第117話 対峙、VSアゼル
月下の荒野にて、白亜の剣士と黒衣の魔王の戦いが続いている。
「────んっ。あぁ~あ、寝ちゃってた。あ、まだやってるんだ。イリア、あいつらどのくらい戦ってるの?」
座ったままで軽く背伸びをしながら、エミルはイリアに問う。
彼女は戦いが始まって30分ほどしたところで寝落ちしていたのだ。
「ん~と、ざっと4時間くらいでしょうか。あ、また腕を飛ばされた」
イリアが答えている最中にも、アゼルは左腕の肘から先をシロナに斬り飛ばされていた。
しかし飛ばされた腕は瞬時に霧散し、瞬きの後にはすでに何事もなかったかのようにアゼルの腕は再生していた。
「え、何。今の回復速度。一段と早くなってない?」
「そりゃあ、三桁に迫るほど手足を切り落とされてたら、流石に回復にも慣れるでしょ。まったく、どっちも怪物よね」
呆れたようなアミスアテナの声。
そうどちらも怪物。
何十回と身体欠損をしながらも継戦能力を失わないアゼルが怪物なら、数時間にわたる戦闘において掠り傷ひとつ負わないシロナもまた怪物だった。
「あれ? でも何かアゼル強くなってない?」
エミルは戦いの様子に目を凝らしながら感想を述べる。
「あ、分かります? 実は腕を飛ばされたのって一時間ぶりなんですよ。多少の傷は負いますけど、直撃のダメージはかなり少なくなってるんですよ」
4時間も観戦していたせいだろうか、アゼルの成長をイリアは自分のことのように喜んでいた。
「よくそんなニコニコしてられるわね。私は退屈で退屈で。────はあ、シロナか魔王か、どっちでもいいから早く諦めてくれないかしら」
「冷たいね~、この聖剣様は。お互い真剣に戦ってるんだから好きにさせなよ」
「その真剣勝負の最中に寝てたヤツのセリフじゃないわね」
「まあまあ二人とも。でも私はもう少し待ってもいいよ。シロナの悩みは解決したいし、それに今のアゼル、何か楽しそう」
優しげな視線をイリアは二人の戦いに向け続ける。
「あ、ホントだ。少し笑ってる」
そんな外野の声も耳に入らないほどに集中して、アゼルはシロナと刃を交えていた。
アミスアテナの封印により死ぬことはないとはいえ、アゼルとて自身の命が断たれるような衝撃は二度と味わいたくはない。
そんな思いで自らの不死性に頼らず、アゼルは致命傷を必死によけ続けていた。
しかし、避けられない斬撃は容赦なくアゼルの四肢を切断してくる。
(ちっ、さっきのは受け方がまずかった。半身で有効な斬撃面を減らして攻撃はできるだけコンパクトに。隙をとにかく小さく)
アゼルは頭の中で目まぐるしく思考を回転させて今できる最善手を探し出す。
目の前にいるシロナは、かつて敗北を喫したエミルと同等、もしくはそれ以上の使い手。
ほんの一瞬も油断できない格上の相手である。
故に考える。
単純に切り結ぶだけでは絶対に勝てない。
相手の斬撃の意図は何であるのか。
体捌きに癖はないか。もしくは自分の立ち回りに癖が出ていないか。
間合い管理はこれでいいのか。あと数センチは踏み込むべきか。いや、あと数
エミルとの戦いでの敗北を経て、アゼルは考えることを覚えた。
戦闘における最適解の模索。
戦いに身を投じる者ならば誰もが経験していく、自身の戦闘スタイルの確立。つまりは戦いに対しての自身の最適化。
それを、アゼルはここにきて初めて経験していた。
もちろん彼にも師と呼べる人物はいるが、細かい戦闘技能を叩きこむようなことはしなかった。
なぜならば不要だからだ。
魔王の絶対的資質たる魔素生成量と魔素生成速度、その二つさえ鍛え上げればアゼルに敗北はない。
それが魔界における絶対的なセオリー。
事実、10歳になるころにはアゼルのそれは師を超え、その後イリアに封印されるまでたった一度の敗北もなかった。
だが現在、封印によって大きく出力を落とされたアゼルは考える機会を得る。
剣の振り方、足の運び方、呼吸、間合い、その他諸々。
今までは見向きもしなかった技術を、その完成品とも言えるシロナを見本にして吸収していく。
だから、楽しかった。
誰もが幼少の頃に、友人と競いながら成長していく過程を今になって味わう。
男の子なら誰もが持っている、強くなりたいという欲求が一秒ごとに叶っていく。
背負うものなど何もなく、ただ刃を交えることのなんと楽しいことか。
(おっと、危ない。首元を掠った。─────だが、見えてきた)
時間にして4時間強。数万に及ぶシロナの斬撃を経てようやく、アゼルはその太刀筋が捉えられるようになってきた。
(と言っても、糸みたいな筋が見える程度だけど、な!)
