでは責任取れないよ~」


「いやまあそうなんだが、その言い分だとそれ以外は責任を取ってるように聞こえて腹が立つな」


「ん、結局はどういうことでござるか? 一度は我々が撤退・沈黙させた浮遊城が再起動して再侵攻を開始、最前線であるフロンタークはすぐに派兵して緊急の赤い狼煙を上げていたはずだった。そして今は何故か事態収束の青い狼煙が上がっている。つまりは人間側はどうにかして浮遊城を追い返したということなのか?」

 シロナは質問をするようでここまでの経緯を軽くまとめてしまっていた。


「そうね、ここで一番気になるのは、の部分よね。二年前、人間だけの力であの城をどうにかできたのなら、あんな戦争にはならなかったのだから」

 アミスアテナは一番の疑問点を明らかにする。

 前回の魔族侵攻においては、イリアたち勇者のパーティの規格外の能力をもって彼らを追い返すことができたのだ。そのイリアたちがいない状況で再び浮遊城を追い返せたのだというのなら、一体そこで何があったのか。


「…………一度現場に行ってみるか?」

 アゼルからの提案。


「ま、それが妥当だよね。アタシも気になるし。フロンタークに行けば何があったのか聞けるんじゃない?」


「そうですね、一度フロンタークに寄ってみましょうか。シロナ、ホーグロンに行くのが後になるけどそれでいい?」


「気にするな担い手イリア、拙者はオートマタで主は魔人。別に会おうと思えばいつでも会えるでござるよ」

 シロナはとくに気にした様子もなくイリアに言葉を返す。


 後に、イリアはこの時のやりとりを後悔する。


『会おうと思えばいつでも会える』


 誰もがふと口にしたことがあるであろうこの言葉。


 この不確かな未来に、そんな保証などどこにもないというのに。

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