第106話 大境界にて

 今現在、浮遊城が刻一刻と迫りくる状況で、人間の連合軍は混乱の坩堝るつぼの中にあった。


 しかし、彼らとて本来は無能ではない。


 前回の戦いにおける浮遊城のデータを元に確実な包囲にて足止め、上手くいけば撃墜が狙えるほどの作戦を用意していたはずだった。


 2年前の魔族侵攻における浮遊城の役割は移動要塞。

 大勢の魔族を人間たちの拠点まで安全に運び、そこから先は魔族たちが直接攻め込んでくるというものだった。


 それだけでも十分な脅威ではあるが、相手の戦法が判明していれば対策もとることも可能だ。


 ……だがまあそれも、相手が同じ攻め方をしてくればの話であるが。


「何なんだあの城は! 前はあんな黒い光を放つことなどなかったぞ」

 運良く生き延びることのできた兵士は嘆き叫ぶ。


 今回の開戦時、連合軍は人間領域へと進行してくる浮遊城に対して鶴翼の陣をとって待ち構えていた。

 

 多数の魔法使い、オートマタも前線へ投入して総力戦といった様相を見せ、兵士たちも人間の未来はここにかかっていると士気も非常に高まっていた。


 それを、浮遊城から放たれた一筋の黒き光線が粉々に打ち砕いた。


 連合軍の左翼に向けて放たれたそれは、…………その右翼ごと消し飛ばした。


 それで全て、それで戦いの行方は決した。



 翼を片方もがれて飛ぶことのできる鳥がいないように、彼らはもう戦いを続けることはできなくなった。



 その一瞬で人間の敗北、自分の未来を理解できた聡い者たちは我先にと敗走を開始した。


 本来の軍であれば、極刑間違いなしの軍規違反であるが、誰がそれを責めよう。


 何せ、この場で最も賢いことを自認していた総指揮官こそが一番先に逃げたのだから。


 それならばやはり、ここで逃げるということは賢い選択なのだろう。



 残ったのは勇気ある、志高き戦士たちのみ。


 彼らの勇気が、果たして無謀との履き違えだったのかどうかは結果のみが示すこととなる。



 不思議なことに、浮遊城から放たれる黒条の光は初撃のみは大軍を消滅させたが、それ以降は同様の大規模な攻撃はなくなった。


 現在、浮遊城から放たれる攻撃は、個人個人を狙い撃つような細い光線のみとなったのだ。



「最初のどでかい光は一回限りのものだったに違いない。皆、心を奮い立たせろ! まだ我々に勝機はあ─────、」

 ジュッ

 そんな音を立てて兵士の一人は消失した。


 それでも周りの兵士たちは、心を折らずに僅かな勝機にすがろうとする。



 まだ、


 まだ頑張れる。


 きっと、


 きっとあと少しであちらの攻撃手段もなくなるはず。



 そんな、ありえるかもわからない希望にすがらなければ、彼らは足をこの場に食い止めることができないでいた。



 その様子を浮遊城より眺める男が一人。


 セスナ・アルビオンをに据えてこの浮遊城を起動させた張本人、ルシュグル・グーテンタークである。


「見ろ! カッサンドーラ。必死に武器を掲げて奴らは戦えているつもりなのか? これでは、───────まるでゴミが人のようではないか! カハッ、ハハ、ハハハアハハハ!!!」


 逃げ惑う人間、そして今もなお命懸けでこの場に留まる人間たちの様子が可笑しいのか、ルシュグルは両手を広げて笑い続ける。


「そんなに面白いのかルシュグル」


 ルシュグルの後ろでは四天王の一人、カッサンドーラ・アンブレラが椅子に座り、つまらなそうに腕と足を組んでいた。


「楽しいに決まってるじゃないですか。害虫を一気に駆除できる爽快感といったらもう。いえいえ初撃はやり過ぎましたね。まさかセレナ様を燃料にした魔素粒子砲、ここまでの威力とは」



「ああ、あれね。本当に頭にくるよね。私たちが4人がかりでも動かすのがやっとだったこのジークロンドをあの女はたった一人で動かすだけじゃなく、封印されてた魔素兵器まで運用できるんだもの」



