第131話 真実
夕斬りと出会ってから二ヶ月が過ぎた。
彼女の容態は小康状態となり、外へは出られないものの家の中でなら今まで同様に元気に話ができるようになった。
「シロナはさ、里長たちに聞いてみないの? どうして私の世話を任せるのかって。シロナだって迷惑じゃない? こんな病人の面倒を見るなんて」
布団から半分だけ顔を出して、夕斬りは珍しくそんな弱気なことを聞いてきた。
「別に誰かの世話をするのは慣れているでござる。それに里長の件も拙者が考えてもしょうがない。昔の言葉にこんなものがある、『
「あ、それ知ってる。
「……別に、いつまでも─────ていいでござる」
うっかり、自分は何かを口走っていた。
一体自分は何を言っている。自分と夕斬りの関係はあくまで一時的なモノ。それこそ里長たちの判断ひとつで終わってしまうモノだというのに。
「───────────────そういえば今さらなんだけど、シロナの話し方って何かおかしいよね。ウチの里でも今どき『ござる』なんて言う人いないよ?」
自分のそんな心情を
「────────────────────」
自分はどう答えたものかと考え込んでしまう。とうの夕斬りは
どうやらこれは逃げられなさそうだ。
「拙者の口調、…………これは初めて誰かに話すことだが────キャラ作りでござる」
プフーッ、と彼女は口にしていた白湯を吹き出した。
「ケホッ、コホッ。あー、ビックリした。シロナのそれってキャラ作りなの? 道理で口調が徹底できてないわけだ。でもなんでシロナはそんなことしてるの?」
むむ、どうやら自分の口調は彼女に違和感を持たせていたようだ、未熟。
「あるじクロムは拙者に刀を振らせようとしなかったでござる。理由は結局解らなかったが、少しでも刀を振るうに相応しい己たらんと、古い書物を漁りそこに出てくる刀使いの言葉を真似た、……でござる」
「……なるほど、シロナなりの涙ぐましい理由があったのね。──それじゃあ、素のシロナは自分のことをなんて言うの?」
「────『おれ』だ。おかしくはないか?」
何故だろう、少し気恥ずかしい。
「!! 全然おかしくないよ。うん、私は好きだな。ねぇシロナ、私の前では素の喋り方をしてよ」
たまに飛び出してくる、彼女からのささやかな要望。それを、断る理由はなかった。
「わかった。努力してみる」
さらに月日は過ぎてゆく。
「夕斬りはいつからこんな暮らしをしてるんだ」
今までずっと遠ざけてきた疑問。
いくら身寄りがないとはいえ、何故病弱な少女がたった一人で生活しているのか。
「うーん、確か10歳の頃からだからかれこれ5年くらいかな。私のお父さんとお母さんは早くに亡くなってしまったから。それからは里のみんなにお世話になりながらこうして命を繋いで、…………繋いでいたわけです」
ありがたやありがたやと、夕斬りは謎の仕草をする。
「そうなのか。だが世話になるならなるで、もっと里の中で暮らすことはできなかったのか? 今だってこうして里の部外者であるおれに夕斬りを任せてるわけだし」
何かしらの事情があるのだろうが、病弱な少女にこのような対応をする事情が自分には思い浮かばなかった。
「うん、その辺は里の習わしだからね。
夕斬りは最後まで言葉を形にしなかった。
だが、なるほど。彼女は彼女で納得してここにいるようだった。
ならばここから先は自分の問題だ。
自分は刀神に会うためにここまで来た。
しかし、里長たちからは一向に何の連絡もない。
数か月、仮にこれが彼らの審査だったとしてもさすがに長すぎるだろう。
そして、それに気づいていながら自分は何もしなかった。
いや、何もしなかった、ではない。ここで彼女と過ごせる時間が少しでも長くなることを選んでいた。
彼女と過ごす日々、ただそのなんということもない日常が、自身の節々にたまった
だがそれも自分のエゴだ。
自分がいつか彼女の前を去るというのなら、去った後に彼女は一体どうなるのだろうか。
あくまで彼女についてはこの里が考えるべきことではある。しかしその時に一体どうなってしまうのか、自分は確かめずにはいられなかった。
昼過ぎ、食事の後に彼女が軽く寝入った隙に里長のもとへと向かう。
気のせいだろうか。まだ昼だと言うのに里の往来に人の気配を感じない。
霧が、少し濃い。
記憶を頼りに、里長と面会した建物に辿り着く。
不思議と、ここまで誰とも出会わなかった。
扉の前に立つが果たして本当に里長はここに居るのだろうか?
