第110話 対峙、VSエミル

 先手を繰り出したのはエミル。


武蓮疾歩ぶれんしっぽ!」


 神速の踏み込みで相手の懐に飛び込む、かつてアゼルを翻弄した技だ。


「甘い」

 だがその絶技に、シロナは神速の一振りで合わせていた。


「危っ、」


 エミルは超高速で踏み込んだ自身の顔に合わせて振られる一撃をどうにか仰け反ることでかわす。

 完全な攻めの姿勢から回避に転じるエミルの技量も異常だが、シロナにはもう一本の聖刀が残っている。


「楓三連」


 一呼吸に三斬撃、すでに仰け反っていて回避不能なエミルの胴体へと叩き込む。


「このっ。」

 かわせないのなら捌ききるまでと、エミルは魔法で強化された両手、さらに右足でシロナの斬撃をいなす。

 しかし、さすがに無理な態勢からの防御では完全に威力は殺しきれずに背中から地面に叩きつけられる、が、そこは彼女もさるもの、受け身でダメージを減衰させてバク転、すぐさま立ち上がって再び構えをとる。



「嘘だろアイツ、今左足一本でブリッジしてたぞ」

 一瞬の攻防に唖然としているアゼル。それはイリアも同様で、


「途中から動きが見えませんでした。シロナ、あんなに強かったかな」

 呆然とした様子である。


「それにしても刀を素手で相手どるなんて大概頭おかしいわよ。どうせ魔法で強化してるんでしょうけど」



 外野の声が耳に入るか入らないか、当のシロナは静かに対峙するエミルを見つめるのみである。


 対するエミルは、

「…………良かった、付いてる」

 何故か、自らの両手をチラッと見て安堵の声をもらしていた。



「続けるでござるか?」


「─────もちろん。まだまだこれからだし」

 エミルはやや強がりのような笑みを見せ、再びシロナへと挑む。




 ここより5分、筆舌に尽くしがたい戦闘が繰り広げられる。


 エミルは持てる魔法、持てる格闘技術の全てを用いてシロナと戦った。


 しかし驚くべきことに終始劣勢なのは、最強の魔法使いの呼び声高いエミルの方だった。


 彼女は一度もシロナに攻撃を当てられず、対するエミルは二十を超える斬撃をその身に受けていた。



「おいおい嘘だろ。エミルが完全に封殺されてるぞ」

 信じられないモノを見ているかのようにアゼルは呟く。


「私たち二人がかりでもエミルさんには完敗だったのに。技量はほとんど同じに見えるけどどうして?」 

 目の前の光景を理解できない様子のイリア。

 イリアたちにとって絶対的な強さを持つエミルが何故か手も足もでない。

 

 そんな疑問に対してアミスアテナより、


「あんたたち何言ってるの? 一目瞭然じゃない。いい、あの子ね、……手足が短いのよ」

 