閃光のような速度で襲い来る聖刀を、ギリギリの間合い管理で躱す。そして、
「ハァ!」
決して大振りにならないように、最短のルートで繰り出された魔剣をシロナはもう一方の聖刀で受けた。
「──む」
膂力の差によってシロナは数m後方へと飛ばされる。
「ふ、どうした。そろそろ息切れか?」
今まで散々ズタズタに切り裂かれたことは棚にあげて、アゼルは余裕たっぷりに振る舞う。
しかし内心では、
(よっしゃー。初めてアイツに
実はとてつもなく喜んでいた。
「オートマタに疲労などない。先ほどからそちらの動きが良くなっているだけでござる」
対するシロナは努めて冷静に答える。
彼に心情というものがあるのなら、それは今何を思うのか。
この数時間の戦闘において、アゼルは明らかな成長を遂げている。
それに引き換え、シロナの変化とは何だろうか。
徐々に躱され始めたとはいえ、いまだに彼の聖刀はアゼルを確かに傷つけている。
それはつまり、彼の望む境地には届いていないということの証明である。
「魔王アゼル、であったか。そなたは人間を斬ったことはあるか?」
この戦いにおいて初めての、シロナからアゼルに向けての質問が飛ぶ。
「ん? 100年以上前線で魔王してたんだ。直接的にも間接的にもそりゃたくさんの人間の命を奪ったさ」
「そうか、ではそのことについて考えたりすることはあるか?」
「──────別段何も。殺し過ぎないように気をつけてたくらいで、戦場に出てくる相手の生き死にを気にしたって仕方ないだろ。─────ああ、お前はそれを気にした結果ここにいるんだったな」
「そうなのかも、知れない」
シロナの表情は変わらずとも、彼の手にする聖刀の剣先が僅かに下がる。
「気にするな。お前がそういう機能をもった道具である以上、そこに罪は問わん。これ以上傷つく者がいるなら、俺が直々に廃棄するだけだ。だが、お前が望んでそれを成すというのなら、魔王として貴様を断罪する」
「そうか、それも良いな」
「ちっ、人形風情が勝手に自分を罰するな。確かに多くの兵がお前に斬られたんだろう。だが戦争において責を問われるべきはお前ではない。あくまで魔族の王たる俺と人間の王たちが責任を負うべきもの。─────せめてもの救いは、お前に斬られたのなら痛みで苦しむ間もなかっただろうことだな」
シロナを前に、アゼルは堂々と胸を張って言い切った。
それを聞いて、
「あれ? あの魔王ってその責任から逃げて引き籠ってたんじゃなかったかしら」
アミスアテナがつい口をこぼす。
「────────────(無視)、苦しむのも悩むのも結構だ。だがそれを理由に立ち止まるな。死んでいった者たちを勝手にお前の重石にするんじゃない。それでも悔やむというのなら、俺が引導をくれてやる」
再びシロナへとアゼルが切り込む。
心ここにあらずともその身体は反応してしまうのか、シロナは二刀をもって最適の軌道でアゼルの魔剣を受け止める。
「は、お前の身体はまだ壊されたくはないみたいだぞ。──────あと、それとな、」
アゼルは至近距離にいるシロナにしか聞こえない声で、
「アイツを泣かせるな。──────面倒くさいだろ」
そう、呟いた。
その言葉を聞いたシロナの剣圧がふと緩む。
「ふふ、面白い。
「ん、なんだと?」
これがアゼルの疑問への応えだと、先ほど緩んだ剣圧が嘘のように鋭さを増してアゼルごと空間を弾き飛ばす。
「ちっ、まだそんな技があるのか」
「何のことはないただの小技でござる。貴殿ならすぐに慣れる。そしてこの戦いの結末も既に見えた。あと48日間も戦い続ければ、貴殿は確実に拙者を破壊できるだろう」
何の迷いが晴れたのか、涼やかな調子でシロナは言う。
「いや待て、俺はそこまでこの戦いに付き合うつもりはないぞ。…………というかお前を超えるのにまだそんなにかかるのか」
シロナから突き付けられた見立てにどんよりと顔を曇らせるアゼル。
しかし、そんなアゼルの反応など気にも留めずに、
「見えた結果をなぞることほど無為なことはない。故に魔王よ、今ここで決着をつけよう。お互いの最高の技を出し合って」
「まあ、願ってもない話だ。さすがに一カ月以上もこれを続けるとか考えたくない。だがお前はそれでいいのか?」
「今ここで至れないようならきっと無理なのだろう。それに貴殿がいるのなら
「そういう言い方をされるとムカつくな。来いよ、出来損ないの人形野郎。何でも斬れてしまって困るのなら、お前には斬れない最大の壁を見せてやる」
アゼルは魔剣シグムントを上段に構え、最強の技の発動準備に入る。
「ご厚意痛みいる。それでは哀れな人形の
シロナもアゼルから距離を取り、2つの聖刀を眼前で重ねて瞑想に入った。
先に臨界に達したのはアゼルの魔剣。
「越えられるものなら越えてみろ! アルス・ノワール!!」
世界を鳴動させるような黒き極光がシロナに向けて解き放たれた。
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