「どうされた、若い人。入ってこられないのか?」
自分が
以前話した里長の声だった。
機先を制されたが、自分には確かな用事がある。堂々と目の前の扉を開けた。
「失礼するでござる」
「これはこれはシロナ殿、いかがされましたかな? こちらからはまだ何も呼び出しなどしておりませんでしたが」
目の前には五人の長たちが座っている。彼らはみな落ち着いた様子で突然の来訪者である自分を受け入れた。
「何の断りもなくここまで来た無礼、誠に申し訳ない。しかし、夕斬りの世話を始めてはや三ヶ月。そちらから何の音沙汰もないことに疑問を覚えてここまで来たでござる。──刀神に会わせていただけるのではなかったのか?」
今の自分にとって、心にもないことを口にする。本当に聞きたいことは、自分が去ったあと、彼女がどうなってしまうかということ。
「そうでしたね。──如何でしたか? 夕斬りとの生活は?」
自分の問いを聞いた上で、質問とは違う問いを返される。
だが、おかげで、
「夕斬りは、……良い子でござる。だから分からぬ。何故あの子が今ひとりでいなければならないのか? あなたたちは、なぜ夕斬りを独りにしているのか」
本当に聞きたいことを、聞けた。
「そう、良い子、ですか。それは、良かった。…………夕斬りが、どうして今独りなのか。───────そうですね、それはあの子がもう独りきりだからに他なりません」
里長の回答は、自分には理解できないものだった。
独りだから、彼女は独りきり?
そんなことはないはずだ。この里の者たちがほんの少しばかりでも彼女を気にかけてくれれば、
そう思い至った矢先、並ぶ里長たちは皆、自分に向けて深く頭を下げていた。
「伏して、伏してお願い申し上げます。シロナ様、どうか夕斬りの側にいてやってはくれませぬか?」
真剣で、真摯で、とても誠実な願いだった。
「なぜだ? それは拙者への試験だったのではないのでござるか? どうして、行きずりであるこの身に彼女を任せようとする」
「それは、もう貴殿しかいないからです。我々では、もはやあの子の側にはいてやれないからです」
その場にいた者たちは皆、涙をこぼしていた。
「泣かずともいい。──いるでござる。拙者は夕斬りの側にいるでござる。あなたたちにそれができないというなら、おれがあの子の側にいる」
並々ならぬ事情を察し、彼らの提案を受け入れる。いや、それは、本当は自分から提案したいことだったのではないか?
「おお、良かった。それは良かった。ありがとうございます。ありがとうございます」
彼らは深く、床に頭を擦り付けるようにお礼を言う。
「それ以上頭を下げないで欲しいでござる」
自分がそう言っても彼らはなかなか止めてくれなかった。
そしてようやく顔を上げてくれたとき、彼らは実に満足そうな顔で、
「良かった、良かった。……これで我々も、安心して逝ける」
と口にしたのだった。
「さすがに気が早いでござるよ。それだけ元気なら迎えは当分先で──っ!?」
自分が気付いた時には目の前にいた老人の一人が消えていた。
「我らは既に息絶えた身。これから起こることはお気になさらず」
また一人、満足そうに消えていく。
「ああ、シロナ様にはきちんと里の宝『刀神』を紹介できなかったことが心残りですな」
また、────消えていく。
「しかし、我らもあなたを欺いたわけではなかったのです」
消えて、いく。
「夕斬りに会いましたら、『刀神』のことを聞いてご覧なさい。きっと答えは得られるはずです」
そう、言い残して、里長たちは皆消えていった。
「…………………」
言葉もない。
あまりにも突然のこと過ぎて思考が追い付かない。
少しでも状況を整理したくて、建物を飛び出す。
そこに待っていたのは、──────既に滅んだあとの刀神の里の姿だった。
振り返ると、今まで里長たちと話していた建物も朽ち果てていた。
茫然としながら里を、かつて里であったであろう場所を歩く。
そこには無数の聖刀が盛り上がった土とともに地面に突き立ててある。
これは、おそらくは墓なのだろう。
何が、どうして?
混乱する頭の中で、一人の少女の姿が頭をよぎる。
彼女は今、無事なのか?
嫌な予感を振り払って、夕斬りがいるはずの丘の上へと駆け出した。
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