第111話 クロムの秘密部屋

 ユリウスとカタリナを連れたクロムは店と居住区を繋ぐ通路の片隅、知らなければ誰も気にとめない場所に積んである大きな荷物をのける。


 すると荷物の下から地下に繋がるであろう扉が現れた。


「わ、スゴイ! 隠し扉だ」

 普段は努めて大人ぶろうとするユリウスが珍しく興奮していた。


「クロムさん、この下に何があるの?」

 クロムの背中に抱きついたまま、カタリナが質問する。


「まあ見ればわかるさ、よっと」

 大の男でも数人がかりでないと持ち上がらないであろう扉をクロムは片手で開く。

 その先には暗い階段があり、降りていくと一つの部屋に行き当たる。

 クロムが部屋の明かりを灯すと、そこにあったのは鍛治師クロムの真の工房だった。


「うわぁ、スゴイスゴイ! これがクロムさんの仕事場?」

 他人の秘密基地に入れてもらったかのようにユリウスは瞳をキラキラとさせて辺りを見回している。


「まあな。魔工細工くらいなら上の作業所で十分だが、聖刀や、アイツを作るのはここでやってたんだ」

 少し昔を思い出すような哀愁を漂わせてクロムは呟く。


「アイツ?」

 そんなクロムの変化にカタリナは敏感に気づく。


「ああ、────おれの、息子だ」


「作った、ってどういうことですか?」

 クロムの言葉が理解できないユリウス。


「お前たち、オートマタって知ってるか?」

 ユリウスの問いに、クロムは一見何の関係もない問いを返す。


「ええ、知ってます。人間たちの兵器ですよね」


「今はそうでもないけど昔は厄介だったって、……お父様たちが言っていたわ」


「……兵器、か。まあ今となっちゃ間違っていないな。だがあれも初めは物資探索用に開発されたんだよ。当時はそれにおれも関わってた」


「探索?」


「ああ、魔素領域に残された貴重な物資の回収や、高純度の魔石の探索とかだな。それまで冒険者たちが命懸けで行なっていたことへの代行になるようにとな」

 クロムは少し物憂げな顔をする。


「それが戦争目的に使われるようになっちゃったんだね」

 カタリナはクロムの頭を優しく撫でた。


「まあ、それからはオートマタからは離れて聖刀一本に心血を注いだわけだ」


「ちょっとクロムさん。聖刀だって対魔族用の武器じゃないですか」

 ユリウスは頬を膨らませて抗議の声をあげる。


「ハハ、すまんな。そこはおれの性分でな。鉄を打ち、刀にする、……どうしてもこれだけは止められなかったんだ」

 クロムは頭をかきながら、悪ガキのような笑みを見せる。


「う~、まあ確かに魔剣と違った美しさがあるのは認めますけど」

 工房の棚に無造作に並べてある刀を見ながらユリウスは言う。

 おそらくは完成に至らなかった習作の品なのだろうが、それでも研ぎ澄まされた美がそこにあった。

 

「わかってくれるか、ユリウス。……だがなぁ、そんな想いで完成させた聖刀も、使い手に恵まれなければただの鉄クズ同然だ」


「言われてみれば、お父様たちが聖刀で傷ついたとこなんか見たことなかったね」

 カタリナが父たちの戦場に付き添った時のことを思い返す。


「そういやお前たちの親は上位貴族だったっけな。まあ一般に出回ってる聖刀でそいつらを相手にするのは無理があるだろうが、それでもおれの刀であれば真っ当な使い手を生きて返すくらいはできたはずだ」

 クロムは悔し気に続ける。


「だが実際はおれが20本の聖刀を打ったところで、戦場から生きて帰ってくるのは1人いればマシな方だった。ここホーグロンで作られた聖刀のほとんどは量産品として経験の浅いヒヨっ子どもに渡ってしまう」


「!? 息子を作ったって、もしかしてそれで?」

 何かに気付いたようにユリウスが顔を上げる。


「────ああ、偏屈にもほどがあるだろ? だが、おれはそうせずにはいられなかった。おれの刀を誰よりも上手く扱える使い手。それが欲しくておれは再びオートマタへと手を出した」


「? でもいくらオートマタでも人間みたいに複雑な動きはできないんじゃない?」

 クロムの背中で話を聞いていたカタリナがもっともことを言う。

 現状ではオートマタの魔族に対する主な使用目的は足止めか、相手に隙を作るための戦闘補助だ。一応武器を装備してはいるが、人間以上に扱えるわけではなく聖刀や聖剣などの貴重な武器を渡すわけにはいかないからだ。


「普通の工程では確かに繊細な動きのできるオートマタはできない。だがまあ結論から言えばおれにはできた。人間以上に精密で人間以上の機動性を持つオートマタ、──────────100年かかったがな」


