第115話 聖剣と聖刀

 聖剣と聖刀、性質を同じとしながら出自のまったく違う武器同士が衝突する。


 二刀をもって舞うように攻め立てる白亜の聖刀使いシロナ。


 対して、聖衣レーネス・ヴァイスに包まれ銀晶の聖剣アミスアテナを手に堅牢な守りを見せる勇者イリア。


 両者の激突の度に無色の波動が周囲に広がっていく。



「なんか思った以上に戦いになってるな。お前があの調子だったから、イリアじゃ相手にならないかと思っていたが」

 二人の戦いぶりを見てアゼルは素直な感想を述べる。


「あ~、それは相性の問題もあるかもね。イリアは周囲の魔素を弾くからシロナの動きが鈍るんだよ。それにジンを斬り伏せるシロナの剣技もそもそもジンがないアミスアテナとイリア相手には意味がないしね」


「ほう、そうなのか。────?」

 アゼルは今の言葉の中に聞き流してはいけない何かがあったような気がして考えが止まる。

 しかしエミルはそのまま言葉を続けていく。


「それに、あの子たちが競ってるのは戦いの優劣じゃなくて、魔に対する武器としての純度みたいなものだからね」

 彼女はあえて口にはしなかったが、それは使用する聖剣・聖刀だけではなく、むしろその担い手たちの純度こそを指していた。



 息つく暇もなく次々と繰り出される剣閃。


 視認することすら難しいシロナの斬撃を、イリアはこともなげに捌き、あるいはその聖衣にて受け止めていた。


「相変わらず、見惚れるような剣筋ね、シロナ」

 戦いの最中、アミスアテナが感嘆の声をあげる。


「何を言う。拙者の剣技など貴女の尊さには遠く及ばない。その証拠に、貴女にもその衣にも引っ掻き傷ひとつつけられない」


「それでもシロナ、シロナはあの時よりもずっと。もう修行なんて十分だよ、また一緒に旅しよう?」

 イリアのまっすぐで、純真な言葉。



「──────────────────────」


 止まない剣戟と、止まる会話。




「そうか、担い手イリアは拙者が強くなるために修行していると思っていたでござるか」

 ふと、感情を見せない人形から、底知れぬ絶望があふれ出す。


「あれ、違ったの? その修行のおかげであの格闘お馬鹿エミルを倒せるようになったんじゃない」


「違う、そうではない。斬り伏せる為の剣技ではないでござる。拙者は、拙者はもう命を殺したくない。───────それ故に、星を斬るのだ」


「? わからないよシロナ。私にはシロナが何が言いたいのかわからない」

 明らかな感情の変化を見せるシロナに、イリアは何が原因で彼がそうなっているか分からずに悲しげな表情をする。

 

「それは、こういうことでござる!」


 神速三閃。


 シロナの突きがイリアの額、喉、脇腹と防護されていない無防備な箇所に炸裂する。


 確実な死。


 いかにイリアが相性の上で優れていようと、真っ当な人間であるのならば死んでいなければおかしい攻撃。


 当のイリアすら、自らの死を自覚したほどに。



 しかし、


「イリア! 大丈夫!?」

 アミスアテナから必死の呼び掛けが聞こえる。


「あれ、私。生きてる?」

 放心したイリアの声。


 シロナの刺突は確実な死の衝撃をもたらしていた。

 だが、イリアの肉体には一切の傷が見当たらない。


「これが、星を斬る。星に挑むということでござる」



「なるほど、分かった」

 得心がいったとエミルは手を打つ。


「今ので何がわかるんだよ。あいつの攻撃はただの見かけ倒しってことか?」


「ち・が・う。見かけ倒しなんてとんでもない。シロナは文字通りこの星を斬ろうとしてるんだよ」



「は? この星って、この星か?」

 アゼルは大地を指差す。


「そ、この私たちの住む世界全てだね」


「いやいや意味がわからん。第一斬るってどうやって? あいつは普通に刀を振ってるだけだろが」


「そこはそれ、今から思い切り殴るから動かないで」

 唐突にエミルが構える。


「おい、いきなりなん、だ!?」

 アゼルの返答を待つまでもなく、エミルはアゼルの腹部を撃ち抜き、そして激しい爆裂音が鳴り響いた。


「一体何を、って痛くはないな」

 

 アゼルの肉体には損傷ひとつなく、代わりに足元の地面が破裂したかのようにひび割れていた。


「今のは『透し』って技術だね。アゼルの肉体を介して接している地面と空気に衝撃を伝えたんだよ。これをもっと高次元にしたものをシロナは刀で実現してる」


「ほう、イリアがさっきので無傷なのもお前が斬られていないのもその為か。だが何故そんことを?」


「さあ? 聞こえてきた話から察すると、もう誰も斬りたくないんじゃない?」


「何だそれは。斬りたくないなら斬らなければいい。持っている刀を手放せばいい話だろ」


「あのねぇ、それは空を飛ぶ鳥に『飛びたくないならその翼を切り落とせばいい』って言ってるのと一緒だよ。飛ぶように設計された以上、飛ばないと生きていけない。だけどシロナの羽は飛ぶ度に周囲の命を傷つける」

