第33話 舞い上がる幸せ
多くの人で賑わうアスキルドの城下町を、白銀の長い髪をした少女がキョロキョロと周りを見渡しながら歩いている。
彼女の本来の目的はかつての仲間である魔法使いの情報を集めることなのだが、今現在の彼女の興味は別のところにあった。
立ち並ぶ飲食店、見目麗しい装飾品たち、職人が丹精込めて作り上げた武具の数々。大国の城下町なだけあってどれも一流の店ばかりである。
白銀の少女、イリアは見た目相応の年端のいかない女の子のように装飾店を眺め、屋台を回ってはアスキルド名産の出し物を買い漁っていた。
今では彼女の両手いっぱいに土産物や、食べ物が溢れている。
今までイリアはどこの国を訪れた時もこんな振る舞いをしたことはなかった。
イリアの出身であるキャンバス村は清貧を旨としており、幼少の頃から出店を回るようなこともなかったし、勇者として諸国を巡るようになってからは連戦の日々で、とても観光をするどころではなかった。
人間領域から魔族を撤退させてから一年をかけて各国が復興を果たした今、ようやくイリアはゆとりをもって観光を楽しむ機会を得ることができたのであった。
もちろん彼女の外見年齢が幼くなったこともそれに拍車をかけているだろう。
今の彼女を見て勇者だとわかる者は誰もいない。彼女の両肩に無意識の内に乗っていた重しがとれ、口煩い聖剣も眠りについている今、イリアの心は自由だった。
「おい、君」
後ろから声を掛けられてビクッとするイリア。
声をかけてきたのは軽装で身を固めた衛兵らしき人物だった。
運び屋のオヤジに言われた言葉を思い出す。
決してトラブルを起こすな。
自分の振る舞いが何か怪しかったのかと、自問自答しイリアは焦る。
「ほら。これ、落としたよ」
衛兵の男性は柔らかい物腰でイリアが落としたであろう包みを渡してくる。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして。せっかく買ったんだ。ゆっくり味わうといいよ。キレイな銀髪だけど見ない子だね。最近この国に来たのかい?」
優しい声音で衛兵は聞いてくる。
「え、あ、はい。……人浚いに会いまして、今日アスキルドに連れて来られました」
内心で冷や汗をかきながらイリアは答える。
初日でこんなに買い物を満喫する奴隷がどこにいるんだと思いながら。
「そうかい、それは災難だったね。だが安心するといい。この国は奴隷だからといって差別しないし、もしかしたら前の生活よりもいい思いができるかもしれない」
「帯剣しているようだけど、その歳で戦闘もするのかい? 君の主人は厳しい人なのかもしれないけど、何か困ったことがあったら迷わず相談するんだよ」
衛兵はそう言って通りの奥に消えていく。
「ほっ」
イリアは改めてこの国の平和さを実感した。
奴隷の子供に暖かく声をかけ、今さらながら奴隷が帯剣してるというのにさして疑問にも思わない。
奴隷の国というイメージだけでアスキルドに偏見を持っていた自分を恥じる思いだった。
「ん、おいし~」
気を取り直してイリアは先ほど拾ってもらったアスキルドの名産、じゃがいものバター焼きを実に美味しそうに頬張る。
両手いっぱいにショッピングの戦利品を抱えながら、頬が落ちんとばかりにニコニコとお土産を食べる光景。
他人が見たら、この光景にこそ「幸せ」と名付けるのだろうか?
イリアはふと、ある男の言葉を思い出した。
お前の人生は、お前の幸せは、一体どこにあるのか。
確かそんな意味合いの言葉だったはずだ。少なくとも彼女は彼の慟哭をそう捉えていた。
今なら、彼のその言葉が何を指していたのか、少しわかりそうな気がしていた。
誰の為でもなく、自分の楽しみの為に、時を、お金を費やすこと。
生まれて初めてのこの行為は、イリアの小さな胸を今までになく昂らせていた。
ある意味、世界で一番幸せであろう一人の少女。
誰にも侵すことのできない幸福な光景。
しかしそこへ、
「きゃあ! 誰か、誰か! 私たちを助けてください!」
世界の全てに見捨てらながらも、なお救いを懇願するような悲鳴が響いた。
イリアが声のした方へ振り向くと、赤いローブを羽織った二人の少女が小太りの男と揉めているようだった。
いや、あれを揉めているというのは語弊があるだろう。少女たちと男は明らかに対等な関係ではなかった。
何しろ少女たちには鎖の着いた首輪が付けられており、その鎖を男が握って少女たちを引きずっていこうとしているのだから。
ローブを羽織った少女たちは顔立ちが似通っており、どうやら姉妹のようだった。姉が今のイリアと同じくらいの歳で、妹はその2つほど下だろう。
男を怯えた目で睨み付けて、姉らしき女の子が必死に妹をかばって叫んでいる。
「やめてください! 私たちに乱暴をしないでください。お願いです私たちを森に返してください。誰か、お願いします。どうか助けてください!」
「お姉ちゃん。お姉ちゃん!」
少女の必死の懇願は胸が張り裂けてしまいそうなほどの叫びであり、彼女の喉は繰り返される叫びに耐えられず、声は徐々に掠れていく。
その光景の何が異常かと言えば、助けを必死に乞う少女たちの姿以上に、そんな少女の叫びを耳にしながらも一切の関心を示さずに変わらない日常を送っている周囲の人々こそが異常だった。
「チッ、うるせぇガキどもだ。おめえらは、里から出たとこを捕まった時点でもうとっくに俺の所有物なんだ。本当に大変だったんだぜぇ、魔法使いの隠れ里を探すのはよう。いいか、もうお前らの人生終わったんだ。諦めてガタガタと騒ぐんじゃねえよ!」
「ったく、こんなことなら昨日のウチに売りさばいときゃよかったぜ。この街じゃ魔法使いは貴重だってのになかなか値が上がらねえんだもんな。変に欲かいて売り渋ったもんだからケチがついちまったぜ。今日のオークションも
そういって男はとくに理由もない憂さ晴らしの為に姉の方の少女の顔を殴りつけた。
「キャア!」
男に殴り飛ばされて、少女は左の頬を押さえている。
「大丈夫!? お姉ちゃん!」
そのような様子が繰り広げられても、誰一人として魔法使いであるという少女たちを助けようとする者はいない。
彼女たちが羽織る赤銅のローブは下位とは言え一人前の魔法使いの証。
この街において、嫌悪の対象たる魔法使いに差し伸べられる救いの手などひとつもなかった。
いや、それも間違いだ。
たった一人、銀色の髪をした少女が駆け出していた。
「魔法使いに関わるな」そんな約束など完全に忘れて、
「困っている人は迷わず助ける」そんな勇者としてのお約束を守るために。
両手に溢れるほどに持っていた
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