第30話 魔法国エミリア
事の始まりはやはり、魔界の門が開いたことに起因していた。
魔界の門より溢れ出した高濃度の魔素はハルモニア大陸の西半分を包み、数多くの人間が死に至った。
だが、それでも魔素に適合することができた約4割の人々はかろうじて命を永らえていた。
どうにか生き残ることのできた彼らは安寧の地を求めて魔素に汚染されていないハルモニア大陸の東側を目指していく。
親が、子供が、恋人が、周囲の人々が次々に死んでいく。次に死ぬのは自分かもしれないという恐怖。
そんな地獄から逃げ出そうと、命懸けで東側に辿り着いた人々を待っていたのは、
さらなる地獄だった。
魔素による侵食を免れた東側の人々は、西側から逃げてきた人々を「穢れ人」と呼んで蔑み、恐れ、迫害した。
東側では魔素に汚染された人間に近づくと魔素が感染するという噂が流れ、西側から来た人々は徹底的に避けられ、追い返された。
その傾向は魔素領域との区切りとなる大境界、大陸中央付近でより強く、当時より奴隷国家であったアスキルドでは常軌を逸した穢れ人への迫害が行われていた。
アスキルドはハルモニア大陸の南部のやや東寄りにあり、魔素の充満する領域と隣接してしまったが故にアスキルドの国民たちの精神は恐慌と過剰防衛の状態にあったのだ。
実際に西側から生き残った者たちの中には体内の魔素をコントロールできずに半狂乱状態に陥っている者も少なからずおり、逃げ延びた先での住民との凄惨な事件が絶えないでいた。
魔界の門が開いてから数年が経ち、魔素に侵された人たちから伝染することはないと世間に知れ渡ると事態はさらに悪化した。
ああ、これからは安心して迫害できる、と。
穢れ人を堕ちた人間として見下す風潮が広まり、アスキルドでは彼らを率先して捕えて最下層の奴隷として扱うことが横行していった。
今までのアスキルドの奴隷階級のさらに下に穢れ人達は位置づけられ、およそ人とは思えない生活を何十年にも渡って強いられていった。
そんな中、穢れ人と蔑まれる人たちの中から一人の聖女が登場する。
彼女は体内に巣食った魔素を「魔奏紋」という形にしてコントロールする術を見つけ出し、それを惜しむことなく苦しむ人々に教えていった。
これにより慢性的な魔素の侵食による苦痛はなくなり、さらに副次的な結果として魔法という不可思議な現象を引き起こすことも可能となった。
魔法とは体外から取り込んだ魔素を魔奏紋にて人体に無害な「魔力」というエネルギーに変換し、それをジンに反応させることで爆発的な超常現象を起こすものである。
ジンとはあらゆる存在に内包される根源的な因子である。
炎が炎である理由。水が水である理由。あなたがあなたである理由。
この存在理由とも呼べる因子と魔力が触れ合うことで魔法という現象が引き起こされる。
魔法の何より特筆すべきな事は、聖剣以外の有効な攻撃手段のなかった魔族たちに対しても有効なダメージを与えられる点だった。
これにより魔法使いの社会的地位は向上し、一流の魔法使いと呼べるような人物は各国の中枢部に招かれる存在へとなっていった。
この魔奏紋を与えてくれる聖女の下には当然ながら、多くの穢れ人と呼ばれる人たちが集まっていった。
彼女はアスキルドの民をはじめとする東側の人々との摩擦を避けてアスキルドから程離れた魔素領域に拠点を構えた。
そして彼女を慕って集まった人々は、徐々に村を作り、町を築き、都市へと発展させ、遂には魔法使いを中心とする国を興していった。
彼ら魔法使いの中心となった聖女の名はエミル・ホシカゼ。
始まりの魔法使い、建国の聖女とも呼ばれ、その国は彼女に敬意を表して「魔法国エミリア」と名付けられた。
今まで魔法使いたちを穢れ人と蔑み迫害していた人々は、彼らの変化に戦々恐々としていた。
以前と変わらずに魔法使いたちを「穢れ人」と呼び軽んじる者も少なからずいたが、そのような者たちは魔法の絶対的な力によって瞬く間に排斥されていった。
魔素領域に国を興された魔族たちではあったが、彼らも未知なる魔法の力を恐れ不必要な接触を避けていた。
こういった経緯で魔法国エミリアは魔族にも人間にも侵されない一大国家として急成長していく。
さて、長年に渡り凄惨な迫害を加えられていた無辜の人々。
ある日絶大な力を手にすることになった彼らは、それまでの屈辱の日々を忘れて、迫害を加えてきた者たちと仲良く手を取り合うことができただろうか?
