第98話 起動する浮遊城

「くっ、ここは」

 暗がりの中で白き魔族騎士、セスナ・アルビオンが目を覚ます。


「おやおや、やっと目覚めてくださいましたか。少し毒が強く効きすぎましたかね」

 ずっとセスナが起きるのを待っていたのだろうか、背の高く痩せた若い男が彼女に声をかける。

 眼鏡をかけた彼は、彼女が起きるまでここで読書をしていたようだった。


「っ!、ルシュグル貴様!! 一体何のマネだ。こんなことをしてタダで済むと思うなよ!」

 怒りに身を任せて、セスナはルシュグルを殴ろうとする。


 しかし、彼女の四肢は全く身動きが取れない。それはそうだろう、彼女の手足は謎の軟体状の肉塊によって飲み込まれ、周囲の壁と同化していた。


「!? 何だこれは? ルシュグルどうなっている!?」


「まあまあ、慌てずにセスナ様。そうですね、まずはここがどこかを教えましょう。ここは浮遊城ジークロンドの心臓部。つまり魔素炉心室です」

 怒り狂う彼女に対して至極冷静にルシュグルは現状を説明していく。


「何!? ふざけるな、ジークロンドの炉心室はこのような気色の悪い場所ではなかったはずだ」


「おやおや、気持ち悪いですか。……残念ですね、わたくしの趣味なのですが。まあ良いです。ご存じでしょうがここは元々、力ある者が搭乗して浮遊城の動力源となる為の場所。我々四天王ももちろんここを使って浮遊城を動かしていました」

 ルシュグルは本を閉じ、狭い室内をクルクルと歩きながら語り出す。


「しかし残念なことに我々四天王でも四人全員でかからないとこの浮遊城は動かせませんでした。まあ初めはそれで良かったのです。しかし、勇者などという害虫が出てきてからはそうもいかなくなりました。そう、我々自身が動かなければ戦局が崩れてしまう状況になってしまったのです」


「ふん、自業自得だ。ろくに先の戦局も読まずに行き当たりばったりで動くからそうなる」

 セスナは怒りを滲ませてルシュグルを非難する。


「まったくもって耳が痛い。まあそれでなのですが、我々のを用意する必要ができたのですよ」

 眼鏡をキラリと光らせて、彼は実に陰惨な笑顔を見せる。


「何!? それはまさか」

 セレナは今の自分の状況と照らし合わせて、最悪の答えを予想してしまう。


「我々ですら干上がりかねない炉心の役目を誰かに任せるのです。それは実際にここに縛り付ける必要がありますよね? はい、それでその拘束肉帯を用意したのです」


「ルシュグル!! 貴様、一体これで何人の同胞を殺したのだ!」

 彼の度し難い発言に、彼女は自身の時以上の怒りをルシュグルにぶつける。


「はてはて、10人から先は覚えていませんが。何、人間どもへの攻勢に懐疑的な連中ばかりを対象にしたので問題ありませんでしたよ。ああこういう時、戦場は良い。何せ死んでもいい理由がたくさんあるのですから! 勇者が殺した、勇者に殺された、勇者、勇者、勇者と! ハハハハハハハハハ!!!!!」


 狂ったように、いや正常な狂気の中でルシュグルは嗤い続ける。


「貴様は狂っている。魔族の為と謳いながら躊躇なく同胞に手をかける。……もっと早くに貴様を処断しておくべきだった」

 もはや怒りではなく、確かな憎しみを込めてセレナはルシュグルを睨みつける。


「いやいや、魔族の為ですよ魔族の為。結果的に人間ども全てが駆逐されれば、あとは我々の天下なのですから。いや本当に、あんなゴミどもが蠢いているだけで怖気がする。早く、早く、早く駆除しなければ」


 彼は人間のことを考えただけでも心底気持ち悪いと、身震いしている。


 それを見て、セスナは確かに燃える憎しみとは別のところで、冷めた哀れみを感じていた。


 新世代ニューエイジ、魔界後に生まれた子供たち。

 彼らには、人間たちがそのように見えているのかと。


「哀れな。自分たちが一体何の犠牲の上に立っているのかも知らずに」


「?? はてさて何のことやら。まあここまでの話でお分かりでしょう。次の贄はあなたですセスナ様。魔王様と同格のあなたなら、単身でこの城の本来の機能を引き出せる」

 頬を引き攣らせて、狂った笑い顔でルシュグルは言う。


「今度こそ本当に、人間ゴミクズどもを終わらせてやる」


 浮遊城ジークロンドが、起動した。

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