第97話 クロムの店にて

 屈強な肉体の男が自分の店の机に突っ伏している。


「─────っと、眠ってたか」

 ほんの少しの間うたた寝をしていたのは、刀剣鍛冶師クロムである。


「ちっ、昨日は小僧の手当てと勇者の嬢ちゃんの首飾りを調整してたからな」

 昨晩は色々と立て込んでしまい、クロムは少し寝不足気味であった。


「店に誰か来るわけでもねえし、今日はもう閉めちまうかな」

 そう言ってクロムが店を閉めようと決めた矢先に、


「こんにちはー! おっちゃんいる~?」

 実に明るい声でエミルが入ってきた。


 いやエミルだけではなく、イリアにアゼル、ユリウスにカタリナと勢ぞろいである。


「こんにちはクロムさん」

 イリアは大勢で押しかけて、少し申し訳なさそうに挨拶する。


「何だ何だお前たち、揃いも揃って。ここは駄菓子屋じゃねえぞ」


 現在イリアたちのパーティは見た目の平均が10歳前後のキッズたちばかりである。

 確かに傍目からすると、子供たちが近所のお店に遊びに来ているように見えるだろう。


「おいおい、頼むから俺まで子供扱いしないでくれ。まだこの身体に慣れてないからへこむんだよ」

 アゼルは切実そうにクロムへと嘆願する。

 今のアゼルは5、6歳の男の子。実に可愛らしい幼児である。


「一番見た目が子供のくせにムリ言うな。……それで、こんな大勢でウチに来てなんの用だ? おれに出せる情報なら教えたはずだが」

 クロムは実に嫌そうな顔をしており、イリアたちをすぐにでも追い返したいオーラをはなっている。

 先日は魔人の件もあったため彼も幾分社交的だったが、本日はどうやら元々の人無精の気質が強く表に出ていた。


 しかし、そんなことはお構い無しと、


「いやぁ、おっちゃんに頼み事があってさ。この子たち、ユリウスとカタリナをしばらく預かっててくんない?」

 クロムに対して一切の遠慮なくエミルは店を訪れた要件を言い切った。

 同時に赤髪の少年ユリウスと青髪の少女カタリナも驚いている。


「はぁ!? 何だと、ここは駄菓子屋でもないが、保育所でもないぞ」

 呆れるクロム、そして


「エミルさん、どういうことですか!? 俺たちも聞いてないです」

 クロム以上にエミルに食ってかかろうとするユリウス。

 それにはカタリナもコクコクと同意している。


「いや、どうしても何もって。───アタシの勘だけど、刀神の里を目指せばどこかでシロナと顔を合わせることになる。あんた達、今回一緒に付いて来たら……多分死ぬよ」

 今のエミルの「多分」は、「絶対」と置き換えてもよさそうなほどに真剣味があった。


「─────────っ」

 思わずユリウス、カタリナは息を呑む。


 そしてクロムは思い当たる節があったかのように眉をピクリとさせた。


「おっちゃんはシロナのこと知ってるんでしょ? だったらこの子たち、を一緒に連れていったらどうなるか、想像つくんじゃない?」


「くっ、そのガキ二人は魔族か。……だがなぜここに置いていく。預ける場所など他にも───っ」

 クロムは言いかけて、自身の発言の過ちに気付く。


「ないよ。この子たちを安心して預けられる場所なんてない。魔族の子供なんて、今のご時世どこに行ったって見つかれば袋叩きにあうのは分かりきってる。一番安全そうな場所がここなんだ」

 少し物憂げにエミルは言う。

 人間の性根、人間性の脆さを理解しているが故か。


「なあ、なんでこいつらを連れてくのをそんなに嫌がるんだ? 俺たちで守ればそれで済む話だろ?」

 イマイチ状況を理解できないアゼルは当然の質問を投げる。


「あのね魔王。それができないからムリを承知で頼みに来てんでしょ。いっとくけど、殺戮モードのを前に他人を守る余裕があるなんて思わないことね」

 アゼルの無知を嘆くようにアミスアテナは言う。


 そこでいつもならフォローに回るイリアさえ、


「うん、アゼル。ユリウスたちを連れていくのは無理だよ。もしシロナがこの子たちに刀を抜いたら、守れる自信なんて私にはないよ」

 自分の肩を抱いて、わずかに身体を震わせている。


「そんなに、なのか」


「そんなに、だ。……おい魔王、こないだの魔族と人間のドンパチで魔族が何人くらい死んだかは知ってるか?」


「───確か、2000人くらいだろ?」

 イリアから教えてもらった情報を思い出してアゼルは答える。


「そう、そしてその半分近くはそこの勇者の功績であり、そしてその半分はこれからお前たちが会おうとしている剣士の仕業だ」


「は? 何だよそれ、嘘だろ」

 あまりの情報の提示にアゼルは唖然とする。


「本当よ魔王。あの子、シロナは冷徹とか無慈悲とかそういう次元にいないわ。道具がこなすべき仕事を当然のように行うように、結果として誰よりも多くの魔族の命を刈り取った。───私以上にね」

 最後の一言は、聖剣が聖刀使いに負けたことへの不満か、それともそこまでの領域に至ってしまった彼に対する悲哀か。


「いやいや、そもそも何でエミルの名前がそこに出てこないんだよ」

 人類最強の魔法使いを指してアゼルは突っ込む。


「こらこら人を殺人鬼みたいに。アタシはこの前の戦争で命を奪った相手は片手で数えられるくらいだよ。言っとくけどただぶっ飛ばした数ならイリアやシロナよりもアタシの方が多いんだから」


「いつものことだけど、あれだけ派手に暴れて死人が出ないんだから不思議でしょうがないわ」

 アミスアテナの呆れる声。


「別に力加減してるわけじゃないから、みんな当たり所が良いんだろうね。って話が脱線してるじゃん。ねえ、おっちゃん。というわけでこの子たちを預かって欲しいんだけど」

 改めてエミルはクロムにお願いする。


「すみませんクロムさん。今、私たちはには他に頼れる相手がいなくて」

 イリアもクロムへと頭を深く下げる。


「…………っ、ちっ、仕方ねえな。しばらくの間だけだ。長生きしちゃいるが、おれは子育ての経験はねえからな。ガキの扱いなんて知らねえぞ」

 クロムもついには折れ、イリアたちの頼みを了承した。


「ありがとう! おっちゃん」

「ありがとうございます。クロムさん」



「え、魔王様。俺たちこのままここに預けられる流れなんですか?」

 ユリウスの後ろでカタリナも不安そうにぷるぷると震えている。


「まあ、聞いてる感じだとそっちの方が安全そうだからな。もちろんエミルの決定に逆らう気概があるなら、俺はお前たちの意志を尊重するが」

 アゼルは少し意地悪そうに付け加える。


 それに対してユリウス、カタリナは全力で首を横に振る。


「冗談だ。まあ、あのクロムという男は悪いやつじゃない。気難しいところもあるだろうがきっと良くしてくれる。今回の件が片付いたらすぐに迎えにくるから、待っていてくれ」


 アゼルはユリウスとカタリナの頭を撫でる。


 が、今は二人の方が身長が高いためアゼルが背伸びする形となり実に格好がつかない。



 こうして、ユリウスとカタリナはクロムに預かってもらうこととなり、イリアたちはかつての仲間、聖刀使いを探しに聖刀鍛冶の街ホーグロンを後にするのだった。

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