第103話 オートマタの街ハイルラル

「さあ辿り着いたよ、自動人形オートマタの街ハイルラル。」

 エミルは元気よく街へと一歩足を踏み入れた。


「おい、まずはさっきの街での件について謝れ!」

 アゼルは意気揚々と歩くエミルを止める。


「え、あれってアタシのせい?」

 エミルはさも心外といった風な態度である。


 さきほどのイニエスタにおいてエミルが同伴してた割に珍しく、イリアたちは何事もなく一晩を過ごすことができていた。


 だが翌日、何の因果か魔人ルシアと街中で再会する。


 武者修行中だという彼は、アゼルとの再戦はさらに強くなってからだと言い切り、その代わりに魔法使いエミルとの立ち合いを申し込む。


 必死にルシアを止めるアゼルとイリアであったが、エミルはそれを了承。

 そのまま街中での私闘が始まる。


 経過は割愛するが、当然のごとくエミルはルシアを圧倒してサンドバックにした。


 しかし、精神的にタフ過ぎるルシアは一向に敗北を認めない。


 興が乗ったエミルは大規模魔法を展開、ルシアを文字通り街の外へと吹き飛ばした。

 もちろん街中に多大な被害を残して。


「おかげで3日もタダ働きだ。だいぶ足止めを喰らっただろが。」


「アハハごめんごめん。いやあの魔人の子が頑張るもんだからさ、アタシも張り切っちゃって。」


「でも、よく3日で私たちを解放してくれたよね。」

 イリアも少し疲れた顔をしている。小さな身体での労働はさすがにキツかったようだ。


「そうね。そこの爆弾娘エミルの素性がばれてからの向こうの対応は早かったわ。この子に弁償させる間に被害がさらに深刻化することを見越してだろうけど、あちらも英断だったわね。」


 最強の魔法使いの所業はアニマカルマのどの街にも轟いているようで、彼女の正体が判明した途端にイニエスタの街の人たちは「いいから、いいから」とイリアたちを追い出し、もとい、送り出したのであった。


「頼むからこの街では大人しくしてくれよな。」

 半ば諦めながらアゼルは言う。


「大丈夫大丈夫。さすがにアタシも申し訳ないことしたなって思ったんだから。今回は静かにしてますよ。」

 信用できるのかできないのか、エミルは一応口では反省しているようである。


「それで、ここは自動人形の街って言ってたが、要はオートマタを製造してるのか?」

 オートマタ、自動人形とは文字通りの独立で起動する人間大の人型ヒトガタのことであるが、


「そうだね。オートマタの製造でここは元々栄えてたんだけど、今はそうじゃない。アゼルもその辺は分かってるんじゃない?」


「まあ、少しはな。今はオートマタ関連の事業は廃れてるんだろ。」


「? アゼル、どうしてオートマタは廃れたんですか?」


「イリア、村で勉強しなかった?」

 アミスアテナが呆れた声を出す。


「えへへ、寝てた。」


「じゃあ一応説明するとな、オートマタは戦場に投入された当初は画期的だったんだよ。というよりは俺の視点だと実に迷惑な代物だった。」

 実に嫌そうな顔でアゼルは語る。


「まあそりゃそうだよね。普通の人間は魔素を吸い込むだけで戦闘継続が困難になるのに、オートマタはそんなの関係ないんだもん。まともに戦える敵が増えるだけでそりゃ魔族側もめんどいよね。」

 エミルもうんうんと頷く。

 

「そんなところだ。加えて確実に急所を破壊しない限り動き続けるからな。こちらの損害を減らすためには複数名で対応しないといけなかった。つまりはオートマタが戦場に出てきただけで戦略を大きく変えなければいけないんだ。ほら、面倒くさいだろ。」


「ってなわけで、一時期は戦略的に価値があるからってオートマタの需要はうなぎ登りだったんだけど、それがだんだん下火になったんだよ。」


「どうしてですか?」


「…………マニュアルを作ったからな。」

 アゼルは淡々と言い切った。


「え?」

 キョトンとしているイリア。


「だから俺がマニュアルを作ったんだよ。一般兵じゃリスクがあるから俺が前線に行ってオートマタを捕まえて、持ち帰って、解体して、魔石の埋め込んである場所を特定して、また前線に行ってって繰り返してな。」


「地味、なんて地味なことしてるのこの魔王。」

 アミスアテナはさめざめと泣いているようである。……嘘泣きであるが。


「うるさい、それが一番確実だったんだよ。」


「あ、それでオートマタの弱点が判明しちゃったんだ。歴史の裏に隠された意外な事実ってやつだね。」


「まあ、コアの場所のパターンが判明したのは大きかったな。それでマニュアルを作って破壊部位の限定と行動パターンの周知を徹底した。それからはオートマタに苦戦することもなくなった。」


