第13話 首輪
「っておい、俺を放っていくなよ!」
あろうことか小さな勇者は縄を切ってやった恩人を残して、すぐに聖剣を持って馬車の外に飛び出して行ってしまった。
周りのことが目に入らなすぎである。いや、むしろ周りばっかり見ているから身近なところに気が届かないのか。
「ま、どっちでもいいけどよ。ホント、こっちの拘束も解いていってくれてもいいだろに」
愚痴を吐きながらモソモソと自分を縛る紐を切る。
他人の縄を断つよりも、これが案外と難しい。
束縛から脱するのに四苦八苦して、外に出た時には……
全てが終わっていた。
映る光景の中で立っているのは銀色の幼い少女ひとり。
魔狼どもは全て切り伏せられ、野盗たちは疲労と負傷のためか皆座り込んでいる。
彼女が飛び出して、自分が縛りを解くまで30秒もかかっただろうか。
その僅かな時間で、10頭は下らない数のイーヴィルウルフはたった一人の少女に倒されていた。
確かに勇者は魔素に対して異様に強かったが、それは子供の姿じゃなかった時の話だ。さっき人間相手にあっさりと捕まってしまったほどに弱体化しているやつが、こうも簡単に魔獣を倒せるものなのか。
「あ、妖精さん来てくれたんですね。手伝ってくれないのかと思っちゃいました」
「妖精さんとか呼ぶな。魔王だっての。それに手伝って欲しかったのならこっちの拘束も解いておけってんだ」
ま、第一この様子だと手伝いなんて元から必要なかったのだろうけど。
「ご、ごめんなさい。すっかり気が動転してて、忘れてました」
素直に謝る勇者。……それはいいんだが、呼び方への謝罪がないあたり、まさかずっと俺を妖精さんで通す気じゃないだろうな。
「あれ、アミスアテナ? これだけの魔物を倒したのに私のレベル全然上がってないんじゃない?」
どうやら勇者は自身の体感に違和感がある様子だ。まあ確かにレベル1のやつがこの数の魔狼を倒せば、ある程度レベルが上昇して当然のはずだが。
「それはそうでしょ。あなたのレベルが上がったら、それと一緒に魔王のレベルも上がっちゃうじゃない。難しい話をするとね。あなたは正確にはレベル1に戻ったんじゃなくて、レベル99のあなたの能力に圧縮をかけた上でレベル1のレベルキャップをかけている状態なの。つまりレベルの上ではカンストしてる状態だから、いくら経験値を得たからって今後もレベルは上がらないのよ」
「え、そうなの!? より一層悪い状態じゃない。それじゃ、これから本当に強い敵と戦うことになった時どうするの?」
「う、それはまあこれから考えるしかないんじゃない? 何度も言うけど私にとってもこの状態は想定してなかったことなんだから。まあひとまず、魔獣程度の相手だったら不都合はないみたいだし、ゆっくりと解決手段を探していきましょ」
今しがたの魔獣との戦闘に、何も特筆すべきことなどなかったように彼女たちは会話を続けている。
その余裕あふれる様子を、窮地を助け出された者たちはどう感じたのか。
「おじさん達は大丈夫でしたか? 怪我をした人がいたら教えてください。消毒しますから」
「あ、ああ。……お嬢ちゃん。一体何者だい?」
魔獣が一掃されてほっと一息ついたのか、腰を抜かしながらも野盗の親分が勇者に尋ねてきた。
「私ですか? 私は……」
しかし勇者がその問いに答える前に、
「おカシラ! 早くこっちに来てみてくだせぇ。イーヴィルウルフどもの首に何かついてやすぜ」
と、野盗の子分たちが大声で報告しにきた。
確かによく見ると魔獣たちの首には黒い石の付いた細い首輪が巻かれている。おそらくあれは「魔石」だろう。
高濃度の魔素に満ちた空間では、魔素が凝縮した石として自然的に発生することがある。それは俗に「魔石」と呼ばれ、様々な用途があるとして主に人間たちの間で取引されている。
何故魔獣がこんな魔素の薄い場所に出てこれたのか、この首輪がその答えなのだろう。確かに魔石があれば大気中に魔素がなくてもある程度の活動は可能となる。
しかし、もし俺が魔獣を率いるのなら、自分で生み出せる魔素を餌として飼いならす。弱い魔獣であれば強制的に操ることもできる。貴族やそれに連なる上位魔族も同様のことは可能だ。
つまり今回、魔石の首輪を使って魔獣を操ってきたのは下位の魔族、もしくは人間の……
「「うわぁっ!」」
魔獣の死体を検分していたらしい野盗の子分たちから悲鳴が上がる。
突然に魔獣を中心として炎が激しく燃え盛り、周囲にいた野盗たちも巻き込まれている。
肉が焼けた匂いが漂ってくる。
今のは魔法か?
しかし、近くに魔法を使える奴の気配なんてなかったが。
新たな敵の来襲に、警戒と索敵を強める。
すると突然、
「やれやれ、困りますよ。そこは素直に死んで頂きたかったのですが」
不吉な気配を漂わせながら、黒い鎧をまとった騎士がそこにいた。
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