第122話 堕ちる城

 セスナ・アルビオンは大魔王アグニカ・ヴァーミリオンの直属の近衛騎士である。


 彼女は魔族には珍しい白く透き通った髪をしており、その長髪と眉目秀麗な顔立ち、凛としたその振る舞いは男性には怖れを、同じ女性からは憧れを抱かせていた。


 そもそも大魔王近衛騎士とは彼女の為だけの名誉職である。


 彼女の本来の地位は貴族の最上位階に属しており、能力面でも魔王アゼルに並ぶとまで言われる女傑である。


 そんな彼女が齢100にも満たない若造の策に嵌められ、浮遊城の動力源として利用されるその胸中はいかほどのものか。


「──────────チッ、気を失っていたのか」

 朦朧としていた意識が徐々にカタチを取り戻し、正常な思考が浮上してくる。


 彼女の体感時間ではつい先ほどまで、四肢の拘束壁から際限なく魔素を吸い取られていた。


 それにより一時は意識を失っていたわけだが、


(今までより魔素を吸収するペースが遅い。人間との戦いが終わったのか? いや、それにしても吸い取られる魔素の量が少ない。これでは浮遊城を動かしてすらいないのではないか?)


 彼女が囚われている浮遊城の動力室の中からでも得られる情報を整理していく。


(ルシュグルはどうした? この程度の搾取量なら1時間もあれば私は回復する。そうすればこんな拘束など破壊してしまえるが。それに、外が何やら騒がしいな)


 動力室の内側の状況を把握したセスナは、今度は外の状況を探ろうとする。


 部屋の外からは喧騒が伝わり、彼女にも今が非常事態であることがわかる。


(どういうことだ? まさか既に人間の街の中への侵略が始まっているのか。それにしては随分と近くから悲鳴が聞こえるが────)


 そうセスナが考えを巡らせていた矢先、


 ガンガン、ドンッ、ズバッ!


 浮遊城の動力室の堅固な扉が斬り開かれた。


「あれっ? なにココ。お宝の匂いがしたから開けたのに、何か随分と辛気くさいわね」


 現れたのは妙齢の女性だった。

 彼女は赤い髪をポニーテールにして結び、八重歯をのぞかせる愛嬌のある顔立ちをしていた。しかしその容姿とは裏腹に紅金色の鎧を身に纏い、身の丈に合わない大剣を片手で持って肩でトントンと鳴らしている。


「なんだお前は、人間か?」

 まだ衰弱からは回復しきってはいない声でセスナは問う。


「うん、人間だよん。それを聞くってことは貴女は魔族でいいのかな?」


「────────この城は人間のいていい場所じゃない。疾く失せろ」

 わかり切ったことを言う必要はないと、セスナは気丈な答えを返す。

 そして同時に気付く。

 彼女の大剣から赤い血が滴り落ちていることに、


「待て貴様、一体誰を斬った?」


「失せろと言ったり待てと言ったり忙しいなぁ。えぇ~、ここに来るまでに邪魔だった連中は斬ったり斬らなかったりしてたからなあ。ああそうだ、四天王だって言ってた男は斬ったよ。なんか感じ悪かったしね」

 道端でカラスを追い払ったような気軽さで女は言う。


「何!? ルシュグルを斬っただと? ただの人間がか?」


「まあ斬ったっていっても、片腕をぶった切っただけだけどね。結局どこかに逃げられちゃった」


「ちっ、若輩とはいえ貴族に連なる者を斬ったのだ。貴様は尋常ではない使い手なのだろう。くっ、殺せ!」

 人間の使い手を前にして四肢を拘束された無様な状況を晒しているセスナは、気丈にも自らの運命を受け入れた。


「ちょっとちょっと、こんな綺麗なお姉さんを殺さないって。物騒だな~」


 大剣をもつ彼女はまるでその重さを感じさせない取り回しで剣を4回振るう。


 するとセスナを束縛していた拘束壁が破壊され、彼女の四肢が自由になる。



「貴様、何の真似だ?」

 何故人間が自分を助けたのかわからず、睨み付けるように真意を問いただす。


「怖いなぁ。綺麗なお姉さんに恩を売ったつもりだけど、何か間違っちゃったかな? ま、いいや。私は一通りこの城の探検はしちゃったから帰るけど、一応この城を魔族側の国に持って帰ってね。このまま放っておくと不法投棄とかでこの辺の連中がうるさいから」


 そう言い残すと女性はヒラヒラと手を振りながら去っていこうとする。


「待て! 意図は分からないが助けて貰えたことには感謝する。貴様、名は?」


「うーん、それなりにこの城の魔族を斬っちゃったしお礼はいいや。私の名前はラクス・ハーネット。まあこの名前よりも『飛竜落とし』って名乗った方が通りがいいかもね」


「飛竜落とし!? 貴様があの、」


「あ、良かった伝わったみたいで。それじゃ私は帰ります。いや~、何かお宝があると思ったんだけど、綺麗なネーチャンがいるだけだったなぁ。まあそれでもいっか」


 彼女、ラクス・ハーネットはそんなことを呟きなから、悠々と歩いて出ていった。


「何だったのだ」

 取り残されたセスナが狐につままれたような顔をしていると、


「大変だ! 動力室の扉が破壊されているぞ!」

 あせり声と同時に魔族の兵士が数名駆け込んで来る。

 兵士は皆、大なり小なりの手傷を負っていた。


「動力炉は無事か!? ────え!? 貴女はセスナ様! どうしてここに?」


「それにひどくやつれているではないですか。一体何があったのですか?」

 浮遊城の心臓部である動力室に予想外の存在がいたことで彼らは驚く。


「そうか、ルシュグルは私のことは秘密にしていたのだな。今は私のことはどうでもいい。状況を報告しろ。今何が起こっているのだ?」

 毅然とした態度でセスナは問う。


「はっ! 現在は謎の人間の女が入り込み浮遊城は半壊、負傷者多数の状況です。指揮を取っていましたルシュグル様はその女と戦ったのちに行方不明に。同様に四天王のカッサンドーラ様も行方知れずとなっています」

 ルシュグル達よりも遥かに位階の高いセスナの命に、兵士はきびきびと答える。


「奴らめ、我が身かわいさに逃げ出したか。……だが今は都合がいい。以後は私、セスナ・アルビオンが指揮をとる。浮遊城ジークロンドは即時アグニカルカに向けて撤退する。城の操作は私が行うので、お前たちは動ける者を取りまとめて負傷者の治療に当たれ」


「しかしセスナ様、侵入者がまだ城内にいますが」


「構わん。さっき帰ると言っていた。鉢合わせても相手にするな。お前たちではおそらく絶対に敵わん」

 先ほどラクスと名乗った女の言葉を思い出す。


 (あの女が言った「飛竜落とし」が真実であれば魔王軍の兵で敵う者がいるはずもない)


「はっ! 了解しました」

 セスナの命令を受けた兵士たちはすぐさまに散っていく。


「くっ、まさか人間に助けられるとはな。…………ルシュグルめ、次に会った時に五体満足でいれると思うなよ」


 セスナは浮遊城の本来の制御桿を握り、今は自身の私怨よりも魔王軍全体の撤退を優先したのだった。

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