第28話 赤い夢

 赤い、紅い光景が流れていく。


 赤く飛び散った血液と、紅く燃え広がる炎で私の視界の全てが満たされる。


 私を大切に育ててくれた人々と、私を優しくはぐくんでくれた村の全てが、等しくゴミのように崩れていく。




 誰?




 これが私の原風景。


 勇者として旅立つ時に見た出発点。




 誰が?





 あたりまえだと思っていた、


 あたりまえであるはずがなかった日々の終わり。





 この惨劇を引き起こしたのは一体だれ!?




 失って知った、幸せの在処。


 ………それを奪ったのは、







 炎は未だ燃えている。


 赤く、紅く、いつまでも燃え盛る劫火。


 激しく燃える炎の奥に一人の男が見えた。


 業火の中にあっても涼しげに佇んでいる黒い男。


 男はこちらに背を向けていて、どんな顔なのかがよくわからない。



 よく、分からないが、この男が、誰が私の大事な村を燃やしたのかを知っているのだろうか?



 もしくは、この男こそが、

 


 私はどうしてもその顔を確認したくて足を進めようとしたのに、まるで石にでもなったように動かない。



 でも、それでも諦めずに私は必死に手を伸ばす。



 その意志が通じたのだろうか、全身を黒に染めた男はゆっくりとこちらへと振り向いた。



 見ることを望んでやまなかった、その男の顔は…………








「はっ」


 …………下着の下にじっとりとした汗を感じる。

 

 窓から見える外の景色は薄暗く、まだ朝日は姿を見せていない。


 また、いつもの夢だ。



 夢に出てくる黒い男は、正体がはっきりする前にいつも目が覚めてしまう。



「ア、ゼル?」


 ふと口から言葉が漏れる。


 ついこの前、不思議な縁ができてしまった漆黒を纏った魔王。


「やっぱり、あの人が?」


 だが、その考えの無意味さに気づいてかぶりを振る。


 所詮は夢の中のことだし、出てきた男が私の出身キャンバス村の事件に関係がある根拠がない。


 そもそもアゼルは当時絶賛引きこもり中で、魔族の軍に関与していないという。



 諸々の考えを振り払って宿の洗面台へと向かう。


 人の気配は感じない。


 早い時間なだけあって、まだ誰も目を覚ましていないようだ。


 子供の身長では洗面台に届かないので、足乗せ台を近くから持ってくる。


 こういった時、子供の身体は不便だと思う。



 朝の冷たい水で顔を洗って、心に染み着いた煩悶を同時に洗い流す。


 顔を上げると、目の前にはよく磨かれた鏡が、


「……………………」


 そこには白銀の長い髪をした、いつもの私が映っていた。




 そう、


 あの日の炎は、今も私の心の奥で静かに燃え続けている。

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