第102話 クロムの店、ユリウス、カタリナ

 イリアたちがイニエスタで買い物をしている頃、クロムに預けられたユリウス、カタリナはどうしているかというと、


「クロムさん、この荷物はこっちでいいですか?」


「あー、クロムさん肩が凝ってる。私が揉んであげるね。」


「次はあそこを片付けますね、クロムさん。」


「お昼ご飯は私が作ってあげる。クロムさん。」


「クロムさん」


「クロムさん」


「クロムさん」




 クロムはすっかり二人になつかれていた。



「ええい、喧しい。少しは静かにしろ。」



「あ、ごめんなさい。」

「すみません、うるさかったですか?」

 ショボンとうなだれる二人。



「あぁいや、別にうるさいってわけじゃない。外で騒いでるガキどもよりはずっと大人しくて利口だよ。ただおれは普段一人でいることがほとんどだからな、あまり誰かといることに慣れてないんだ。」

 少し強く言い過ぎたと、クロムは頭を掻く。


「そうなんですね。奥さんとか子供さんはいなかったんですか?」

 ユリウスの遠慮のない問い。

 既にクロムが魔人で、普通の人間よりもずっと長生きしていることは聞いており、その長い人生の中で伴侶はいなかったのかという意味なのだろう。


「あいにくと、そういう妻とか家族とかってのには興味が持てなかった。……いや、興味がないというよりは中途半端なおれの血を引いて生まれるさらに中途半端な子をまともに育てる自信がなかったのかもな。」

 遠い昔の自分を自嘲するようにクロムは語る。


「それじゃクロムさんには子供はいないんだ。」

 店の大きな丸椅子に座っているクロムの太い首にしがみつくようにカタリナは後ろから抱き着いている。


 ユリウスもそうであるが、カタリナはとくにクロムに懐いていた。

 つい最近父親を失った二人にとって、いかにも親父くさい風貌のクロムはどうしても親しみを覚えてしまうようだ。



「子供はいない、……わけじゃあない。まあ、世間一般で言う子供とは意味が違うが、」


「?? 俺の作った作品はみんな自分の子供みたいなもんだ、ってやつですか?」


「────ま、そんなところだ。」

 クロムは少し寂しいような微笑みを向ける。


「あ、クロムさん半分嘘ついてる。」

 カタリナはクロムにくっつきながらむくれる。


「!? カタリナ。」

 クロムは核心を見抜かれたように驚く。


「あ、クロムさん。カタリナは隠し事に敏感なんですよ。とくにアスキルドで生き抜いている間にカタリナのその感覚は研ぎ澄まされてしまったから。まあ、そうじゃないと僕たちは生きていませんけどね。」

 ユリウスは通り過ぎた遠い過去を語るように笑っている。


 まだ、彼らが地獄から救われたのはほんの少し前のことだと言うのに。


 そんな二人をクロムは静かに見つめ、


「そうだな、お前たちには正直にいこう。おれにはたった一人、息子がいたんだ。もちろん死んだわけじゃねえし、多分今も生きている。」


「え、そうなんですか? でもそれっぽい名残りはありませんでしたけど。」

 ユリウスはここ1週間でクロムの店内と居住部分を一通り掃除した。

 しかし、食器やその他の必需品などは基本一人分しかなかったのだ。


「まあ、本当の血がつながった子供とは違うからな。さっき言ったのは半分は嘘だったが、半分は本当だ。」


「そうなの? それじゃあクロムさんの子供って、」


「そうさな、口で言っても理解しにくいことだからな。よし、ついてこい。店は今日はしまいだ。二人には特別に見せてやる。」

 クロムはカタリナを背中にくっつけたまま立ち上がり、店の奥へと入っていく。


 ユリウスは慌てて、店じまいの看板を出して表玄関に鍵をかけクロムを追いかけた。



 これより彼らに披露されるのは稀代の聖刀鍛冶師クロムにとっての秘中の秘。彼ですら二度と再現できない奇蹟の生まれた場所だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る