第129話 少女夕斬り

 青年の案内を受けて里の離れにある家へと連れて来られる。

 

 その家は里長たちがいた高台よりもさらに上、ちょっとした丘を登りきった場所にあった。


 想像していたよりも随分としっかりした家だ。身寄りがないというので生活にも貧しているのかと思えば、独り暮らしゆえにこじんまりとしているが、どこか品のある佇まいの家だった。


「こちらがお話にあった娘の家になります。……では案内はこれにて」

 家の様子に気が向いた僅かな一瞬で、案内をしてくれた青年はかすみのように消えていた。さすがは刀神の里、誰も彼もが尋常ならざる使い手のようだ。今の青年も間近にいながらまったく気配を感じなかった。

 この里の一般の者がこれだけの実力なら、一体「刀神」とはどれほどの人物なのか。


 …………それにしても、せめてこれから世話をする娘に自分の紹介をしてから立ち去ってくれたのなら良かったのだが。


 あれこれ思っても仕方ないと、家の扉の前に立つ。


「誰? そこにいるのは」

 中から涼やかな声が聞こえてくる。

 だが、いくら待っても中から人が出てくる様子はない。

 そこで、相手が病弱であったと思い出し、ずっとこのまま立っているわけにもいかずにこちらから扉を開ける。


「失礼するでござる」

 ゆっくりと扉を開ける。すると居間の真ん中には布団が敷いてあり、そこに白い病衣を着た少女が身体を半分起こしていた。燈色の長い髪をした、落ちゆく夕日のような少女だった。

 年の頃はおそらく十四、五歳くらいだろう。


「あら、随分と綺麗な人。何か私に御用ですか?」

 突然の来訪者に少女は驚いた様子もなく、こちらの用を聞いてくる。


「失礼、拙者はシロナという者でござる。ある旅の末にここへ流れ着き、この里の長からそなたの世話を任された」

 端的に必要な情報を彼女に伝える。


「私の世話を? まったく、長たちにも困ったもの。まさか旅の人に頼むなんて。もう、そういうのは要らないっていうのに」

 彼女は困ったように、呆れたようにぼやく。

 ふむ、しかしそれではこちらも困った。


「もしや、身の回りの世話は必要なかったでござるか?」


「え、う~ん、どうかな。必要と言えば必要だし。要らないと言えば要らないというか」

 どうにも煮え切らない返答だった。


「?? 必要であるのなら拙者が力になるでござる。正直に言ってしまえば、里長にあなたの世話をある条件にされている」

 

「条件?」


「ああ、あなたの身の回りの世話をして拙者の人となりが分かれば、この里の『刀神』に会わせてくれると」

 包み隠さず彼女に伝えてしまう。

 これで彼女が難色を示すようなら、やはり再び里長に会って条件を変えてもらわなければならない。


「へ~、『刀神』にねぇ。おさたちも随分と意地悪なことをするなあ。…………まあいいよ。あなた、シロナに私の身の回りのことを任せる。それでいい?」

 自分の予想に反して、この件をあっさりと彼女は受け入れてくれた。


「受諾、感謝するでござる」

 深々と彼女に頭を下げる。


「はは、こっちがこれからお世話をお願いするのに、感謝されるなんておかしい。ふふ、まだ自己紹介してなかったね。私は夕斬りユウギリ、たった独り残されてしまった、しがない人斬りだよ」

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