第113話 対峙、VSイリア

「なんというか、結構なボロ負けだったな」

 アゼルはシロナとの戦いで敗北を認めたエミルに向けて話しかける。


「うるさい、悔しくないし」

 当のエミルは体操座りをして頬をムクーッと膨らませており、普段の泰然自若たいぜんじじゃくとした姿が嘘のようであった。


「は、案外負けず嫌いなんだなお前。一応人並みの感性があって安心したぞ。……それで、聖刀ってのはあの馬鹿聖剣と同じで人間は切れないのか?」

 アゼルの悪口は、幸いアミスアテナには聞こえていないようだった。


「うんにゃ、聖刀は人間だって容赦なく切り裂くよ」


「へえ、それじゃやっぱり聖刀の方が使い勝手がいいじゃないか。ということはお前が無傷なのはいつものトンデモ体術でしのいだだけか」

 アゼルは納得したと勝手に頷いている。


「────違う、アタシの防御魔法は全部シロナに掻き消されてた。だから、本当だったらアタシは今ごろバラバラになってないとおかしいはずなんだ」

 エミルは悔しそうに呟く。

 その真剣な目は決して嘘をついているようには見えなかった。


「何だと? それじゃお前、アイツに手加減されてたのか?」


「手加減? 違うよ。もしそんなことされてたんだとしたら、アタシはシロナを壊すしかなくなる」

 真剣な瞳でエミルは言い切る。

 お互いが対等と認め合うなかにおいての手加減など、彼女にとって最大の侮辱であるが故に。


「おいおい、仲間だったんだろが。……それならお前に傷一つないのはアイツが加減してたわけじゃないのか?」


「わからない。だけどシロナの太刀筋は一切の迷いなんてなかった。それこそ、アタシ以上の何かを斬り伏せようとするように鬼気迫ってた。──なのにどういうわけか、身体に衝撃は走っても、ほんのわずかな切り傷さえ負わなかった。な~んでだろなー」

 はぁ、とエミルはため息をつきながらシロナと、それに対峙しているイリアを眺めた。





「シロナ、改めてお願い。もう一度私たちの旅について来て」

 イリアは真剣なまなざしでシロナと向き合う。


 しかしシロナはそんなイリアと視線を合わせずに、

 

「不要、拙者の力はもはや不要だろう。エミルがいる時点で戦力としては事足りているでござる」

 彼は拒絶の言葉を告げた。


「あのね、あんな爆弾みたいなのを私は戦力に数えたくないの。シロナ、私はあなたの安定した力量を評価してるんだからね。ついにはあの子を倒しちゃうくらいだし」

 アミスアテナも今回は真面目に説得に乗り出す。


「それこそ不要だろう。拙者は担い手イリア、そして貴女には遠く及ばない。最後まで魔を裂く刃に徹することができなかった。それ故、今もこんなところで彷徨さまよっている」

 自動人形である彼に感情があるかは分からない。ただイリアたちには、今の彼の言葉は少し揺れたように聞こえていた。


「シロナ、──後悔してるの?」

 不安気にイリアが切り出す。


「後悔? それは心あるものの考えでござる。拙者はあの戦いで多くの魔族の命を奪った。命がどこから来てどこへ行くのかは知らない。だがきっと、おりのように関節にでも詰まるのだろう。少しずつ、少しずつ、拙者の身体は鈍くなっていった」

 徐々にシロナの口調も重さを増していく。


「あなたが悩んでいたことには気づいていたわ。だけどそれは私たちには不要な感情でしょ? 出自の差はあれお互いに魔に属するものを断つ剣である以上、そこに余分な感情を挟む余地はないはずよ」

 だがそこにアミスアテナは容赦ない言葉を突きつける。


「─────さすが、完成された聖剣は違うでござる。いや、それが故に拙者は欠陥品であったのか」


「ちょっとアミスアテナ、シロナが落ち込んじゃったでしょ。もっと言葉を選んでよ」


「何言ってるの。自分を人形だと言うのならそれに徹しなさいと私は言っているだけよ。それができないというのならシロナ、────きっとあなたは人形ではなかったのよ」

 アミスアテナの言うそれは、罵倒だったのか、ゆるしだったのか。


 シロナにとってはどちらともとれるアミスアテナの言葉。


 しかしそこへ彼は踏み込むことなく、


「そうだな、確認をしておきたいでござる。担い手イリアのパーティから離れて一年としばらく。拙者はどこまで至れたのか。────至れなかったのかを」


 シロナは腰から2本の聖刀を抜いて構える。


「シロナ」


「イリア、本気で相手をしてあげなさい。この子が私たちについてくるにしろしないにしろ、せめてこの迷いは払ってあげないとかわいそうだわ」


「…………わかった。本気でいくよ。─────レーネス・ヴァイス」

 イリアは瞳を閉じて、集中する。


 顕現するのは彼女の持つ最大の奇蹟。何ものにも穢されぬ無垢なる花嫁衣裳。

 白き聖なる衣がイリアの身体を包む。



「ああ、相も変わらず美しい。──では、胸を借りるでござる。」


 白亜の双剣士は、白銀の勇者に向けて大きく踏み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る