第14話 献身への対価

「やれやれ、困ったものですね。そのままイーヴィルウルフたちの餌になってくれれば、魔獣の襲撃による不幸な事故として簡単に処理できたのですが」


 見開けた平野に突然の声が響く。今までどこに隠れていたのだろうか。気がつくと10人くらいの集団が俺たちの前に現れていた。そいつらは左右に分かれて規則正しく整列しており、その中央には戦馬に跨り黒い鎧に包まれた騎士がいる。


「黒騎士アベリア。賢王グシャの近衛騎士であるあなたが何故ここにいるのですか? それに、今の発言はどういう意味でしょうか?」

 白銀の勇者、イリアと言ったか、が困惑して黒い騎士に問いを投げる。


「どういう意味と聞かれましても、言葉の通りですよ。先ほどの魔獣たちはあなたを殺すために私が差し向けたものであり、私自身もあなたを殺す為に今ここにいるのです。……いえ、本当に困りましたよ。街道で待ち構えて簡単に事を済ますつもりが、まさかそれより先に野盗ごときが勇者を連れ去ってしまうなんて」


「う、」

 痛いところを突かれたのか、勇者は気まずそうにしている。


「さすがにこのまま他国に渡ってしまっては私たちでも手が出しにくくなってしまいます。なのでここは後腐れのないように、そちらのゴロツキもろとも皆殺しにしなければと魔獣を差し向けた次第です」


 勇者の質問に対して、真っ直ぐに、正面から、お前を殺しに来たぞと黒い騎士は告げた。


「それにしても計算外とはこのことですね。弱体化した様子の勇者であればイーヴィルウルフで十分に片付けられると思っていたのですが、そのような姿になっても勇者の魔の力に対する絶対性は未だ健在というわけですね」


「何故? 何故なのですか? 私には理由が分かりません。賢王グシャは私を快く送り出してくれたというのに、何故近衛騎士のあなたがそれを止めるのです?」


 勇者の声には困惑が強く混じっている。


 正直なところ話を聞いていても俺には事情が読み取れない。何故人間同士で、しかも彼らにとっては希望の象徴であろう勇者を葬ろうというのだろう。


 勇者の話が正しいのなら、この黒い騎士が独断で勇者を殺そうとしているということか。


「ああ、そこからなのですか。人を疑わない純真さというのも考え物ですね。まずは一つ、あなたの考えを正しましょう。王の近衛騎士たる私が王命以外で動くことなどありません。それはつまり、私にここであなたを殺せと命じたのは我が王に他ならないのですよ」


「っ!」

 少女は絶句していた。それはそうだろう。自分の行動を後押ししてくれたはずの人物が、その実、自身の暗殺を企てていたのだ。


 そんな彼女の心情に構うことなく黒騎士は言葉を続けていく。


「これは王の言葉ではありますが、あなたはもう用済みなのだそうですよ。確かにあなたの功績は非常に素晴らしいという他ない。あなたの力なしでは魔族どもを大境界まで押し戻すことはできなかったでしょう。これには私も含めて多くの人々が感謝しています」


 右腕を胸に当てて、黒騎士は顔を伏せて礼を示す。


「ですがそこまでで良かったのです。魔族からの侵略によって権利が散逸した土地を奪還するという過程を経て、国土の調整は十分にできたと王は仰いました」


「あなたが気付くはずもなかったでしょうが、賢王グシャは勇者たちが魔族を押し返す傍らで政治的、軍事的に秘密裏かつ緻密に動いていたのですよ。大境界に面する危険で不要な町や村は他国に押し付け、また同時に有用な土地を掠め取ることも完了しています」


「これによって我らの国ハルジアはこれからも安寧の時代の中を歩むことができるでしょう」

 恍惚と、お喋りすぎるほどに内情を明かしていく黒い男。


「だというのにあなたは大境界の先の穢れた大地をも取り戻しに行くという。私には到底不可能な絵空事としか思えませんが、我が王はこう断言されました。『あの勇者ならば必ず成し遂げてしまうだろう』と」


「ですがそれでは困るのですよ。せっかくハルジアが優位に立てるように安定した秩序が再び崩れてしまうではないですか。まったく、あの魔境に手を伸ばしていったい何になると言うのです? 200年前もの遥か昔にとうに人類が失ってしまった大地ではないですか。……もうあそこを故郷とする者も誰もいないと言うのに」


 その男の言葉に、少女は膝を落とす。


「…………」

 白銀の幼い勇者は目を見開いて、言葉を失くしている。

 それはそうだ。今まで尽くしてきた人間、守ってきた国に不要と断じられたのだ。


 それでまだ立ち上がれるはずがない。

 他人事ではあるが、思わず同情してしまう。


 だというのに。


「……でも、私は」

 少女は、振り絞るように、やっとのことで声を出す。


「それでも、私は、全ての人の苦しみ、あらゆる大地の嘆きを救うようにと生まれてきたのです!」

 心の底から振り絞って、勇者は穢れなき決意を口にする。


「あなた達には私の歩みは邪魔に見えるのかもしれませんが、あなた方も含めて、全ての人たちが幸福を手に入れられる時代を私は求め続けます。私が守ることのできなかった人たちに胸を張るためにも、この足を止めるわけにはいきません」


 その言葉を黒騎士は涼しげな目をして聞き届け、


「あなたなら、きっとそう言うのでしょうね。それが分かっていたからこその、この結末です。そちらの魔王ともども、この場に立ち会った者には全て死んでいただかなくてはいけません」

 この度の決定事項を粛々と告げた。


「何!?」

 今度は驚いたのはこっちの方だった。あの男は「この状態」の俺を魔王と認識しているのか?


「おや、少し驚いたようですね? あなた達のことは勇者イリアに城の討伐を依頼した時から見張っていたのですよ。まあ、城が突然消えて、そこから現れたのが幼女とよく分からない生き物だったものですから、確認には後れをとりましたが」


 城の依頼の件というのはよく知らないが、ともかくこの勇者は初めからこいつらに裏切られていたということか。


「もとよりあの城に魔王がいるというのは、賢王グシャが以前より予想していたことです。王国の正規軍をも簡単にあしらうことのできる絶対的な力の持ち主です。であるなら、それがどんなにあり得ないことだと思えたとしても魔王以外の可能性が残らない以上はそれが真実だろう、というのは王の言葉ですが」


「本当ならあの戦いで勇者イリアには魔王と相討ちとなって死んでいただくのがベストなシナリオだったんですよ。その次にベターなのが魔王に殺される勇者というものでしたが。……有害な勇者よりも無害な魔王。時代が求めるものはその時々によって違うとはいえ、皮肉なものですね」


 なんて胸糞悪い言葉だ。聞いている自分の方が苛立ってしまう。だがそれを一切悪びれることもなく、王国の騎士は言い切った。

 今勇者がどんな表情をしてそれを聞いているのか、……俺には見ることができない。


「あんた達の言い分はもう結構よ。それでもこの子と私はあの大境界の先を目指す。それを邪魔するというのなら、大国が相手でも打ち払うまでよ」


 黒騎士のあまりの言葉に怒りのメーターが最高潮に振りきれてるらしい。今まではずっと黙していた聖剣が口を出す。


「ええ、それで構いません。ここまで話したのは勇者イリアの今までの功績に敬意を表してのこと。偉大な勇者が何も知らずに逝ってしまうのは、私としてもとても心苦しいのです」


 大仰に苦しむようなそぶりを見せながら、


「では、せめて真実を胸に消えていってください。魔法兵よ、彼らを焼き払え!」

 冷徹に、黒騎士は控えていた部下たちへと命令を下した。

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