第64話 酒場にて

 賢王グシャと突然再会するというハプニングを経て、イリアたちはいよいよホーグロンの街での情報収集を開始していた。


 まず彼女らが向かったのはギルドの支部が置いてある街の酒場であった。

 アニマカルマでは中央都市にあるギルド本部とは別に各街にギルド支部が設置されており、人が集まる場所という性質上、必ず酒場とセットになっていた。


 結果として多くの情報がやりとりされる交流所とも化しており、イリアたちにとってまずおさえておくべき場所であったからだ。



 酒場にイリアたちが訪れると、昼間の内からそれなりの盛況ぶりであった。


「ん? 酒場で情報が集まるって言うなら、なんでアスキルドじゃこのギルドってとこに寄らなかったんだ?」


 アゼルの唐突な疑問。


「酒場とセットになってるのはアニマカルマに限った話よ。ギルドってのは基本的にアニマカルマの息がかかった組織だから。アスキルドでも独立性は認められているけど、アニマカルマ国内でほどの優位な立ち位置にいるわけじゃないから」


 その疑問にアミスアテナが答える。


「ほう」


「同様にアスキルドの派遣組織もアニマカルマに支部があるけどアスキルド国内で揮えるほどの権力はないわね。お互いに必要だから排斥はできないけど必要以上の優遇もしないってとこかしら」



「へえ」



「何よ、気のない返事ね」


 せっかく率先して説明をしたというのに、当のアゼルはどこ吹く風といった様子であり、アミスアテナは気を損ねたようだ。



「いや何、その割にはアスキルドが出しているへの手配書がギルドの掲示板に貼り出されるぞ。……しっかりと連携とれてるじゃないか」


 アゼルは宙にプカプカと浮かびながら呆れ顔である。


「あ、本当だ。私の似顔絵が描いてある。すごくそっくりだよアミスアテナ!」



「何でイリアは嬉しそうなのよ。……あの国の王様も手が早いわね。せめてもの救いは元の姿で手配書が出てることだけど」


 手配書には「勇者イリア」「魔王アゼル」と記載され、それぞれが封印される前の状態の似顔絵が描かれている。またその手配額は庶民であれば数年は遊んで暮らせる金額であった。


