第34話 彼らの常軌
「あなたは何をしているんですか!! 子供を殴るだなんて最低です! いったいこの子たちがあなたに何をしたっていうんですか!」
イリアは激しい剣幕で少女を殴った男に詰め寄っていく。
「な、何だこのガキは。てめえも殴られてえのか! って、おいおいタグ付きかよ。勝手に傷を付けたら後々面倒だな。くそっ、こいつの主人はどこほっついてんだか。剣も持たせたままじゃねえかよ危ねえな」
明らかな怒りを示すイリアに対して小太りの男はただ苛立った様子を見せるだけで、イリアに取り合おうともしない。
「おい、衛兵! 衛兵はいねえのか! おっ、そこの衛兵のダンナ。こっちへ来てくだせぇ。聞いてくれよ、どこぞの奴隷のガキが俺の奴隷の扱いにケチをつけてきやがるんすよ。ったく魔法使いの奴隷をどう扱おうと俺の勝手だってのによ」
男に呼ばれたのは先ほどイリアの落とし物を拾った衛兵だった。
衛兵は殴られた子供の頬の痣と、怒りで顔を赤らめているイリア、子供たちの首輪の鎖を握りしめた男をみて、
「まったく一体何の騒ぎだ。おい貴様、まさか奴隷に手を上げたのではないだろうな。」
と、厳しい口調で小太りの男に詰問する。
「ち、ちょっとダンナ。その銀髪のガキは俺の奴隷じゃねえんですぜ。こいつの主人が目を離したせいでこのガキが、魔法使いの奴隷どもを躾てた俺に突然突っかかってきたんでさぁ」
慌てて男が弁明を始めたその時、
「お願いです! 衛兵さん! どうか助けてください。私たちは里から拐われて来たんです。どうかお願いします、助けてください」
この機会を逃したらもう助かるチャンスはないと思ったのか、必死に衛兵の衣服にすがり付いて助けを求める少女。
その少女へと、
「っこの穢れ人が人間様に触ってんじゃねえよ! 汚ねえだろうが」
激昂した
「キャア!!」
先ほど小太りの男に殴られた時よりも激しく少女は吹き飛ばされた。
「お姉ちゃん!」
殴られた姉に幼い妹が駆け寄っていく。
「ちょっとダンナァ、ちったぁ加減してくだせぇよ。そいつは俺の商品ですぜ。売れる前に使い物にならなくなったらどうすんですか」
「おっと、そうだったな。すまないな、つい気がたってしまった。」
幼い子供を殴りながらも、何一つ罪悪感などないように会話を続ける大人たちを見て、
「あなたたちは一体なんなんですか!! か弱い子供を殴って何とも思わないんですか!」
あまりにも理不尽な彼らの行動に激しい怒りを燃やしていた。
しかし、怒りを向けられた衛兵は、イリアに対してとても落ち着いた声で、
「なんだ君は知らないのかい? この化け物どもがか弱いわけがないだろう。たとえ子供であろうと魔法ひとつで大勢の人間が死ぬこともある。こんな危険な連中は我々が厳しく管理するしかないだろう?」
常軌を逸した目、……ではない。
ごく普通の常識を子供に教え諭すように衛兵の男はイリアに語り聞かせる。
「さっきからこんな感じなんですよ、このガキは。多分よそから連れて来られたやつじゃねぇんですか? こいつに責任が問えないにしろ、こりゃ主人の管理不行きってやつでしょう。とにかく邪魔なんでさっさと連れて行ってくれませんかね」
「ふむ、なるほど、仕方あるまいな。君、君の名前とご主人の名前、あと君のご主人がどこにいるのかを私に教えなさい」
衛兵は腰をかがめてイリアに視線を合わせて質問をする。
「わ、わたしの名前はイリアです。主人は、……わ、分かりません」
衛兵に身元を確認されたことで、イリアはいよいよ自分のしたことの軽率さに気づく。
このままでは運び屋のオヤジに迷惑がかかってしまうのは火を見るより明らかだろう。
「分からない? そんなはずはないだろう。……まあいい、タグの番号を詰め所で調べれば分かることだしな。君はこちらへ来なさい。身元の確認の為連行します」
(ちょっとイリア! 私が居眠りしてる間にとんでもないピンチになってるじゃない)
いつから起きてたのか、イリアにしか聞こえない声でアミスアテナが語りかける。
しかし、衛兵と対面している以上イリアの方からは言葉を返せない。この状況で聖剣に手を掛ければ、即座に敵対行動とみなされるだろう。
イリアの心中では強引に逃げ出すべきか、大人しく捕まるべきかの判断を巡ってせめぎあっていた。
(…………ま、この状況を見たらあなたが何に我慢できなかったのかは良く分かるわ。……でも今戦うのも逃げるのもやめておきなさい。今のあなたが戦っても勝ち目はないし、第一こんなに周りの目があるなかじゃこの子たちを助けて逃げるなんて不可能よ)
アミスアテナの言う通り、先ほどまでは無関心にしていた街の人々はイリアと衛兵が場に加わったことによって何事が起きたのかと視線が集まっていた。
これでは子供の状態のイリアが強引に逃げきることは非常に難しい。
(多少あのゴロツキたちに迷惑はかけるかもしれないけど、それでも逃げるのに失敗するよりははるかにマシなはず。いざとなったら隙を見て逃げ出せばいいわ)
アミスアテナの言葉を聞いてイリアは逃走を諦めた。
「さあ、着いてくるんだ」
イリアは魔法使いの姉妹のことを思うが、今彼女が動いても余計に少女たちの立場が悪くなるだけである。
結局イリアはこの場を乱すだけ乱して彼女たちの何の力にもなることはできなかった。
少女たちの瞳は未だ恐怖に怯えている。
「くっ」
少女たちに何もしてあげられない自身の無力さに打ちひしがれながらイリアは粛々と衛兵に連行されていった。
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