第109話 アゼルの不死

 シロナの聖刀が刹那の内に斬撃を放ち、およそ2mくらいの高さにあったアゼルの頭部は1秒の後に地面と衝突した。


 その落下の間、アゼルには淡く輝き続ける天空の月が見えていた。


 バタンと、頭部の落下に遅れてアゼルの肉体も倒れ込む。


「来るなと、言ったでござろう」

 アゼルの首を見事切り落とした張本人であるシロナは、何故か悔しそうに天を見上げている。


「アゼル!!」

 彼の亡骸に向けて駆けだそうとするイリア。


 それを、

「待ちなさいイリア、……大丈夫だから」

 とアミスアテナは止める。


「大丈夫って何が! アミスアテナはアゼルが死んでもどうでもいいってこと?」

 イリアは激情に身を任せて自らの聖剣を睨みつける。


「そうだけど違うわよ。よく見てなさい」


 アミスアテナが促すと同時に、アゼルの頭と肉体が黒い霧のように霧散していく。

 そして数秒の後に膝をついた状態でアゼルが再び現れた。当然ながら首と胴体は離れていない。


「あれ、アゼル何で生きてんの!?」

 今の光景にエミルは素直に驚いていた。


「──はっ、もしかして俺は今死んでいたか?」

 そしてそれはアゼルも同じだった。


「死んでたら喋れるわけないでしょ。さ、また斬られたくなかったら早くそこから離れなさいな」

 アゼルに向けてアミスアテナは冷たく言い放つ。


「アミスアテナ、今のって」


「前に言ったでしょ、魔王の魂は私のコアの中に封印してあるって。そのせいで今の魔王は外的要因じゃ死なないのよ」


「あれ? 魂がアミスアテナの中にあんなら、あそこにいるアゼルは何なの?」

 興味が出たのかエミルが今の話に喰いついてきた。


「あれは私の封印から漏れ出した魔素で構成された投影体みたいなものよ。9割以上封印してるのに残りの漏れ出す魔素だけで肉体を再構成できるんだから、本当ふざけた力よね」


「……ああ、そう言えば最初に封印されたときに何かそんなこと言ってたな。まあおかげで命拾いしたが」

 アゼルは何故か呆然と立ち尽くしているシロナからいそいそと離れて、イリアのもとへと戻ってくる。


「まあ封印なんてされてなかったら、そもそもあの程度の一撃で死ぬこともなかったがな。にしても何だアイツの剣は。俺の魔素骨子を容易く斬ってきたぞ」


 自身の首元を触りながらアゼルは呆然と呟く。

 魔族や魔物特有の魔素骨子と呼ばれる防御機構。それも魔王の魔素骨子をシロナはいとも容易く突破してアゼルの肉体に刃を通した。


「あ、言い忘れてましたけど。シロナは魔素骨子を斬れますよ。私にみたいに打ち消してるわけじゃなくて、確かエミルさんの話だと神速の斬撃と最高の出来栄えの聖刀、そしてシロナ本人の性質も相まってそうなるそうです」

 

「おい、前もってそういうことは言っておけよ」

 アゼルは呆れ顔でイリアに突っ込む。


「はいはい、とりあえずアゼルは一敗ね。次はアタシの番だから今度は邪魔しないでね」

 そう言ってエミルはいまだ立ち尽くすシロナのもとへと向かう。


「お~いシロナ、何ボーっとしてんのさ。さ、やるよ」


「エミル、拙者は……」


「何悩んでるかは知らないけど、いーじゃんアイツ。違う?」


「…………分からないでござる。確かなのは拙者はいまだ至っていないということ」


「シロナはどこに至りたいのかね。生きてる内に辿り着きたい場所に辿り着ける人なんて稀な気がするけど。まあいいや、シロナ。やろ? 生きてる内に辿り着けないなら、死に近づけば見えてくるものもあるんじゃない?」