「いやそれより、何での手配書がねえんだよ」


 そう、そこに載っている手配書はイリアとアゼルのみであり、アスキルドで一番の戦犯であったはずのエミルの名前がどこにもなかった。



「おいおい、子供が手配書なんか眺めてどうすんだ。いくら金に困ったからってガキにどうにかできる奴らなんて載ってねぇぞ」


 掲示板を背伸びして見ているイリアに、酒場のテーブルの方から野太い声がかけられる。


 声をかけた男は昼間からすでにデキあがっており、赤ら顔で酒を飲んでいた。男の周りにも同様にデキあがった連中が盛り上がっている。


「やめとけやめとけ。ウソかホントか知らねえが勇者に魔王だぜ。探すだけムダだ。そんなことよりこっちに来て酌でもしな。小遣いくらいはくれてやるぞ」



「バーカ、お前はロリコンかよ。酒も飲めねえガキに酌されても嬉しかねえよ」


 ガハハハと男たちは大笑いをしている。



「何だあいつらは。イリア、相手にするなよ」



「どうせこんな時間から飲んでるんだからロクな連中じゃないわよ」


 しかしイリアはアゼルとアミスアテナの言葉もよそに、酔っぱらいの男たちのもとへと近づいていく。


「あの、手配書なんですが、勇者と魔王と一緒に使のもありませんでしたか?」



「「「「!」」」」


 酒で盛り上がっていた男たちの空気が一瞬で凍りつく。


「し、し、し、知らねえよ。おい、そんなものがあるわけねえだろ」



「おいお前ら、こういった顔の女の手配書があったんじゃねえのか?」


 アゼルは男たちのテーブルへと飛んでいき、コップの水を指につけてサラサラッと机に似顔絵を描く。


「おいおい、流石に飲み過ぎたか。なんだかちっこい妖精なんか見えてきたぜって、ゲッ!?」


 男たちはアゼルの描いた絵を見てギョッとしている。


「わぁ、アゼル似顔絵上手! エミルさんですね」


「意外な一芸を持ってるものね」



「チッ、何だ手前ら知ってんのかよ。ああそうだよ、手配書はもう一枚あったさ。そこのゴミ箱でも覗いてみな」



 嫌々そうに答える男の言葉に従い、イリアはゴミ箱に近づく。

 するとゴミ箱の中にはクシャクシャになった一枚の紙が、

 それを丁寧にのばしてみると……


『歩く災害、人智を超えた悪魔、破壊するしか能のない化け物 エミル・ハルカゼ』


 と注釈の載っている手配書があった。


 ちなみに懸賞額はイリアたちの数倍、10年は遊べる金額である。


 これだけでアスキルド国王ラヴァン・パーシバルの途方もないエミルへの怒りが伝わってくる。


 しかし、


「あの、これって国が発行した手配書ですよね。……勝手に捨てたりなんかしたらマズいのでは?」


 恐る恐るイリアが男たちに尋ねると。


「テ、テ、テメェ! 俺らに死ねっていうのかよ。その怪物を誰が倒せるってんだ! アイツに挑んでも絶対死ぬような目に合わされるんだから、そんな手配書なんてないほうが世のためだっての」


 先ほどまで酔っぱらって赤らんでいた男たちの顔は、エミルの手配書の話になった途端に一気に青ざめて次々と言葉をまくしたてる。


「い、い、言っておくがな、ソイツの手配書を見たら破り捨てるってのはアニマカルマならどこでも暗黙のルールだからな。アスキルドは懲りずに何度も手配書出してくるが、こんな化け物をこっちに押し付けるなってんだ」


「だいたいその女が何したか知らねえのかよ。そいつに挑んだギルドメンバー五百人以上を半殺しにして返り討ち。面子の傷ついたギルドはAランクの精鋭10名を選び出して送りこんだ。さすがにあの女も追い詰められた……と思ったら『はは、これなら本気で楽しめそう』なんて言い出して、結局メンバーは全員半殺し。半数の奴らはショックで引退する始末だ」


「こんな割に合わねえ仕事なんてあってたまるか。だからもう俺たちはあのエミル・ハルカゼの手配書がいくら回ってこようと、知らぬ、存ぜぬで通すのさ。ギルド本部だって黙認してんだぜ」


「バカやろ! あの怪物の名前を出すな。何がきっかけで絡まれるかわかったもんじゃないぞ」



 男たちは代わる代わるエミルの手配書の事情を説明していく。

 どうやらエミルはここでは名前を言ってはいけない系の厄ネタらしい。



「………………………」

「………………………」

「………………………」


 彼らの話を聞き、イリアたちには三者三様の沈黙が流れていく。


「どうだわかったか。俺たちはできる限りあの女に関わりたくねえんだ。ったく嫌なこと思い出させやがって、酒がマズくなっちまった。おい、行くぜ。仕事だ仕事。これだけの面子で囲めばすぐに片付くクエストだ。さっさと終わらせてまた飲み直すぞ」


 男の言葉を皮切りにゾロゾロと店内にいた男たちは席を立っていく。



「どんだけアイツの話がタブーなんだよ。これなら実物を連れてくればよかったな」


「冗談言わないでよ。私たちが何のためにここに来たと思ってんのよ」


「あ、そうです。すみません! 私たちはある剣士を探しているのですがご存じないでしょうか? 色白で二振りの聖刀使いで、特徴はオー…………」


「知らねえよ。ここは刀剣の街だ。剣士のことなら武器屋か鍛冶屋にでも寄って聞いてみな」

 イリアの言葉を最後まで聞くことなく、男はそう告げて酒場から去っていった。


「本当に行っちまったな。ま、アイツらの言うことも尤もだろ。剣士なら武器を見立てに店に寄ることもあるだろ」

 アゼルは腕を頭の後ろで組んで暢気そうにしている。


「う~ん、私はシロナにあんまりそんなイメージはないんですが……」

 対するイリアはあまり納得のいかない様子である。


「でもここじゃもう情報を集められそうにないし仕方ないじゃない。こうなったら片っ端からお店に聞き込みをしていきましょ」


 アミスアテナの言葉もあり、イリアたちはギルド兼酒場を出てホーグロンの中心街に繰り出していった。

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