「100年!? そんなにですか?」


「例えばそうだな、これを持ってみな」

 クロムは手近な箱入っていた「ソレ」をユリウスに投げ渡す。


「ッヒ、これ人の腕じゃないですか!?」


「フッ、そこまで驚いてもらえるとは光栄だな。よく見ろ、習作ではあるがそれなりの出来だ」


「えっ? あ、これってもしかしてオートマタの腕なんですか?」

 ユリウスは腕の切断面、と思われる場所が複雑な機構となっていることに気付く。


「すご~いクロムさん。パッと見じゃわからないよ」

 キャッキャとクロムの背中でカタリナがはしゃぎだす。


「おいおい暴れるな。まあその腕一つの機構を完成に持っていくまでに10年はかかった」


「はあ、随分と気の長い作業ですね。」


「まあな、この街でも生まれてから死ぬまでに一生おれの顔を見ることのなかった奴らも相当いただろうな」


「あれ? それでもクロムさんが作ったのはオートマタだよね。何でそれが子供になるの?」


「馬鹿カタリナ。きっと自分の創作物は全て子供みたいなもんだってやつだよ。野暮だな」

 男のロマンを汚されたと思ったのか、ユリウスがついカタリナに強く当たる。


「うぅ~、そんなの分からないもん」


「こらこら喧嘩をするなよ。────ユリウスの言葉は確かにその通りだ、おれの刀たちは全て子供だと思っている。だが完成したオートマタ、あいつには命、かどうかは分からんが少なくとも自分の意志があった」


「意志、ですか?」


「ああ、こちらの言葉を理解し、自身の言葉を話した。自らの意志で動き、自分の考えを探していた」


「スゴイ! それって命を創ったってことじゃないですか。一体どうやって?」


「分からん。」


「え? クロムさんが作ったんでしょ」

 カタリナは呆れたようにクロムの頬を引っ張る。


「いや、本当に覚えてないんだ。何せ100年かけたからな。最後の1年くらいは集中しすぎてほとんど記憶に残ってない。おれが覚えてるのは、作業に憔悴して意識朦朧だったおれにアイツが声をかけた時からだ」


「本当にお伽噺みたいですね。でも一度完成したなら、その作り方は解析できるんじゃないですか?」


「いや、自分で作っておいてなんだが、アイツの中身は既にブラックボックスだ。一度でも開いてしまえば元には戻せない自信がある」

 無理なモノは無理だとクロムは言い切る。


「アハハ、何でそんなに自信満々なのクロムさん。それでその子は今どうしてるの?」


「さてな、一年半前に追い出してから、それきりだ」


「追い出すって、どうしてそんなことを!?」


「ああ、この国アニマカルマにアイツを供出しろと迫られてな」


「供出?」


「対魔族の兵器として差し出せってことだ」


「……でも、そのために作ったんじゃなかったんですか?」


「いいや、聖刀もそいつも作りたいから作ったんだ。生憎とおれはロクデナシでな、まともに他人ひとを愛せなかった。おれが愛せたのは物言わぬ鉄くれたちだけだった。もちろん結果としておれの武器が多くの魔族を斬ったのは分かっている。だが、────そのために彼らを打ったわけではなかったんだ」


「「クロムさん。」」

 ユリウスにもカタリナにも、自身の発露を聖刀でしか表現できなかった男の苦悩は分からない。

 しかし、全ては彼が悩みに悩んだ末の行為だったことは朧気に理解できた。


「だから、国の兵器としてアイツが利用されることを許容できなかった。それでアイツを野に放った。自らの使い手を探せとな。まあ、おかげでアニマカルマからは手痛いペナルティを喰らうことになったが、後悔はしてない」


「ペナルティ?」


「ああ、聖刀を打つのに必須な聖鉄はもうおれのところには回ってこない。聖鉄の鍛造法は現在では秘匿されていて国の機関が独占的に扱っている。つまりはまあ、聖鉄が手に入らないってことはこの業界において村八分をくらったようなもんだ。」

 とくに気にした様子もなくクロムは言う。


「クロムさんはそれで大丈夫なんですか?」


「聖刀を打つのにはもう満足したからな。それに連中は知らねえみたいだが、元々聖鉄の鍛造法はおれが若い時に編み出したものだ。いざとなったら自前で用意できらぁ」

 ガハハとまた悪ガキのようにクロムは笑った。


「良かった。でもクロムさんの子供、どこに行ったか分からないなら心配ですね」


「別に心配はしていない。噂はちょくちょく耳にしたからな」


「噂?」


「この前の魔族との大戦において、もっとも彼らを斬り殺した自動人形オートマタ、とな」


「え? その、……名前はなんて言うんですか、クロムさんの子供の」


「名前は付けなかった。…………だが、呼び名がないのは確かに不便でな。白名、まだ白紙の名前という意味をこめて、シロナと呼んでいた。いつかアイツの持ち主が現れたら好きに付けられるようにな」


「シロナ? あれ、それって、」


「ああそうだ。あの勇者のガキどもが探しにいったのがそいつだ」


 作り手の想いとは裏腹に、備えられた意図通りにその人形は機能した。


 クロムの瞳は深い憂いを湛えていた。

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