第105話 前線都市フロンターク

 人間領域と魔族領域とを大きく区分ける『大境界』。


 その大境界の人間領域側には巨大な都市が存在する。


 その名もフロンターク。


 元々は魔族との戦いにおける人間側の軍の駐留基地でしかなかったこの場所は、200年の間に人が集まり、物流を生み、大きな都市を形成した。


 現在、対魔族の軍はハルジア、アスキルド、アニマカルマ三国による合同軍で構成されている。


 その為、フロンタークの主権がどの国にあるかは曖昧なままとなり、ある意味でどの国よりも自由で無軌道な発展を遂げている。


 まあ、一言で言えば治安が悪い。


 兵士たちの慰安目的で設立された性風俗店は、いまやフロンタークにおいて最大の利益を生み出しており、各国の要人たちもこぞって利用しているという。


 またそれぞれの国で居場所をなくした者が最後に辿り着く場所でもあり、浮浪児や孤児も多く存在する。


 そして複数の反社会的組織が娼館の元締め、孤児たちの受け皿となり裏社会でのルールを構築していた。


 結果、無法という法がかろうじて秩序を形成している巨大都市、それがフロンタークだった。



 そのフロンタークが今はその仮初めの秩序すら失うほどの大混乱に包まれていた。



 それもそのはず、以前フロンタークを壊滅せしめた魔族の浮遊城が再び動き出したのだ。


 2年前は、魔族の突然の攻勢に対して前線都市としての機能を果たすため徹底抗戦を行い、フロンタークはその施設の8割が崩壊、人口の6割が死亡するという地獄もかくやといった惨憺さんたんたるありさまであった。


 その後、魔族を勇者たちが退けたが、もはや都市の復興は絶望的だと誰もが思った。


 しかし、ここが魔族に対する重要拠点である事もあり、ハルジアによる大規模な経済的支援、アスキルド、アニマカルマの人材派遣、技術供与によりフロンタークは瞬く間に奇跡的な復興を遂げた。


 だが、かつての地獄を経験した者たちの心には浮遊城への恐怖が深く刻み込まれている。

 

 そして再び浮遊城が動き出したという報が、人々の心に恐慌をもたらしていた。


「今度こそ俺たちは終わりだー!!! あいつらに殺されちまう。」


「逃げるのよ! どこか遠くへ!」


「バカやろー! どこに逃げるっていうんだ。あいつらはどこに行ったって殺しに来るんだ。」


「もう、無理なんだ。ここで死ぬしかないんだ。」


 

 必死に足掻こうとするもの。


 大急ぎで逃げ出す準備をするもの。


 絶望にうちひしがれるもの。



 フロンタークの数多の住人があまりの恐怖に対してそれぞれの反応を示していた。



「総司令! 現在フロンタークの市民たちは大混乱に陥っています。ご指示を。」

 フロンタークにおいて一番高い建造物、連合軍の司令部にて一人の男が決断を迫られる。


「……指示といっても何をすればいい。何が正しい? あそこでは、大境界では一体何が起こっているのだ?」

 総司令と呼ばれた髭を蓄えた男は、茫然とした生気の抜けた表情をしている。


「それは、総司令。…………見ての通りかと。」

 部下の男は現実を直視できなくなっている上司に紛れもない真実を突きつける。


 そう、大境界の観測所も兼ねるこの場所からは今現在の戦場の様子がはっきりと見てとれる。


「見ての通り? そりゃ見ての通りだろうさ!! だがどうすればいい? 一体何ができるというんだ。あんな、あんなモノに…………」

 総司令は机に両手をついてうなだれる。


「──しかし、我々が動かないわけには、司令、どうかご判断をお願いします。」

 

「一体我々の力が何の役に立つ! アレは、前回はではなかったではないか! 言ってみろ、既に我が軍はどれだけの被害を受けている?」

 半狂乱の様子で男は部下に捲し立てた。


「…………それはっ、くっ。あの浮遊城が起動して三時間、接敵してわずか半刻にて我が兵の4割が、しました。」


 消失、そう消失である。


 壊滅でも敗走でもない、文字通り人間側の兵力は消し飛ばされたのだった。


「そうだ、そうだ、そうだ、ソウダ! あんなモノと戦うなどできるわけがないだろ!! ……そして逃げたところでなんになる。アレに、あいつらに殺される日をただ待てというのか。」


 浮遊城へと向かった連合軍の内の4割は敵の攻撃により消失した。

 その光景に恐れをなした残りの4割は逃亡。

 そして戦場では今現在、最後の2割、家族や仲間の盾にならんと義憤に燃える戦士たちが一人一人丁寧にされている真っ最中だった。


 せめてもの救いは、あの浮遊城は人が歩くくらいの速度しか出ておらず、敵の進行は非常にゆっくりということだけである。


 そして現在のペースであれば、数時間の後には確実に浮遊城は前線都市フロンタークに辿り着いて地獄を生み出すだろう。


「─────しかし、時間を稼ぐことに意味はあります。必ず今度も、勇者様が駆けつけて下さるはずです。」

 確信に満ちた瞳で部下の男は言う。


「勇者? ああ、あの小娘か! 今あやつはどこにいるのだ!?」


「前回の戦いの後、地方を転々と訪れていることは分かっていますが、現在の足取りはようとして知れません。」


「何だと!? ええい、肝心な時に役に立たん。対魔族の兵器が自分の足でどこそこ動くなどありえん。あんな小娘1人このフロンタークに縛り付けておけばよかったものを。」

 怒りのあまり総司令の男は机を強く殴りつける。


「………………」

(前回の魔族との戦いにおいて、文字通り粉骨砕身の献身で我々に尽くしてくれた勇者にこの物言いとは。)

 部下の男は拳を握りしめ、自分たちのこれからの命運を悟る。


(ああ、これではたとえ天からの救いの糸があったとしても、我々では掴めまい。)


 男はただ祈るしかなかった。


 せめて、それでも、少しでも多くの人々の命が救われるようにと。

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