第135話 後日談
「そっかー、刀神の里は滅んじゃったんだね」
夕斬りの墓の前でエミルは手を合わせる。
墓というにはあまりに簡素な、彼女の愛刀『蓮』が突き立つのみの墓だ。自分には、この程度しか彼女にしてあげられることはなかった。
イリアと再び仲間になった後、折を見てこの里で起きたことを話し、一緒に里まで同行してもらった。
「この里でも、そんな悲しい事件が起きてたんだね」
本当に悲しそうに目を伏せるイリア。
もしかしたら自分の村で起きてしまったことと重ねているのかもしれない。
「──────────────」
アゼルも痛ましそうな表情をしている。
この里での事件の発端が魔族であることを気にしているのだろう。
人間の敵の頂点である魔王というが、本当は繊細で、ただ真面目なやつなのだと思う。
「エミル、ここで起こったことについてお前からわかることはあるでござるか? 拙者にとってあれは、────幻のような日々だった」
絶対に忘れることのない、幻ではあるが。
あの後、自分は庵の中央に安置されていた夕斬りの亡骸を弔い、刀神の里カグラから出ていった。(不思議なことに彼女の遺体は死んだ直後のように綺麗なままだった)
里に入るときに迷い込んだ黒い霧もなく、当然のように里から抜けることができ、そしてそのまま誰もいない場所で『星』を斬る修行を始め、そして再びイリアたちと出会った。
後で知ったことだが、自分は刀神の里で
このカグラでの出来事をイリアたちに話した時、実際にこの場所を訪れようということに決まった。
そして今度は途中で黒い霧に迷うこともなく、すんなりとこの里へと入ることができたのだった。
「う~ん、憶測でしかないけど、それでもいいなら」
「ああ」
エミルの言葉にうなずく。
「シロナの話だと、ここでは結構な数の魔族が死んだんでしょ? てことは大量の魔素がこの里に充満した。この刀神の里は秘匿性を増すために盆地に作られたみたいだし、より滞留しやすかっただろね」
淡々とエミルは語る。
アゼルの眉がピクリと動いたが、今は何も言わないでいてくれるようだ。
「そしてクロムのおっちゃんの聖刀。幼少のころから扱い始めるって話だから、さぞ本人の『ジン』、ここでは魂って言った方が伝わりやすいかな、それが馴染んでいたはず。前にも言ったけど『魔素』は『ジン』の在り方を強くする。その結果、彼らの魂が具象化したんじゃないかな」
「具象化、ですか?」
「イメージとしては幽霊よりもちょっとだけ上等な感じかな。その里の人たちは死ぬ間際の最期の想いに基づいて具象化した。まあつまりはさ、里のみんなは最期まで夕斬りって子のことを思ってたし、彼女は彼女で最期まで里の人たちの安らかな死を祈っていた。きっとそれだけの話なんだよ」
感情をあまり乗せずにエミルは語る。きっとそれは、彼女なりの自分への気遣いなのだろう。
「そして、里そのものが一つの結界、一つの世界を形成してしまったところに、異邦人としてシロナがやってきたわけだね。あとは多分シロナの感じた通りじゃないのかな」
アタシに分かるのはここまでだ、とエミルは言を閉じた。
「───────────────────」
ちなみにアミスアテナはこの里に来てからずっと黙っている。
数多の墓に寄り添うように突き立てられた聖刀、使い手の魂が宿ったというそれらの話を聞いて何か思うところがあるのか。
自分はその沈黙を、いつもつい冷たい言葉を口にしてしまう彼女の優しさだと思うことにした。
「魔素とジン、───魂か。なあエミル、それは俺たちも、……俺の魔素を使ったら、昔死んだ奴とも話すことができるのか?」
「……ムリだよアゼル。この里はたまたま条件が整っただけ。生き物のジンは死後すぐに霧散してしまう。今回はクロムの聖刀っていう依代があったからこその奇蹟だもん」
「─────そうか」
残念そうにアゼルは返事をした。
そしてそれはイリアも同様に、残念そうな顔をしている。
死んでしまった、通り過ぎてしまった誰かとまた話したいというのは、誰しもに共通のことだろう。
「エミル、ありがとう。これで納得いったでござる。拙者が過ごしたあの日々は決して幻なんかではなかったのだな」
安堵と、強い感謝を込めてエミルに礼を言う。
「そうだよシロナ。シロナはその子の、夕斬りって子の心にちゃんと触れたんだよ。────胸を張れ!」
トンッ、と背中を小突かれる。
顔を上げると快晴の青空、たおやかな風とともに一羽の鳥が飛んでいく。
青と緑に包まれた、かつて刀の神がいるとされた里は静かに眠りについた。
かつてここにあった
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