第114話 イリアの功罪

 自身のあるじに見放され、そんな自分を拾ったのは勇者と名乗る白銀の女。


 何の因果か、彼女が手にしていたのは我が主クロムが目指していた真の聖剣だった。


 何故か言葉を話す機能がついていたが、まあそれは気にするほどのことでもない。


 何より、ただの人形である自分が喋るのだ、それに比べれば何の不思議もないことだろう。



 彼女は、そして彼女たちは美しかった。



 外見のことではない。人間の美醜など自分には分からない。



 彼女たちの美しさは、そう、機能美とでも呼べばよいのか。


 自身のそう設計されたコンセプトに基づいて、その能力を如何なく発揮していた。


 容赦なく、躊躇ちゅうちょなく、敵対する魔族、魔物のことごとくを斬り捨てていった。


 時たま彼女の瞳に赤い焔が灯るのも、自身の機能を十全に果たすためと考えれば理に適っている。



 なるほど、これが我が主の求めた姿か。


 ここに至れなかったが故に、彼は自分を見放したのだろう。



 ならば、それならば、


 我が聖刀、『凛』と『翠』の二振りは聖剣にも迫るクロムの至高の傑作だ。


 しからば自分が模倣すべきはあの勇者。


 これより、自分の担い手となるあの少女に相違ない。



 よって真似た。


 彼女の在り方を真似た。



 魔族を容赦なく切り裂くその様子を真似た。


 魔物を躊躇なく滅するその熾烈さを真似た。


 真似て真似て、模倣て模倣て、マネてマネて、まねてまねて、マネテマネテ、真似た。




 そして気付いたときには、自分は彼女以上に魔族を斬り捨てていた。


 その頃になってようやく気付く。


 腕の振りが鈍い。


 相手にトドメを刺すタイミングがほんのコンマ数秒ずれる。


 命を刈り取ったあと、次の行動に移る前に思考の間隙かんげきが生まれる。



 おかしい、おかしい。


 不明であり不遼である。


 身体のどこにも異常はないのに、異状のみが積み重なっていく。



 敵を殺し過ぎたことによる異常などあるのだろうか。


 知らぬうちに呪いの類でも浴びたのだろうか。



 そう呪い。


 きっと呪いなのだ。


 それから、余計なことばかり考えるようになった。



 自分が殺した命はどこへ行ったのか。


 彼らはどこから来て、何がしたかったのか。


 

 ああ、主クロムと過ごしたあの日々が懐かしい。


 そう彼は、自分を家族と、息子と呼んだ。



 ならばにも、家族が、子供がいたのではないのか。



 そんな余分が、眠ることない自分の思考を常に圧迫し続ける。



 魔王軍の首魁しゅかいを退治したその日の夜、自分は担い手彼女に打ち明けた。


 魔族を多く殺したことによるこの謎の呪い。


 彼女はそれに覚えはないのかと。


 もうこれ以上彼らを殺すことはないのだから、今度は自分の不調の原因を取り払わなければ。



「シロナ、どうしたの? 変なこと聞くんだね。ん~、私はそういったことはないかなぁ。私たちが頑張ることで守りたい人たちは笑顔になっていくんだから、きっと間違ったことなんてないんだよ」 


 彼女は自分の言うそれに、まったく見当がないという。


「魔族にも家族がいたんじゃないか? う~ん、そうだね。────私にも守りたい家族がいたけどもういない。彼らにも家族がいるかもしれないけど私は知らない。はい、これで終わりだね」

 そこに思考を至らせることこそ不要だと、彼女は光のない瞳で言い切った。


 なんということだろう。


 自分が彼女に及んでいないのは性能なのだと思っていた。信じていた。


 だがそれ以前、────それ以前の問題として、根本的な思考から自分は劣悪であったのだ。



「それでね、シロナ。やっと魔族を人間領から追い払えたし、今度は大境界の向こうにこちらから踏み入ろうと思うの。そして世界の異変の原因を突き止めて、200年も不当に奪われていた大地を取り戻すの。そうすればきっと、みんなはもっと笑顔になってくれると思うの」


 明るい、いつもと変わらぬ笑顔で彼女は言う。


 その笑顔に恐怖を感じてしまったのは、やはり呪いのせいだろう。


 自分は彼女の言葉に何も返すことができなかった。


 翌日、自分は彼女たちの前から去った。


「拙者は殺すしか能のない人形。そして今やそれさえ不出来な始末。そんな人形にこの先をともに歩む資格はない。どこへ行くあてもないが、今はただ流れるでござる」



 誰かは必死に止めてくれた気もするし、誰かはこころよく背中を押してくれた気もする。


 いずれにせよ自分のことでいっぱいいっぱいで、その時の記憶は曖昧だ。



 それから流れに流れて半年後、壊れた人形は刀神の里にてを得る。

 

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