第65話 謎の刀鍛冶

「あー、どこもダメだな。全然お前らの言う剣士の話なんて出てこないじゃねえか」


 アゼルは悪態をつきながらイリアの回りをクルクルと飛び回る。

 先ほどからイリアたちは大通りの武器店、鍛冶屋を訪ねているのだが、一向に目的の情報が出てこない。



「うーん、そうですね。アテが外れてしまいました。エミルさんが向かったハルジアの方で何か情報が出てくればいいんですけど」


「ハハハ、案外向こうで新しい伝説を作ってたりしてな」


「ちょっとやめてよ、現実味があって怖いじゃない」



 一通りの店を見終わって、イリアたちは通りの外れにまで来てしまっていた。



「お、あそこにもう一軒あるぞ。とりあえず覗いていくか?」



「って、あるにはあるけどアレお店なの?」


 イリアたちが最後に見つけたのは、商売っ気のカケラも見受けられない無骨な建物だった。

 ただ看板にのみ「刀匠クロム」とこれまた無骨な文字で書かれてある。

 

 扉に鍵が掛かっているというわけでもなく、イリアたちは中へと入った。


「やっぱりココ武器のお店じゃないんじゃない? 刀剣の一つも置いてないわよ」


 中を見渡すと、そこにはこの街では定番であるはずの聖刀が一本たりともなかった。


「あのー、すいません。どなたかいらっしゃらないですか?」

 イリアが店の奥に呼び掛けるものの返ってくる声はない。


「おいおい誰もいないのかよ。こりゃハズレだったな」


 アゼルも見当違いだったと肩をすくめる。



「──────でも、聖刀は置いてないけど、綺麗」


 イリアは棚に並べてある数々のアクセサリーや工芸品を見て思わず感嘆の声を漏らす。


 ここ置いてあるものは大国アスキルドでもお目見えすることのなかったほどの精巧な品ばかりであった。


 イリアがその中でもとくに、黒耀の石の埋め込まれた首飾りに見とれている。


「これ、すごく素敵だな」

 呆けたようなイリアの声、


「ん? イリア、そういうのに興味あるのか?」

 アゼルは意外そうに声をかける。


 勇者一辺倒のイリアが装飾品に興味を持つイメージが彼には湧かなかったのだ。


 彼女にその変化を与えたのが一体誰か、思い至ることもないまま。



「うん、こういうの、好きだな」


 まるで見入られたようにイリアが首飾りに手を伸ばした時、


「何だお前たちは? ここに何の用だ?」


 低く厳つい声とともに浅黒で筋骨隆々とした壮年の大柄な男が暗がりな店の奥からやってきた。


「キャッ!」

 男の突然の登場に驚き、イリアは首飾りを思わず手に取ってしまう。


「あ、すみません。お店の方ですか? 声はかけたんですが、どなたも出てこられなかったので。……あのここって、聖刀は置かれてないんですか?」



「何だ、コソ泥かと思ったら客か? 随分とちっこい嬢ちゃんだな。あいにくだがここには刀は置いてないぞ。ま、その代わり聖刀以外ならそれなりの魔工細工は置いてあるぜ」 



「魔工細工? 普通のアクセサリーとは違うんですか?」


「ああ、色々と手間暇をかけてあってな、その分値も張る。だが実用的なお守りくらいの効果はあるから、金のあるとこのご婦人がたや戦場に赴く騎士たちが主に買ってくんだよ」


 イリアは店主の言葉に促されて手にした首飾りの値札を見る。


「うっ、ハルジア金貨20枚……」


 そこに書いてあった値段は一般に目にする装飾品よりも遥かに高いものだった。



「って、ここは聖刀の街だろ? だから何で肝心の刀を置いてねえんだよ」

 なかなか要領を得ない店主の言葉にアゼルは思わずツッコミを入れる。


 今まで覗いてきた他の店でも、確かに聖刀や他の武器以外にもちょっとした小物を販売しているところはあった。

 しかし、この街において目玉商品であるはずの聖刀を置いていない店はひとつだってなかった。



「ん? なんだお前は、妖精か? 妖精なんてお伽噺の中だけのモンだと思ってたが。─────オレも長く生きてるが本物を見たのは初めてだな」


 アゼルの存在に今気づいたのか、店主は目を丸くしている。



「チッ、残念だったな、俺は妖精なんかじゃねえよ」

 毎度のことながら妖精呼ばわりされ、苛立ち混じりでアゼルは否定する。

 


「─────ああ、……そうなんだろう。お前からはどことなく『魔』の香りがするからな」



「何?」


 店主の発言に違和感を感じたアゼルだが、それををよそに男は話を続ける。



「で? 結局お前たちは何の用だ? さっきも言ったがここには聖刀は置いてないぞ。刀に用があるなら他所で探しな」



「どうしてよ? 看板には刀匠クロムって書いてあったじゃない。これあんたじゃないの?」



「あん? 別に間違いじゃねえよ。オレはクロム、刀打ちで合ってるぜ。……ただな、もう満足しちまったんだよ。オレの人生における最高の一振りは既に打ち上げた。だからもう新しく打つ必要はないのさ。……って、今質問してきたのどいつだ?」

 イリアもアゼルも口を開いた様子がないのをみて、男───クロムは辺りを見渡す。



「私よ私。この聖剣様が目に入らないの?」



「何だよ剣が喋ってるのか!? しかも、─────こりゃ聖剣じゃねえか!!!」

 店主はものすごい勢いでイリアに詰め寄っていた。


「きゃっ」



「おっと、すまないな嬢ちゃん。だが何でこの聖剣を嬢ちゃんが? 噂じゃ勇者が所持してるって話だったが……」



「えーと、あのですね、私がその勇者なんです」



「??? 勇者がこんな子供? 聞いてた話と違うな。それに魔素の気配がする妖精か。…………お前ら、どうやら何か事情があるみたいだな」



「……一応魔素の流出は抑えていたつもりだったが、よく分かったな」

 アゼルは封印された状態でも微量の魔素が周囲に漏れ出してしまうのだが、周囲への影響を考慮して普段はその魔素すら抑え込んでいたのだ。


オレは昔から魔素の変化には敏感でな。別に周りの人間の健康に影響を及ぼすほどじゃないから気にするな。それで? お前たちは聖刀について何か知りたいのか?」



「あの、ここに二刀使いの剣士は立ち寄らなかったでしょうか? 全身白い出で立ちで、実はオート……」



「知らんな」


 イリアが話終わる前にクロムは言葉を遮ってしまう。


「え? いえ、あのですね」


「知らんと言っている」

 イリアが剣士の話を持ち出した途端に店主クロムの態度は突然につっけんどんになる。


「いきなり態度が変わったわね。イリア、こいつ何か知ってるんじゃない?」



「何を言われてもダメだ。本当に知らんもんは知らん」



「クロムさん! 何か知っているのでしたら教えてください! 私たちはどうしてもに会う必要があるんです!」

 取り付く島もない対応のクロムに、イリアの声にも徐々に熱が込められていき、手にしていた首飾りにも思わず力が入る。


 当然、少女の力では到底壊れるはずもない首飾り、



 パリンッ



 しかし突然、その首飾りの黒曜の宝石が、イリアの感情に呼応するように粉々に砕け散ったのだった。

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