第116話 クロムの告白

 約2年前の人間と魔族の大戦、魔族からの蹂躙じゅうりんを耐えきり人間側が攻勢に出た頃、一つのウワサが自分の耳に届くようになった。


 曰く、白いオートマタが戦場において多くの戦果を挙げているという。


 そして、そのオートマタの側にいるのは人間の反撃の起点となった勇者だと。


 あの時の感情は今でも整理できていない。


 自らの傑作が意図した通りに機能しているという恍惚と、自分の息子がそうならないで欲しいと願った姿に辿り着いてしまった後悔。


 あの日、戦う以外の生き方を見つけて欲しいと送り出した。


 だが、運命の歯車がそう決まっているかのように、アイツは戦いの場へと駆り立てられていった。



 正直に言おう。


 おれはその時、勇者を憎んだ。



 おれに言えた義理ではないが一体どんな『魔人』が、アイツを殺人人形に仕立て上げてしまったのかと。



 そして、アイツの風の噂すら聞けなくなった頃、おれの前にその勇者が現れた。



 一騎当千という言葉すら生ぬるい活躍をした勇者は、ほんの幼い少女だった。


 いや、本来の姿は幾分は上だったが、おれの年齢を考えれば勇者が幼い少女であることに変わりない。


 彼女と、彼女の持つ聖剣を見て合点がてんがいった。


 なるほど、アイツはこの子らを目指したのかと。



 自分の、百年以上に渡る理想の体現がそこにあった。



 自分の、狂気に浸るような理想への追及の果てに生まれたアイツは、自らその先を目指したのだと。



 そして、それは叶わなかったのであろうことも理解できた。



 今、この勇者と一緒にいないということは、きっと届かなかったということ。


 自らの不明を恥じ、それでも自分で止まることのできないアイツはどこかをさまよっているのだろう。



 しかし、そんなアイツを勇者は再び仲間にしたいようだった。



 おれは悩む。



 アイツの行き着く先の心当たりはある。



 だがそれを、この勇者に教えてよいものかと。



 また、アイツが傷つくことになるのではないか。



 紆余曲折の末、おれは結局勇者に情報を与えた。


 

 しばらく彼女を見定めた結果の感想は、『綺麗ではなかった』からだ。



 いや、この言い方だと語弊がある。


 思ったよりも綺麗ではなかったが正解だ。



 伝聞する勇者の活躍は一切の穢れを寄せ付けぬ無垢純白の勇者譚だった。


 だが、おれの目の前に現れたのは、何故か魔王を引き連れ、謎の魔人を擁護ようごし、それでも人間の味方であろうとする実にちぐはぐな存在だった。


 つまり、彼女は変わろうとしているようだった。


 本人にそのつもりがなかろうと、さなぎを経て羽化に至る過渡期にあるようにおれには見えた。


 その結果生まれるものが何かは知らないが、今まさに変わりゆく彼女ならアイツに良い変化をもたらすのではないかと信じたかった。



 勇者らを送り出し、代わりに二つのお荷物を押し付けられた。


 面倒をみてやる義理なんて何もない魔族の子供。


 聞いてみれば、先の戦いで親を殺されたのだという。


 嫌な想像が頭をよぎる。


 もしも、アイツが斬った魔族の中にこの子らの親も含まれていたのだとしたら、と。




 所在の知れぬ贖罪しょくざいの念を抱えながら、子供らの面倒を見ることを心に決めた。




 始めはぎこちなかったが、1週間もするうちに子供らのいる生活にも慣れた。


 よほど良い教育を受けていたのか、子供らは勤勉で真面目だった。


 今の自分にできることを必死に探し、何かと仕事を手伝いたがった。


 新しい仕事、新しい知識を与えてやると、実に嬉しそうに笑う。



 何が嬉しいのか、何が楽しいのか分からない。


 何が嬉しくて、何が楽しくて、おれの頬はにやついてしまうのか。


 

 アイツと暮らしている頃はもしかしたら、ずっと仏頂面だったかもしれない。


 アイツは何かと刀を振る機会を求めていた。


 それはそうだ、アイツはそれを誰よりも上手くこなすためにおれが作ったのだから。


 なのに、どうして、


 自分の役目を、自身の機能を十全に果たそうというアイツにやきもきしてしまったのか。



 ああ、目の前にいる子供らを見て、今さらになって自分の本当の望みを思い知る。



 告白しよう。


 おれは、シロナに、少年のように笑う子供でいて欲しかったのだと。

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