第137話 モノクローム

 ずっと、この目に焼き付いている景色がある。


 鮮やかな緑の地平、その奥に広がる青き海原。深い森とその中央で煌めく大きな湖。馬鹿馬鹿しいほどに巨大な塔に、人間たちの営みを内包する国や町村。


 思えば俺は、200年に渡る今までの人生のほとんどを浮遊城ジークロンドの天守からそんな景色を見渡すことに費やしていた。


 魔王アゼル・ヴァーミリオンは人間たちの敵として彼らとの戦いの日々に明け暮れたが、それも長い目で見ればただひたすらに彼らの世界を眺めている時間の方が多かった。


 なんて、なんて弱くて儚い生き物たち。


 わざわざこんな戦場に出てこなくとも、お前たちはほんの瞬きの間に老いて朽ちてゆくというのに。


 魔王たる自分が本気で彼らを攻め立てれば、一年と保たずに彼らは滅亡するだろう。本当はたったそれだけで、こんな空虚な日々は終わるはずだった。


 だが、それは父の言葉が許さない。


 いや、今の王は俺なのだから、許すも許さないもなく自身で全てを決めてよいのだが、父がくれた数少ない俺に向けての言葉は、俺にとっては宝物で、それを裏切ることなどできなかっただけなのだ。


 それで結局俺は彼らの世界を眺め続ける。


 彼らの世界がこの目に焼き付いていく。


 モノクロで満たされた我らの世界から、色彩に満ち溢れる彼らの世界を。


 そう、だから、


 俺はいつかあの世界を─────

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