「ええええ、生まれ持った力の差には絶望するしかありませんが、いいじゃないですか。今はその力が思いのままにゴミクズにへと揮えるのですから」

 ルシュグルはそう言って手元の端末を操作し、浮遊城から黒い光線を放ってまた1人の兵士をこの世から消し去った。


「そのせっかくの力をさっきから小出しにしてどうすんのさ? 最初の一発みたいに派手に消し飛ばせばいいじゃないか」


「分かってませんねぇ、カッサンドーラは。一斉に殺してしまってはつまらないではないですか。ああいった害虫は一匹一匹潰していくとですね、───────────何故か心がスッキリするのです」

 まるで悟りにでも達したような顔をしてルシュグルはさらに彼の言う害虫を葬る。

 


「本当に生粋のサドだよねアンタは。まったく、私はすることなくて退屈だよ。こんなところでトロトロせずにさっさと人間領に入れないのか?」

 


「おやおや、そんなに慌てないでくださいよカッサンドーラ。まあこの浮遊城、速度と高度がそんなにでないのが玉に瑕ですからね。大境界の中央にあんながあるせいでそれなりに大回りしないといけませんし」


 今現在の浮遊城ジークロンドは逃げ惑う人間たちを追いながら大境界を大きく南回りで移動していた。

 大境界の真ん中には白骨化した巨大なドラゴンの死体があり、最大高度10mまでしか出せない浮遊城の高度では飛び越えることができないからだ。


「まったく忌々しいね。アレをが落としたって本当かい?」



「ああ、ああ、貴方はあの時に居合わせてはいなかったのですね。まったくもって信じがたいことですが、確かにあの竜を地上に叩き落としたのは人間でした。いやまあ、そんなことができる者を人間と呼んでいいのかはわかりませんが」


「…………本当だったのね。でもどうして、そこまで強い人間がいて私たちとの戦いに出てこないんだい?」


「さてさて、何があったのやら。確かにその人間が生きていたら厄介だったかもしれまんせんが、出てこないということはきっとどこかで死んだのでしょう。強い者、異質な者は同族の中で淘汰される。人間は自分たちで勝手に自滅への道を歩んでくれるのが唯一の美点ですね」


「ふん、お前にしては随分と楽観的だが。まあ出てこない者がどうなっているかなど分かるわけもないか。そういえば勇者も一向に出てくる様子はないな」



「おやおや、話してませんでしたか? 私の個人的な情報網にかかった話ですと、どうやら勇者は魔王様と戦ったそうですよ」



「なんだって、魔王様が!? それで、どうなったのさ?」



「ええ、ええ。気になりますよね。ですがその決着についてはよく分からないのです。あの魔王様が負けるとは微塵も思いませんが、魔城が消失したという情報を考えると勇者に手傷を負わされた可能性はありますね」


「そんな、ありえない。いくら勇者だってそこまでは無理だろう」

 カッサンドーラは自身の本来の君主への絶対の信頼をのぞかせる。


「まあ、その辺りは憶測なので考えても意味はありません。ですがその後に勇者は暗殺されかけたそうですよ」


「暗殺? ルシュグル、お前が何か手を打ったのか?」


「いえいえ。言ったでしょう、人間は異質なものは自ら淘汰すると。勇者などという異常者は人間にとっても異物だったということでしょう。暗殺の成否はどうあれ、仮に勇者が生き残っていたとしても、誰が自分を殺そうとした者たちの味方をするというのですか?」


「ふん、まあ確かにな。それでなお勇者が人間の味方をするってのならイカれてるとしかいえない。奴がこないならそれはそれでいいが、となるとエミル・ハルカゼを探しだすのには苦労しそうだな」

 エミルの名前を出した瞬間、カッサンドーラ拳はを握りしめ、瞳を怒りに滾らせていた。


「ああああ、かの魔法使いに復讐するのが貴女の目的でしたね。いいでしょう、街に辿り着いたら盛大な殺戮パーティーでも開きましょう。そうすればあの女などすぐに釣れますよ」


 ルシュグルは手元の端末を操作しての兵士虐殺を続けながら、次の人間の殺し方をどうするかについて想いを膨らませていた。



 きっと、そのせいだろうか。


 ルシュグルは地上の人間の些細なやりとりを見逃す。



 絶望的な状況でなお浮遊城に対して立ち向かい、次に殺されるかもしれない恐怖と戦い続けている兵士たちの後ろから、



「ねえ、私もコレに混ぜてもらってもいい?」



 実に場違いな言葉がかけられた、この一瞬を。

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