第130話 些細な日々

 刀神の里カグラにて、身寄りのない少女『夕斬り』の世話を始めて三日が過ぎた。

 することといえば食事や洗濯、他に細々こまごまとした仕事など。


 あるじクロムといた頃とあまり変わらない内容だ。必要な物は度々たびたび里に下りて取りに行く。


「え、シロナってオートマタなの? 全然そんな風に見えない。あ、これってシロナからするとあまり気持ちのいい言葉じゃないのかな。そんなことない? 良かった」


 病弱という事前情報とは裏腹に、彼女は自分とよく話をしたがった。もちろん身体が弱いのは本当らしく、病床からほとんど立ち上がることもなかったが、自分の手が空いた時はずっと彼女と話をしていた。


 自分がオートマタだからなのか彼女は自分が近くにいても着替え出すし、寝るときは側にいて欲しいと頼まれる。


 夜は彼女の静かな寝顔を見るのが日課となった。


「シロナの刀見せて。うわっ、スゴい神業物かみわざものだ。ふーん、名前は『凛』と『翠』って言うんだ。いい名前だね。え、クロムさんがこれを打ったの? 道理で神気が立ちのぼってるわけだ。ひぇっ!? シロナのこともクロムさんが作ったの!? ビックリして気を失いそう」


 彼女は自分なんかの話を嬉しそうに聞いてくれた。自分なんかの為にたくさん話をしてくれた。


「ジャーン。シロナに見せてあげる。私の愛刀、『れん』って言うの。そう、お気づきの通りこれもクロムさんの作だよ。ふふ、お揃いだね! 多分だけど凛と翠のひとつ前の聖刀になるんじゃないかな。何で分かるかって? あの人の刀は魂が宿るからね。私ね、そういうのなんとなくだけどわかるよ。ずっと病気で寝てるからかな?」


 知らないことをいくつも教えてくれる。ああ、こんな小さな世界に、こんなにも未知が詰まっていたのか。


 一週間が過ぎる頃、自分はどうして『刀神』に会いたいのかと聞かれ、理由を彼女に話した。


「呪い? 魔族をたくさん斬りすぎて色々と鈍くなった気がする? ───そうなんだ。シロナは優しいね。真っ当過ぎると言ってもいい。オートマタとして生まれてきたのに、私よりずっとまともだ」

 儚げに、彼女は自分の言葉を受け止めた。


「刀神に会えるといいね。会って、シロナの悩みが解決できると、いいね」

 彼女は自分の手を握ってそう言ってくれた。



 夕斬りと出会ってから一ヶ月が過ぎていた。里長からの連絡はまだない。


 しかし、そんなことは気にならないほど日々は充実していた。

 毎日夕斬りの身の回りの世話をしていく中で、彼女は少しずつ元気になっていた。


 一日の内に、とこから起き上がっている時間が増えた。

 彼女はそんな時は決まって必ず、


「ねえ、シロナ。刀を振ってよ」

 と自分にせがむのだった。


 彼女が望むならと自分は拙いながらも精一杯の技を見せる。

 夕斬りはそれを黙って、何故か幸せそうに見つめていた。


 それが嬉しくて日がな一日聖刀を振るっていたこともある。


 その日はずっと眺めていた夕斬りが倒れてしまった。この時、疲れ知らずのこのオートマタの身体を初めて憎んだ。


 それでも彼女は次の日も病床から起き上がり、初めて自分の前で刀を振るった。


「えへ、シロナが刀を振ってるのを見たら私もしたくなっちゃった。────っふ、どう? シロナ」

 彼女は刀を一閃したあと自分に聞いてくる。


 素直に綺麗だったと伝える。病床にいた者とは思えないほど美しい太刀筋。神が宿るかのような斬撃は素直に感嘆すべきものだった。


「そう、────やっぱりシロナには見えてるんだね。うん、素直に嬉しいよ。至っている人と話せるのは、私も初めてだから。……ってまあシロナは人じゃなかったか」

 そう言って彼女ははにかみ、…………そしてその後に倒れて三日の間起き上がれなかった。


「あはは、ムリしちゃった。病み上がりに調子に乗りすぎちゃったね、私」

 布団の中で何度も何度もごめんねを繰り返す彼女。


 そんな彼女の側にいると、血の通わぬ身体が軋み、ないはずの心が痛んだ。

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