 エミルは暴論を引っ提げてシロナに向けて構えをとる。


「結局はそれか。─────ああ、お前はそういう輩であったでござるな」

 瞳を一度閉じ、彼も刀の柄に手をかけ目を見開いた。


「『風纏』『空密』、さあ、用意はいいよ」

 エミルは一瞬で自身にオリジナルの強化魔法を施す。

 吹きすさぶ風が彼女の身を纏い、さらに分厚い空気の層が拳を覆う。


「では、いざ尋常に、参る」

 シロナは左腰に差した聖刀に手を添え、居合いの構えから一歩踏み込む。


 本来であれば、距離を詰めてすらいない離れた間合いにおいての踏み込みに牽制以外の意味などあるまい。


 だが、彼はその一歩にてエミルの懐へと入り込んでいた。


「!? あれはさっき俺がやられたやつか!」

 客観的な立ち位置からシロナの神速の踏み込みを見て驚くアゼル。


「流石シロナ、その運足もモノにしたね!」

 しかしてエミルは嬉しそうに彼を受け入れ、魔法による近接防御を起動する。


「来たれ地心、『金剛た、ブォゥッ!」

 

 だが、エミルは今までに聞いたことのないような声を出して、そのどてっぱらにシロナの居合の一撃を受けていた。


 シュンッ


 まるで弾丸ライナーのようにイリアとアゼルの間を抜けていくエミルの肉体。


 どこまでも飛んでいくかのように思われたソレは、約50m先の巨大な岩塊に衝突することでようやく停止を許された。



「……エ、エミルさん?」

 あまりに予想外の展開に、イリアの表情も引き攣っている。

 それはアゼルも同様で、


「おいおいマジかよ。流石に死んだか?」

 唖然とした表情を隠せない。


「何言ってんのよアンタ達。これであの子がくたばるようなら、世の中こんなに困らないっての」

 ただアミスアテナだけは、実に失礼な信頼を彼女に向けていた。


 ゴロッと岩の崩れる音がする。

 そこから立ち上がり一人の人影。


 彼女はゆったりと歩いて再び戻ってくる。


「あれで無傷とか相変わらず頭おかしいな」

 いつものことかと、アゼルは安堵の息を吐く。


「エミルさん、大丈夫でしたか───ヒッ!?」

 イリアが声をかけてしまったことを後悔するほど、再び現れたエミルは



「──────────」

 対するシロナは、エミルが再び立ってくることを当然のように受け止めており、戦闘姿勢を崩していない。


「ちょっと、アゼル」

 エミルはアゼルの正面に立ち、彼の肩に手をかける。


「何だ、バトンタッチか?」

 エミルの意図が分からず怪訝な表情のアゼル。


 しかし、エミルはそんなアゼルを一切気に止めず、


「本気でやるから、魔力

 いかなる技か、エミルが触れた肩に僅かな力が加わったと感じた瞬間アゼルはストンと膝から落ちて強制的に膝立ちにされ、そこに間髪入れずにエミルの口づけが襲った。


「ん──!!」

 これで二度目となるアゼルからエミルへの魔力補給。

 しかし、今回のそれは以前のよりもずっと暴力的な吸引だった。


「──────────」

 対戦相手の謎の行動にもまったくの動揺を見せずにシロナは眼前の光景をただ眺めていた。


「ちょ、エミルさん! 何で?」

 突然の彼女の行動にイリアも慌てている。


「ぷはっ、よし! 補給完了」

 魔力が全身に満ち足りたことでエミルの全身の魔奏紋が灼銀に輝きだす。


「何が補給完了だ。俺はお前の魔力タンクじゃないと何度言えば」

 さすがのこの扱いにアゼルも青筋をピキリと立てる。


「仕方ないじゃん。こうでもしないとシロナに負けそうなんだもん」

 口を真一文字に結び、拗ねた子供のようにエミルは言う。


「シロナ! それじゃ仕切り直しだよ」

 エミルは再び戦闘態勢に入る。


「構わない。のにお前以上の相手はいない。『凛』、『翠』、力を借りる」

 シロナは今度は腰に差してある二振りの聖刀を抜いて構える。


「刀匠クロムがシロナ、参る」


 最強の魔法使いエミルと、人外の聖刀使いの戦いが加速する。

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