第112話 シロナの起動者
自分は真っ白な場所から浮上した。
初めに目にしたのは、深い皺を眉間に刻んだ真剣な双貌。
浅黒く厳つい腕が自分の頬に触れていた。
この人が、ずっと、ずっと自分だけに心を砕いてくれたことは、この身体に染み付いている。
そのせいだろう、憔悴しきった彼の目は自分ではないどこか遠くを見ているようだった。
「あなたが、おれの、マスターか?」
初めて声を発した、今にして思えばこれは間違いだったのか。
彼は大きく目を見開いて、とんでもなく驚いていた。
そして、どこか後悔したかのように目を伏せた。
その後悔が何を指していたのか、今でも分からない。
いや、もしかすれば、今の自分なら辿り着けるのかもしれないが、そこに待ち受けているものへの恐怖がある。
自分は、あらゆる『魔』を切り裂く
聖刀という武器を誰よりも上手く扱うことが、自分に刻まれた理念、自分が存在する意味だ。
しかし、マスター・クロムはずっとそのことに悩んでいるようだった。
何故か、剱として存在する自分に聖刀を振らせようとはしなかった。
ただ彼と話し、彼の仕事を手伝い、彼の身の回りの世話をすることが自分の役目となった。
不満はない。
不満はなかったが、────これで良いのかという疑問は常につきまとった。
そんな折、世間にひとつの変化がおとずれる。
魔族が人間領域に対して大規模な攻勢を仕掛けたという。
いよいよ、自分の出番が来たのだと思った。
マスター・クロムのもとにも、自分の噂を聞きつけて何度も国の機関の人間が尋ねてきた。
しかし、そのことごとくをマスターは追い返した。
「お前らの言う都合の良い兵器なんぞはここにはねえ!」
自分はその言葉の意味が分からなかった。
自分はその都合の良い兵器として作られたのではなかったのか。
────────────そうか、
つまり、自分は失敗作だったに違いない。
マスターの望む性能に届かなかったが故に、彼は自分を剱として使いたがらないのだ。
そして、ついに自分は彼のもとを追い出された。
「限界だな。これ以上お前をここにはおいておけねえ。…………お前は、ふさわしい使い手を探せ」
強く冷たい雨の日だった。
何が足りなかったのか、どこを直せば良かったのか、自分にはまったく分からなかった。
せめて、魔を断つ剱として自分を鍛えあげなければ。
自分が失敗作であることは構わない。
余分な考えをよぎらせるこの頭が間違いというならそうなのだと理解できる。
だが、稀代の鍛治師であるクロムの作りあげたモノが不出来であるなどは許されない。
例え、彼自身がそれを認めていたとしても。
自分の目元が雨ではない何かで濡れた気がした。
あてもなく何日も、何日も歩いた先で顔を上げる。
「大丈夫? あなた、泣いてる?」
そこには、白銀の髪の美しい女がいた。
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