その真の答えは聖女の死と同時に示される。
魔法国エミリアが建国されてから40年後、国民全てに見送られて始まりの魔法使いエミル・ホシカゼは逝去した。
彼女はその精神性も聖女と称して差し支えのないものであり、憎しみにまかせた復讐を絶対にしてはいけないと生涯をかけて国民に語り聞かせていた。
魔法国エミリアの国民たちも彼女に救われた恩義から、心の内にわだかまりを抱えながらも彼女の言葉を必死に守り続けた。
その心の支えであった彼女を失った時、
彼らの憎しみは決壊した。
聖女の次に王に祭り上げられた男の名はジキル・トコヤミ。
彼らを迫害してきた人々への憎悪と復讐心を煮詰め上げたような男だった。
彼がまず始めたことは隣国アスキルドへの侵攻だった。
魔法の絶対的な力によって大国アスキルドは抵抗むなしく容易に陥落した。
そしてかつての奴隷と主人の立場が逆転したことを示すかのように、アスキルドの民全てを魔法国エミリアの奴隷としたのだった。
続いて魔法国エミリアはこのアスキルドへの勝利を皮切りに全世界に宣戦布告する。
「我々は過去の愚かなる人類を超越した新たな種である。かつて我らに牙を向けた劣悪なるものども全てを支配し、世界を統一・管理する立場にある」
と。
憎しみの刃を世界中へと向けた彼らの進撃は止まることはなかった。
魔法使いたちの戦法は悪辣極まりないものであった。
奴隷としたアスキルドの人間たちに武器を持たせて前線に送り、加護の魔法を付与して死ぬまで戦わせ、奴隷たちを壁にしている間に高威力の魔法を連発する彼らを止める術はなかった。
そして反抗を示す奴隷には敵ごと巻き込んで直接攻撃魔法を加えて即座に粛清していった。
卑劣でありながらもあまりに有効なその戦術は、人間たちの国のみならず魔族たちをも押し返すほどだった。
これをおよそ50年。
魔法国エミリアはハルモニア大陸の南部を完全に平定する。
しかし、世界を統一するという彼らの妄言が真に迫った時、事態は急変し時代は変革を迎える。
50年に渡り魔法使いたちの脅威にさらされた人々がついに反旗を翻したのだ。
魔法国エミリアの侵攻による被害が比較的少なかった大国、商業連合国アニマカルマとハルジア王国は同盟を結び、不当に占領されたアスキルドの解放を名目に反撃を開始する。
秘密裏に開発が進められていた自動人形(オートマタ)が実戦に初めて導入され、これが予想以上の活躍をすることとなった。
オートマタは魔石をベースとしたコアを破壊しなければ停止しないため、エミリアの奴隷兵たちでは十分な足止めをすることができなかった。
大規模な魔法で大きな損壊を与えることも可能ではあったが、大量の奴隷兵も巻き込んでしまうため、魔法使いにとって必須である前衛を失うことでより状況を悪化させる悪手であった。
それは実際にその作戦を実行した無能な指揮官が、見るも無残な最期を遂げたことで見事に証明している。
さらに畳み掛けるように、人間側で同盟軍が反旗を翻したのと期を同じくして魔王軍も攻勢を仕掛けてきたのだった。
魔王アゼル率いる魔王軍は一般の魔族を除いた、魔王・貴族のみで構成された少数精鋭の特殊部隊で魔法国へ攻め込んだ。
これまで魔王軍が魔法国エミリアに手をこまねいた大きな要因として、魔法が魔族の一般兵に対して甚大な被害を出していたというものがある。
魔王軍は兵の損耗を極端に避けるきらいがあり、一般兵に被害が出かねない魔法国との戦闘においてはかなり消極的な戦術をとっていた。
魔法は魔族にもダメージを与えられる有効な手段であったが、それはあくまで低クラスの魔族に限った話であり。
貴族と呼ばれる上位の魔族に対してはダメージは通るものの、彼らのMP(魔素骨子)の絶対量が違い過ぎて相当数の数的優位を取らない限り魔法使いが相手をすることはできなかった。
もちろん今までも戦闘員を貴族以上に絞れば、魔族たちが魔法国エミリアにいいようにされることはなかったはずであったが、その場合は他の国の人間たちに対する戦力が手薄になってしまうため、これまではその手段を選ぶことができなかった。
魔王アゼルは我慢に我慢を重ね、人間たちの同盟国が魔法国に攻め込んだのを好機とみて魔王軍の精鋭部隊を魔法国へ投入したのだった。
魔王軍と同盟軍、敵対し軽んじていた者たちから一斉の反撃を受けた魔法国エミリアは、90年続いた歴史にたったの半年の防衛もできず幕を下ろすこととなった。
魔法使いたちの奴隷から解放されたアスキルドはアニマカルマやハルジアに不利な条約を飲まされながらも、10年をかけて再興していく。
奴隷を支配し、自らも奴隷にされた、二つの意味での奴隷大国として。
さて、ここでひとつ問題を出そう。
自分たちが当然のごとく虐げていた人間が、ある日突然自分たちを虐げる立場になった。
…………その絶望は?
自分たちをゴミのように扱っていた連中が、その立場から転げ落ちて自分たちの足元に再び戻ってきた。
…………どうなると思う?
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