第107話 エミル先生の魔積回路講座、そして

 イニエスタのカフェのオープンテラスにてイリアたちは軽い昼食をしていた。


 すでに食事は食べ終わり、談話している彼女らのテーブルに自動人形オートマタが食後のデザートやお茶を持ってくる。


「さすがオートマタの本場ですね。まさかオートマタがウェイトレスまでやっているなんてビックリです」

 イリアは目をぱちくりとさせて驚いている。


「確かに、戦闘用以外のオートマタもあったのね」

 アミスアテナもイリアの驚きに同調する。


「まあ戦闘用の需要が減った分、最近はこういった多目的なオートマタの研究が進んでたからね」

 エミルはウーロン茶のグラスに付属するストローでクルクルと手遊びしていた。


「…………なあ、前から不思議だったんだが、こういったオートマタって一体どういう原理で動いてんだ?」

 自分の注文がまだこないアゼルはテーブルに突っ伏しながら顔だけを上げて質問をする。


「あ、それ私も気になってました」

 イリアも片手を上げてアゼルに続く。


「え? ああそっか。普通は魔工学についてなんて知る機会ないもんね。まあ、これからアイツに会うことを考えたら無駄にはならないだろうし、それじゃ簡単に教えよっか」

 エミルは以外にも説明に乗り気で、さっそく教師然とした雰囲気を出していた。


「……何が腹立つって、この子意外に博識なのよね。戦闘狂のくせに」


 エミルはアミスアテナの軽口には付き合わずに解説を始める。


「まずオートマタには高純度の魔石が使われてるのは知ってるよね」


「ああ、やつらを止める時にはそこを破壊するのがセオリーだからな」


「そう、まあそこがコストが激高い一因なんだけど。そんなわけでオートマタは魔石の性質を動力源として動いている」


「魔石の性質?」

 イリアは頭に疑問符を浮かべる。


「そう、純度50%を越えた魔石は周囲の魔素を自然と集め始める。まるで完璧な物体を目指すようにね」


「ほうほう」

 アゼルも興味深そうに頷いている。


「魔素が集まる物体が用意できたなら後は簡単、魔石の周りに回路をセッティングすると、魔石を目指して集まる魔素が回路を通過して設定した通りの現象を引き起こす」


「ん? 回路って何だ?」


「アゼルたち魔族も持ってるでしょ、魔積回路。かつての魔工学者たちはそれを解析して人工的に再現したんだよ、その回路を」


「魔積回路って何です?」


「って今度はイリアか。あのね強い魔族や魔獣は魔法みたいな技を出してくるでしょ。炎とか氷とか色々」


「はい」


「あれは元々生まれ持って体内にある『魔積回路』ってやつに魔素を流して引き起こしてるの」


「エミルさんの魔法とはどう違うんですか?」


「そうだねえ、口で説明するのは難しいんだけど、っと」

 エミルはお冷として出されていた半分水の入ったコップに人差し指をつけてイリアたちに見せる。


「ほら、ここに水のジンがあるでしょ?」

 彼女はさも当然のことのようにクルクルと水を回す。


「分かるか!」

 アゼルは思わず突っ込む。


「え、分かんない? まあいいや。それでここに魔力を流すと、──ほら」

 エミルの合図とともに水が増えだしてコップの淵ギリギリまで溢れる。


「わっ、すごい」

 イリアは素直に驚いている。


「相変わらず摩訶不思議な力だな」


「ジンに干渉して現象を強化する、これは魔法の領分。イリア、触ってみなよ」


「え、それじゃあ。あっ、冷たい。キンキンに冷えてますよ」


「アンタが使ってるのを見ると、魔法も随分便利に見えるわよね」

 アミスアテナがつい口を挟む。


 エミルが即興で見せた芸当も、普通の魔法使いでは簡単には再現できない難易度なのである。


「魔法は結局使い手のセンスが問われるからね。その反面、魔積回路、正確には疑似魔積回路ジンサーキットかな。これは世界に対するプログラムだから一度成立すると魔素を流し込めば誰でも同じ効果を発揮することができる」


