第101話 イリアの首飾り

 魔工の街イニエスタの露店商を一通り眺め終えたイリアたちは、今度は大通りにある、街で一番大きな店へと来ていた。


「何でも奢るってのに、なかなか決まらないもんだね。イリアってこんなにこだわり強かったっけ?」

 頭の後ろで腕組みしながらエミルは言う。


 露店の品を一通り見たイリアだが、これといった物を決めきれずにいた。


「うーん、どれも素晴らしいとは思うんですけど、どうしてもクロムさんの店で見た物と比べてしまって」

 イリアはうんうん悩みながら棚に並んだ商品を凝視している。


「そうなんだ。魔工細工の本場はここなんだから、品はこっちの方が充実してるはずなんだけどね」


「イリア、魔石っぽいのには絶対触らないでよ」

 アミスアテナはひやひやした様子で釘を刺す。


「──────────ん、しまった。もしかしてこの買い物、長くなるのか?」

 アゼルは今さらながらそのことに気付き、女性の買い物を甘く見ていたと後悔しはじめていた。



 イリアがずっと店の棚とにらめっこして悩んでいると。


「どうしましたかなお客様。何かお悩みのようですが」

 見た目が子供のイリアたちにも礼儀正しく、身だしなみの整った品の良い初老の男性が声をかけてきた。

 どうやらこの店の主人のようである。


「ああオジサン。なかなかこの子が欲しいの決められなくてね。何かいいのおすすめでない? あ、お金はあるから」

 そういってエミルは金貨の入った袋を軽く振る。


「ほう、そうですね。そちらのお嬢さんに似合うものとなると少々値が張るかもしれませんよ。何せその美しい白銀の髪と瞳に見合わないといけないですからね。それこそ今身につけているその首飾りのような、っ!?」

 店の主人はイリアの首飾りに目を向けると驚愕の表情を見せた。


「? どうしたんですか?」

 イリアは状況がわからずキョトンとしている。


「お嬢さん! その首飾りは一体どこで手に入れられたのですか? なんと緻密で繊細な仕上がり。そして嵌め込まれた聖鉄の味わい深い光沢。これは並みの魔工士の仕事ではありませんよ。一体どなたの作で?」

 主人はイリアの首飾りに顔を近づけて熱のこもった評価をする。


「あ、ええと。これはホーグロンのクロムさんの作品ですよ」

 イリアは驚きながらも店の主人に首飾りの作成者を伝えた。


「!? これはクロム様の!? どうりで精巧なはずです。しかし少し作風が変わったのかどこか暖かみがある。……お嬢さん、大変不躾な申し出なのですが、その首飾りを譲っていただけないでしょうか」


「え!?」


「いえ、もちろん代価はお支払いします。大金貨10枚でいかがでしょうか」


「大金貨10枚って、オジサン太っ腹だね」

 彼の提示額にはエミルも驚いた。


 大金貨10枚といえば数年は余裕で遊んで暮らせる金額である。


「あれ、確かその首飾りの元値って普通金貨20枚だろ?」


「こら魔王、そこは黙っておきなさい」

 アゼルが口走ったのをアミスアテナが止めるが、どうやら遅かったようで、


「金貨20枚ですか。相変わらず自分の作品の価値を理解しておられない方だ。あの方の作品はそれこそ値がつけられないものばかりだというのに」

 惜しむように男は語る。


「そんなに凄いのか?」


「凄いなんてものではありません。クロム様は今の魔工士、鍛治士たちが失なった古き良き伝統技法を守りながら、その上で数世代先の技術でも敵わない作品を作られている。聖刀にしろ、魔工細工にしろ唯一無二のモノばかりなのです」


「そうなの? その割りにはあまり儲かっている感じじゃなかったけど」

 クロムの店の外観を思い出してエミルは言う。


「元々商売っ気のある人じゃないですからね。それに数年前の件でギルドからは煙たがられてますし」 


「何かあったんですか?」


「おっと、子供たちに少し話し過ぎましたね。それでどうでしょう、首飾りの件は?」

 男は表情を切り替えて商売人の顔になる。

 どうやら数年前の件とやらを語るつもりはないようだった。


「イリアいいんじゃない? お金に執着しろとは言わないけど、お互いに得するなら良いことだと思うけど」

 エミルは気軽にイリアに売却を薦める。


「……………………」

 その様子を、アゼルは何も言わずにソワソワと見守っていた。



「いえ、この首飾りは譲れません。これは私にとってもお金には代えられないものですから」

 イリアは首飾りを握りしめて、正面から答えた。


「────そうですか。それは残念です。しかし、となると難しくなりましたね。クロムさんが手掛けた装飾品に見合うものとなるとかなりの値がしますよ」

 そう言って店員は店の棚の一つから髪飾りを取る。


「例えばコレ、青の淡い彩りが特徴の髪止めですが、これも名のある方の作品でして、」


「うわぁ! とても綺麗です」

 イリアは感動して瞳を煌めかせる。


「そしてお値段がこれほどとなります」

 親指を折って4の数字を示す。


「え、金貨40枚? 参ったな、予算オーバーだよ」


「いえ、大金貨4枚です」


「高! そんなにするの?」


「ここも魔工細工の専門店ですから、ものによってはそれくらいするのです」

 申し訳なさそうに店の主人は頭を下げる。


 安いものであればいくらでもあるのだろうが、相応しくない物を客に薦めるなどプロとしてのプライドが許さないようである。


「といっても大金貨までは持ってないしな」

 エミルが困ったように頭を掻くと、


「おい、あるだろ」

 アゼルがエミルの懐を指す。


「あ、そっか。んーと、まあいいや。何でも奢るって言ったのアタシだしね」

 エミルはローブの内側をまさぐって二つの石を取り出す。


「オジサン、この魔石で支払いできる?」


「これはまた見事な魔石ですね。どれどれ、!? なんと純度が92%ですか。確かにこれら二つなら対価としては十分ですが、貴女方は一体?」

 店主は驚いたようにイリアたちを見る。


「一体何かと聞かれると答えに困るね。まあ勇者見習いってことで」


「は、はぁ」

 いまいち要領を得ない様子で魔石と髪飾りを交換する。


「エミルすみません、そこまでしてもらって」

 イリアは一連の流れを申し訳なさそうに見ていた。


「いいのいいの。魔石もどうせ拾ったもんだし。さ、早速着けてみなよ」


 エミルに促されてイリアは青い髪止めを着けてみる。


「ど、どうですか?」

 少し不安気に尋ねるイリア。


 彼女の白銀の美しい髪に髪止めの青が差して、イリアの愛らしさを引き立てている。

 店主の男が気にしていたように、クロムの首飾りとも素晴らしく調和がとれていた。


「素晴らしいですね。見立てた甲斐がありました」

 店主も手放しで褒める。


「アゼル、どうです?」

 気を良くしたイリアはアゼルの前でクルリと回ってみせる。


 少女が年下の男の子の前で可愛いげに振る舞う微笑ましい光景。


 それにアゼルは、


「ああ、綺麗だ。胸を張れ」


 一人の大人の男として答えていた。

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