第104話 ハルジア城、謁見の間にて

「王よ、イニエスタに発注した高機動オートマタ1000体の作業進捗は順調なようです。」

 ハルジアの賢王グシャの近衛である黒騎士アベリアはオートマタ制作の進捗状況を伝える。


「しかし、破格の個数の生産ですから、このまま順調にいってもなお設定した期限まではギリギリと思われます。……それにしてもこの期限は一体何を基準に決められたのですか?」


「アベリア、王のお考えに口を挟むなど烏滸おこがましいぞ。我々は必要な時以外はただ黙すべきなのだ。」

 グシャが答える前に白騎士カイナスがアベリアを諫める。


「そう言うなカイナスよ。お前たちが黙っていては値が何も変わらずにつまらんではないか。」

 玉座で報告を聞いていたグシャはやんわりとカイナスをたしなめた。


「────良い、答えようアベリア。このオートマタの発注の期限は、迫りくる脅威に対してのものだ。もちろんそのままでは役に立たんからな、現在ジェロアに進めさせている研究が成立することが前提ではあるが。」


「王よ、私としてはそちらの方が心配であります。あのジェロアという魔族の研究者、信用し良いのですか?」

 カイナスはそもそも魔族であるジェロアを強く疑っていた。


(あ、カイナス。僕には王の考えに口を挟むなって言ったくせに。)



「カイナスよ、信用も信頼も些事である。必要なのは目的の結果に結びつくか否かではないのか? その点ではとくに問題は生じていない。」

 賢王グシャにはカイナスの危惧が分からない。そもそも彼にはということの必要性、意味が理解できない故に。


 彼にとって世界とは、自分で「値」を入力してそれによる「変数」を観測するものに過ぎない。

 ならそこに、人の感情など一体何の意味があるというのか。



 そんなグシャの表情から、カイナスは長年の付き合いで心情を読み取る。


(ああ王よ、本来、人と人の関係とは信用と信頼があって初めて成立するもの。それがあるから、人は赤の他人との保証のない明日を信じられるのです。)


 だが彼は、その言葉を心の奥でぐっとこらえ、


「失礼しました。それでは午後の謁見予定をお伝えいたします。」

 忠実な騎士としての顔を取り戻し、本来の務めを果たそうとした。


 しかし、その時、



「失礼いたします!!!」

 謁見の間の扉が激しく開かれて、一人の兵士が飛び込んで来る。


「何事か!! 王の御前だぞ!!」」

 現れた兵士に対し、アベリアは叱責するが、


「申し訳ありませんが、火急の事態です。前線都市フロンタークからの緊急連絡がありました。大境界の魔素領域側にて沈黙していた浮遊城が。」



「なんだと!! それはまことか!?」

 カイナスは明らかな動揺を見せる。

 それほどまでに今の情報はありえてはならないものだった。


「何度も確認しました。フロンタークから上がる狼煙の符号は完全に最大級の緊急事態を示すものです。」


 それはつまり、人間たちにとっての終焉の鐘が鳴ったに等しかったからだ。


「ふむ、」

 賢王グシャは黙って玉座から立ち上がる。


「王よ!?」


「これは行くしかあるまい。凌げなければ我々に次などないのだからな。私は先に、お前たちは兵たちを整えた上でハルジアにて待機せよ。」

 賢王グシャは冷静に淡々と指示を出す。


「待機、でありますか? こちらの戦力も前線に集中させて一気に叩くべきでは?」


「必要ない。今は数百か所の数値が乱れて択が不安定だが、私が現場へ行けば解は満ちる。リスクを冒すのはそこからでも遅くはない。」


「???」

 今の賢王の発言をアベリアもカイナスもまったく理解できなかったが、結論のみははっきりしていた。


 つまり王が城からいなくなるということ。


 そこから彼らに生じる莫大な仕事量に背筋を凍らせながら、謁見の間から賢王グシャが去っていくのを二人は見守るしかなかった。

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