「でもそれならコアの場所を変えるとか、守りを強化するとかすれば良かったじゃない。」


「あ~、それね。実際にしたんだよ。とくにコア周りの強度をあげてね。確か聖刀に使われる聖鉄を使ったんだっけ。あと行動パターンに多様性を持たせるとかの高性能化にも取り組んだはず。」


「あれ、それなら問題は解決したんじゃないですか?」


「ところがどっこい、今度はコストの問題が出てきたのさ。確かざっとコストが二十倍になったんじゃなかったかな。100体も作ったらその年の国の予算が飛んじゃうくらい。」


「ああそれでか。一時期からオートマタの質が上がった代わりに数が激減したからな。量産性が落ちたわけだ。」


「実用に耐えうるオートマタは買い手が減り、そもそも実戦に耐えられない以前の品は売れない。そうやってこの街は活気を失なっていったんだよ。……って、あれ?」


 エミルたちは話をしながら街の中央通りにまで来ていたが、そこで待っていた光景はエミルの語ったような活気のない街並みではなく、街の人々が精力的にあくせくと働いている姿だった。


「おい、お前が言ってたのと様子が違うぞ。」


「本当ですね。みなさん活き活きとされています。」


「あれ、何でだろ。ねえおばちゃん、最近この街に何かいいことあったの?」

 エミルは通りすがりの年配の女性に遠慮なく話しかける。

「相変わらず怖い物知らずよね。まあこういうとき便利だけど。」


 エミルに声をかけられた女性はとくに気を悪くする様子もなく、

「良いこと? そりゃあったわよ。なんてったってオートマタの大口の注文が入ったんだから。それも報酬の半分は前金で支払った上に素材の材料費も向こうが負担するって言うんだもの、みんなウハウハよ。」

 と実ににこやかな笑顔で語った。


「何だそれは、さすがに話が上手過うますぎるだろうよ。騙されてんじゃないのか?」


「あら、この坊やは疑り深いわね。でも最初はみんなそうだったわ。たちの悪い冷やかしだろうって。でもね、この依頼を出してきたのはなんとあのハルジア国なのよ。」

 ここだけの話といった仕草をしながら、彼女は実に大きい声で依頼した国の名前まで喋った。


「!? ハルジアがですか?」


「そう、今一番お金を持っているのがハルジアなんですもの。そこが払うと言えば払えるのよ。ちょっと納期が厳しいのが難点だけど、こんな大仕事久しぶりだから、街のみんな張り切ってるわ。この仕事を続けようか迷ってたうちの旦那も、人が変わったように朝早くから工場に出てるんだから。」


「随分景気がいいねぇ。ちなみにどれくらいのオートマタ作んなきゃいけないの?」


「え? う~ん、一応依頼の情報って秘密にしなきゃいけないんだけど。…………まあ、子供たちだからいっか。実はね高機動型のオートマタ1000体なの!」


「おいおい、このおばさん全部言っちゃっているよ。」

 守秘義務がまったく守れていない女性に唖然とするアゼル。しかしアゼルも大概、自身の軍の機密を守れていないので人の事を言う資格はない。


「1000体って凄いね。戦争でもするつもりなのかな、あの賢王は。」


「何言っているの、魔族と戦う為に決まってるじゃない。オートマタは人間相手に使うものじゃないんだから。」

 当たり前のことだと彼女は言う。


「……………」

 それを、アゼルもエミルも無言で流す。


 かつて、そのオートマタが同じ人間である魔法使いたちを駆逐するために使用された過去をこの女性は知らないのか、それとも知った上で自分たちが作った人形が自分たちを襲う可能性を考慮していないのか。


「ありがとおばちゃん。忙しいとこ止めてごめんね。」

 エミルはここで波風を立たせることなく女性を見送った。



「あら、あんたも人並みの対応が出来たのね。驚いたわ。」

 アミスアテナからエミルへ素朴な感想が出る。


「アタシだっていい大人なんだから、そのくらい出来るっての。」


「……いい大人は街の往来で喧嘩なんかしないがな。」

 先の街でのことを思い出してアゼルは小さく呟いた。


「でも街の人に活気が溢れているのはいいことです。オートマタを発注したハルジアの意図はわかりませんが。」


「考えても仕方ないわよ。どうせろくでもないことに使うに決まってるんだから。」


 アミスアテナのこの当てずっぽう、ほとんど言いがかりにも近いこの発言は、しばらくの時を経て最悪の形でイリアたちに襲い掛かることとなるのだった。

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