「「あ」」


 容赦のない真理の発表があった。


「加えてシロナは聖刀を使うんだからリーチでは完全に負けるでしょ。まあ、懐に入れたらまた違うんでしょうけど、どうやらそんな隙は見せてはくれなさそうね」

 エミルの勝利には微塵も興味がないのか、実に公平な観点でアミスアテナは自身の分析を述べた。


「う、それを考えるとリーチで勝っていながら二人がかりで勝てなかった私たちって」


「言うな、哀しくなる。それにあの時あいつは距離をとった魔法も使ってたしな。…………ん、何でエミルは今遠距離魔法を使わないんだ?」


 と、アゼルが疑問に思ったその時、


「葵八連」

 シロナの超高速斬撃によってエミルが大きく後方へ飛ばされる。


 しかし、およそ10メートルほど飛ばされたエミルは間髪入れずに、


「闇夜の雷帝、鳴鳳めいほうの隠す影爪、閉じた牙輪が汝を喰らう」

 魔法のを行なう。


 10メートルの距離で許される最長詠唱、本来無詠唱で魔法を取り扱う彼女が詠唱するということは、必然的に大魔法の発動を意味していた。


「!? おいやばい、巻き込まれるぞ」

 気付いたアゼルたちはすぐさま距離を取る。


「ちょっとあの子、シロナを壊すつもりじゃないでしょうね」




「───────────────」

 対するシロナは逃げることも、エミルに詰め寄ることもしない。


 逃げたところでロックオンされていてはどうしようもないが、術者を攻めようともしないのはいったい何故なのか。


「行くよ、シロナ。転輪する冥雷の牙プルートファング!!」


 巨大な闇の奔流が円環となってシロナを囲い、内側に向けて何十本もの黒雷の牙を突き出して、─────収束していく。

 逃げ場のない彼に待っているのは、確実な『死』だけだろう。


「おいエミル! あんなの跡形も残らんぞ」

 さすがにやり過ぎだというアゼルのツッコミにエミルは、


「…………どうかな。アタシの考えが当たりなら、」

 いまだ真剣な表情でシロナのいる場所を見つめている。


 この大魔法に全ての魔力を消費したのだろう、エミルの身体から灼銀の輝きは既に消えている。



 その、彼女の全力の魔法を、


夢現泡沫むげんほうまつ


 白亜の剣士はただの一刀のもとに切り捨てた。


 エミルの大魔法の力の奔流は、シロナがただ一刀を振るったその瞬間にことにされていた。



「!?!?!? 何今の、シロナはいったい何をしたの?」

 あまりの理解を超える光景にまずアミスアテナが動揺していた。


「私みたいに魔力を消した? でも私じゃ今みたいに魔法で生じた現象をなかったことにはできないし」


「おいエミル、何が起こったか分かるか?」


「何って、そりゃ斬ったんでしょ。─────────『ジン』をね」

 薄々気付いていたと、彼女は続ける。


「どうもさっきからおかしいなと思ってたんだよ。いくら自分に強化魔法をかけてもイマイチ効果を感じられなかった。何でかなっと思ったら答えはコレだよ。……まさかシロナがジンを斬れるようになってたなんて」


「何だ、そのジンってやつを斬れば魔法は無効化できるんだな。それは俺にもできるのか?」


「ムリ、ジンってのはそこにあるはずだけど見えないもの。万物に存在する大本の理由。例えばアゼル、炎を消すことはアンタにもできるけど、炎のを消せる?」


「何だそれは謎かけか?」


「ね、無理でしょ。でもシロナはそれをやって見せた。アタシの魔法と力比べしたわけじゃない。シロナは魔法の根っこである『ジン』切り伏せ、結果として存在する理由をなくした魔法は消滅しちゃった」


「おいおい、そんなわけのわからんことをアイツはやったのか」


「そう、アタシですら感覚的に捉えているだけのジンの実態をシロナは斬った。あー、もう完敗! アタシの負け」

 エミルは両手を万歳して後ろに倒れ込んだ。


「おいおい負けって。お前はそれでいいのか、まだまだ粘りそうなもんなのに」


「んー? まあリーチの問題はさ、知ってたしいいんだよ。でもその差を埋めるための魔法が完封されてちゃお手上げです」


「案外淡泊なんだな。いつものお前なら相手の疲労待ちで泥仕合をしてでも勝ちをもぎ取りそうなもんだが。まあこれで人間最強の称号はアイツのもんか?」


「あのねぇ、シロナが疲れるわけないじゃん。それにその最強にこだわるわけじゃないけど、シロナは人間じゃないよ」


 エミルの言葉に、ピクリとシロナは反応する。


「はあぁぁぁ!? アイツ人間じゃなかったのか? しかし魔族には見えんし、魔人とも違うだろうが」



「あれ? アゼルに言ってませんでしたっけ。シロナはですよ」



「…………………なん、だと。」

 イリアの発言にアゼルは凍りついた。

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