 そう言ってエミルは水に漬けていた人差し指でテーブルに複雑で幾何学的な紋様を瞬く間に完成させた。


「はい、それでは起点であるここに魔力を注ぎ込むと」

 彼女は完成した紋様の端を鈍く輝く指で触れる。


 するとエミルが紋様に触れた箇所とは反対側で突然に氷が生まれ、ピキピキと徐々に結晶が大きくなっていく。


「凄いです! ───あれっ? でもこれってさっきの魔法と何が違うんですか」


「それじゃアゼル、アタシの代わりに魔素を流しなよ」


「ん? ああ」

 アゼルは言われるがままに先ほどまでエミルが指をつけていた場所に手を触れて魔素を紋様に流し込んだ。


 ピキピキピキッ


「わっ、凄い! アゼルがやっても氷が大きくなってく」


「おお、確かに凄いな」


「本当は魔力と魔素の違いがあるから効率が変わるんだけどね。ま、今回は氷を作るだけだったけど、これを複雑化させると大きな物でも半永久的に動かすことができる。このオートマタ用の疑似魔積回路を完成させた魔工士は一生遊べるくらいの褒賞を貰ったそうだからね」


「へ~、あの不思議人形はそんな理屈で動いてたのね。道理でイリアが本気で戦ってると周りのオートマタが次々とスクラップになっていくわけだわ。イリアの力で魔素が浄化されるとオートマタの動力も消えちゃうものね」

 アミスアテナも納得したような声をだす。


「ちょっとアミスアテナ人聞きが悪い。きっとあれはただの動作不良だから」

 以前あった戦いのことを思い出したのかイリアは顔を赤める。


「あ~、こないだの大戦ね。あの時はアタシも魔法使えなくなるし散々だったよ」

 エミルは台詞とは違い、気にしてないように快活に笑う。


 そこへ、


「そこの君! そのテーブルの氷は一体!?」

 

 通りを歩いていたであろう眼鏡をかけた理知的な若い女性が突然イリアたちのテーブルへ駆け寄ってきた。


「おい、また何かやらかしたんじゃないだろうなコイツ」

 アゼルは疑いの目をエミルへと向けた。


「逃げる準備をしておきなさいよ、アンタ達」

 アミスアテナにいたっては既にエミルがトラブルを起こしたのだと、この時点で確信していた。



「素晴らしい!! 氷を生成する回路など初めて拝見いたしました。この回路の構成はどなたが考案されたのですか?」

 しかし、アゼルやアミスアテナの予想とは真逆に、女性は両手を広げて感嘆している。


「え、これならアタシがさっき作ったんだけど」

 エミルは何が素晴らしいのか分からないといった顔で一応手を挙げた。


「貴方様が? 確かにお若いですがその黒金のローブは魔法使いの最高位の証。さぞ名のあるお方なのでしょう。─────え、さっき作ったと仰いましたか?」


「ん、そだよ」


「またまたご冗談を。魔積回路は研究グループを作って年単位で取り組んで初めて一つ出来上がるかどうかと言うもの。即興で作られる魔積回路など聞いたことがありませんよ」


「え~、そんなこと言われても、できちゃうもんはできちゃうからね」

 エミルは珍しく困ったように頭を搔く。


「いえ、すいません不躾な発言でした。私はこの街で魔積回路の作成に携わる者ですが、どのような経緯であれこの回路が世に出回っていないのであれば僥倖です。よろしければこちらを大金貨2枚で買い取らせていただけないでしょうか?」


「大金貨って大袈裟だなぁ。ただの落書きだよ」


「落書きなどととんでもない。新規の回路などそれこそ法外な値がついてもおかしくないものですよ。私こそこのような値段しか提示できず恥ずかしいほどです」

 その言葉に嘘はないのだろう。女は顔を赤めながら視線を下げる。


「ま、そんなに欲しいならタダであげるよ。このままじゃ消えちゃうから、ほら、これなら覚えられるでしょ」

 エミルは水でできていた回路に手をかざして、一瞬で幾何学的な紋様を凍らせた。


「すごい、本当に名のある方なのですね。お名前を伺ってもよろしいですか?」


「名前? アタシは……」


「おいヤメロ。お前が誰だかばれるとまたトラブルが起きるだろうが」

 アゼルは必死にエミルを止めにかかる。


「え~、まあ確かにこれ以上足を止められるのも面倒かな。ゴメンね名前はわけあって明かせない」


「そうなのですね。後日正式にお礼を差し上げたかったのですが残念です」


「お礼は別にいいよ。あ、そうだ何か最近面白い話ない? 役立つ話でもいいけど」


「話ですか? …………そうですね、面白いとは違いますけど、これから旅をされるなら気をつけておいた方が良い話がひとつあります。実はですね───────────」


 この、若い研究者の情報を得て、事態は急速に動き出した。

 

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