 

「だからそうならないように、星を斬ろうとすることで目の前の命を殺さないようにしてる、か。────どんだけ不器用なんだよ」


「そんだけ不器用なんだよ。シロナは」



 イリアに幻の死を突き付けたシロナは、刀を引き、自身を恥じて下を向く。


「これで理解したか、担い手イリア。拙者はもう誰も斬りたくない。殺したくなどない。だがこの剣はまだ未完成。さっきも見たであろう。我が聖刀は容赦なくそこの魔王を両断した」

 

「───────シロナ」


「拙者はお前たちについていけぬ。……ついて、いけない。お前のように、お前たちのように、なりたかった。───────たがそれは無理だったんだ」


 今にも泣きそうな表情で、しかし人形であるが故に泣くこともできず、シロナの静かな慟哭が響く。


 ポタッ、ポタッ。


 雫がひとつ、ふたつ、地面に落ちて吸い込まれる。


「シロナ、ごめんね! ゴメンね! わかってあげられなくてごめん」

 イリアはシロナを強く抱き締めていた。


 泣けない彼の代わりに、いくつもの涙がこぼれ落ちていく。


「ごめんね。本当はずっと前にわかってなくちゃいけなかったのにね。ずっとわかってたはずなのにね」


 かつての戦いにおいて、イリアはシロナが自分の真似をしていることは薄々気づいていた。


 たがそこに何の疑問を挟むことはなかった。


 それは、彼女が彼女自身の在り方に何の疑いも持たなかったが故に。


 そして今、彼女は泣いた。


 シロナが斬り伏せてきた痛み、飲み込んできた苦しみの全ては理解できずとも、


 ユリウス、カタリナ、……そして、


 もう魔族ということだけでは聖剣を振るうことのできない誰かがイリアにもいる。



 周囲の期待通り、今までの規範ルール通りに戦うことはもはや彼女にはできないことになっていた。



「担い手、イリア。拙者は、もう誰も斬りたくないんだ。だが、なのに、この身体は、何よりも忠実に道具としての役目を果たしてしまう。だから、ムリなんだ。もう、お前たちと一緒にいることは、」



「──────シロナ、…………うん、そうだね。これ以上いたらシロナを苦しめちゃう。────────────────もう、一緒には、」

 泣き崩れた顔で、イリアがひとつの決断をくだそうとしたその時、



「何を早まっているイリア。そいつを連れて行くんだろ?」

 いつの間にか、アゼルが二人に歩み寄っていた。


「アゼル? あっ、シロナ!?」


 彼の剣界、一定の領域に踏み込んだが故にシロナはほぼ自動的に己の役目を果たさんとアゼルの首へと聖刀を走らせる。


 ブシュッ


 舞い散る鮮血、しかしてそれは黒い霧のように大気へと溶けていく。


「痛ってぇ。やっぱりエミルみたいには上手く躱せないか。」

 アゼルは首もとを押さえながらそう愚痴る。


「アゼル! シロナに近づいては駄目です。危ないし何よりシロナはもう誰も斬りたくはないんです」



「──でも、斬っちまうんだろ?」



「───────────────」

 無言を答えとするシロナ。



「魔族と出会えば望む望まざるに関係なく斬り殺してしまう危険人物。それをここに野放しにはできんだろ」

 冷たく、アゼルは彼にとっては見過ごせない厳然たる事実を突きつける。


「でもアゼル、それならどうすれば、」

 いいんですか、とイリアは言葉を詰まらせた。


「─────俺が完成させてやる」


「何だと?」


「一人でいくら棒振りしたところで限界はあるだろ。俺が練習台になってやるさ。何の不幸かいくら斬られたところで死なんらしいしな」


「!? アゼル、それじゃあ、」


「勘違いするな。タダで斬られるような真似はせん。むしろコイツを壊すつもりで俺は戦う。そっちの方が話は早いしな」


「つまりは、魔王。貴殿が拙者の試し斬りに付き合うと?」

 シロナは今にも斬りかかってしまいそうな自身を必死に抑えてアゼルに問う。


「斬られてやるつもりはさらさらないがな。最近は負けがこんでたから、俺にとっても修行だ。お前が壊れても良し、剣技を完成させて安全弁が付くならそれもよし。何にせよ気楽なもんだ」

 これから、死に迫る痛みと恐怖に向き合う戦いを、アゼルは気楽と呼んだ。


「そうか、かたじけない。では胸を借りるでござる。しかし、刀匠クロムが一振り、シロナ。容易く壊れることなどないと知れ!」


 白亜の人形は抑えていた自身を解き放ちアゼルへと迫る。


 極限の聖刀と無尽の魔剣の衝突が今始まる。

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