第31話 閑話

「ってなわけで、このアスキルドと魔法使いたちの間には昔から続いてきた色々があるんだよ」


 アゼルは奴隷大国アスキルドと魔法国エミリアとの因縁を一通りイリアたちに語り聞かせた。


「今でも魔法使いの一部はこの国で奴隷として飼われているはずだぞ。アスキルドの人間たちの本音としては怨恨ある魔法使いどもを完全に排斥したいんだろうけど、魔法の力は俺たち魔族と戦うにあたっての人間たちの切り札のひとつだからな。他の国とのパワーバランスを考えても手放すわけにはいかないんだろうさ。魔法使いの側も国の基盤を失ったわけだからな。根無し草の不安定な生活をするのが嫌で、さらにアスキルド以外の国に拾って貰えなかった奴らは奴隷に甘んじてこの国で生きることを決めたんだろ。まあ、その時のどさくさで何人かの魔法使いはこっちにも引き込んだんだが、魔法の使い方を教えてもらうためにな。だがありゃダメだな。俺は全然扱えなかった。何でか力の弱い奴らの方が魔法の覚えがいいんだよ。……ん? ア、これは一応機密事項だったな。…………忘れろ。俺も忘れる」


 昔話に興が乗ったのか、いつも以上にアゼルは饒舌だ。


「まあ俺には奴らが奴隷として生きるのが良かったかどうかは分からんがな。確か魔法使いの奴隷たちは裏切り防止の為に皆魔石を仕込んだ首輪を付けられていてな。定期的に特殊な手入れをしないと爆発する仕組みになってるらしい。奴隷になったが最後、逃げようものならドカンッてわけだ」



「そうだったんですね。私、そういった歴史のことは全然知りませんでした」


 悲しそうに目を伏せてイリアは頷いている。



「その辺りはさすが魔王、ムダに長生きしてるだけあって博識だわね。というかアンタもちゃんと考えて軍を動かしたりしていたのね。そっちの方が私は意外だったわ」


 聖剣アミスアテナは心底驚いたような声をあげる。


「あたり前だろうが。そんなこともできずに魔王が務まるわけないだろ」


「でも今は、その仕事をほったらかして放浪中だけどね」


「ぐっ、そこには触れるな。あと放浪することになっているのはお前らのせいだろ。お前たちさえ来なきゃ俺はあそこで静かなシングルライフを満喫してたんだからな」


「まあまあ腐らない腐らない。あんな陰気臭いところにずっと引き籠ってるよりは今の方がずっとマシでしょ」


「コラァ、何が陰気臭いだ。あれほど趣のある城はこの世のどこを探したって見つからないぞ」


「はぁ? 悪趣味の間違いでしょ。持ち主の性格の暗さが滲んでるわよ。あっ、そういえばあの城って結局どうなったの? この前あんたを封印した時に跡形もなく消えたんだけど」


「お前の趣味に合わないならむしろありがたいわ! まったくふざけやがって、今あの城はなあ、」


「もう、二人ともいちいちケンカしないでよ。周りに目立っちゃうでしょ」


 二人のあまりの騒がしさに止めに入るイリア。


 彼らがいるのはアスキルドのメインストリートから少し外れた裏道である。


 人通りはまばらだがはたから見たら一人の小さな女の子から複数の声が聞こえるものだから通りすがりの人たちもしばしば振り返ってしまう。


「わかったわよイリア。目立つな、トラブルを起こすなってことだったしね。私はしばらく黙っているわ。あんたも外でフワフワと飛んでたら目立つんだからどこかに隠れてたら?」


「チッ。まあ、また捕まって縛り上げられても面倒だからな。おい、俺は袋の中で寝ててやるから必要になったら起こせ。イリアの方こそ面倒事に巻き込まれるなよ。目が覚めたら捕まってましたとか勘弁だからな」


「はいっ! まかせてください。アゼルが起きる頃には必要な情報は集め終わっておきますね」


 イリアは自信満々な様子で、真っ平な胸を張っている。


「ん、まかせた」


 アゼルはいそいそと袋の中に潜ってゆく。

 陰気なところが好きそうなあたり、案外とそのポジションが気に入ったのかもしれない。

 

「それじゃあ私も眠ってようかしら、何かあったら起こしてね~」


 そう言ったきりお喋りな聖剣も静かになった。


 眠るとは言うが、彼女に睡眠の必要性があるのかははなはだ疑問である。


「よし。それじゃ頑張りますか!」


 自分に活を入れるように元気に呟いて、イリアは大通りへと向かう。


 大国の城下町は大いに賑わっており、子供の視点から見れば全てが巨大で、まるで別世界に迷い込んだかのようである。


 ハルジアの城下町も同様の賑わいを見せていたはずだが、あの時のイリアは他のことに頭がいっぱいで周囲を眺める余裕はとてもなかった。


 幼くなった自らの容姿に引きずられるように、イリアは内心をワクワクとさせながら、色とりどり溢れる街並みを歩き出していった。 

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