第15話 双極の光

「紅き焔に捧げられし献身、裁きの怒りを我が怨敵に示せ! グラン・イフリト!」


 黒騎士の部下たちは口々に呪文を唱えていき、その詠唱が終わると数多の炎がこちらを襲ってきた。あれは確か火属性の中級魔法だ。


「チッ、やつらは全員魔法使いか!」

 苛立ちと共に吐き捨てる。


 彼らの腕には魔奏紋と呼ばれる魔法使いの証たる紋様が浮かび、矢継ぎ早に魔法を放つたびにその紋様が光輝く。


 やつらが魔法使いだというなら、突然姿を現したのにも納得できる。魔法使いには風で光を屈折させて姿を隠す魔法があると聞く。



 魔法とは人間たちの間で発達した固有技術だ。本来人間には有害であるはずの魔素を体内に吸収して「魔力」という人間にも扱いが可能なエネルギーに変換する。その魔力をもって超常の現象を引き起こすというものだ。


 正直な話、俺も原理は詳しく理解してはいないが、一番厄介なところは魔族にも効果的な攻撃であるということだ。俺たちには扱いが難しいものらしく、魔族の中で使い手はほとんどいない。


 似たようなことなら上位以上の魔族や一部の魔物なら可能だが、それは2~3種類程度の限定的なものだ。奴らの魔法の種類は多岐に渡り、応用範囲も非常に広い。それ故に魔法使いたちは一時、世界を席巻したのだが、


「た、助けてくれー! 俺たちも焼け死んじまう」


 先ほどの黒騎士の、皆殺しにするという言葉に嘘はないのだろう。

 燃え盛る炎は野盗どもも逃がさない形で全方位から包んできていた。この勢いだとあっという間にここら一帯に人間の丸焼きが並ぶことになるだろう。


 しかしそこへ、

「誰も死なせません!」

 決意を胸に幼い少女が立ち上がった。


 彼女は銀晶の聖剣を地面に突き立てて、両手を組んで祈りを捧げる。すると勇者と聖剣が共鳴するように白く発光していき、俺たちや野盗のいる空間が白いベールで包まれていく。


 魔法使いたちの生み出した炎はその白いベールの結界に触れると威力が減衰されていき、結界の外周を燃やすにとどまっていた。


「スノウ・ベール。これでしばらくは魔法の効果を弱めていられます」

 閉じた瞳を開いて勇者は告げる。



「なるほどなるほど。魔法の根源となる魔力とは元々魔素から変換されたもの。勇者の力を前にしては効果が薄かったですかね」


「まあこのままでもあなた達を蒸し焼きにできそうですが、変に時間を与えるのも危険かもしれませんね。私が直接殺すのが一番早くて確実そうです。魔法兵、私に風の強化魔法と水の防護魔法を!」

 

 黒騎士の命令に応じてさらに魔法が唱えられていく。


「猛き風の守護者、その恩寵をもってかの者を包みたまえ」

「うら若き水の乙女、その寵愛を渇き果てしかめに注ぎたまえ」


「アーマドシルフ!」「ミストウィンディネ!」


 魔法の発動により、緑の風と霧状の水気が黒騎士を包みこんでいく。


 魔法がかけられたことを確認すると、黒騎士は馬から降りて炎に包まれた俺たちに向かって悠々と歩を進めてきた。


 水の魔法とやらの効果だろう、炎の壁もまったく苦にしていない。


「おい、あの騎士から感じる圧力は本物だぞ。国を代表する騎士なら当然聖剣も持ってるだろうし、今の俺じゃ相性が悪い。今このままじゃ皆殺しにされるぞ」


 流石に俺も身の危険を感じ、今も白く淡い輝きを放ち続ける聖剣に忠告する。


「アミスアテナ、彼の言う通りだよ。黒騎士アベリアはレベル80を超える実力者、今の私じゃ文字通り手も足も出ない。……アミスアテナなら何か手を持ってるんじゃないの?」


 同様の危機感は感じていたのだろう。勇者も俺の発言に同調してくる。


「う~ん、分かったわよ。でもこれをすると封印が緩みだすから極力したくなかったんだけどなぁ。……はぁ、イリア、耳を貸しなさい。ごにょごにょ」


 やっと諦めたのか、聖剣は勇者を呼び寄せて何事か吹き込んでいる。


「わかった。それでいいんだね」

 勇者はそう言って俺へと振り向く。


「?」

 話はついたのか、勇者はてくてくとこちらへまっすぐと歩いてきて、そして、



 シュパッ



 子供が虫を捕まえるように、片手で俺の胴体を鷲掴みにした!


「ちょ、おまっ。何しやがる」


 勇者の謎の行動に俺が困惑した刹那、炎の壁を抜けて黒騎士が出てきた。


「さて雑魚は後にして、まずは勇者と魔王から片付けるとしましょう。 おや、…………あなた達は何をしているのですか?」


 現場の状況を見て疑問符を浮かべる黒騎士。


 いや、俺もそうだ。こいつが何をしたいのかがわからない。



 すると、唐突に、



「では、唇をお借りします」



 そう言って、勇者は俺に口付けをしてきた。




 いや、これは接吻と呼んでいいものなのか。

 

 まずサイズ感が違いすぎる。俺からすれば壁への衝突に他ならない。身体を掴まれたまま顔を勇者の唇に向けて押し付けられたようなものだ。


 せめてもの救いはぶつかった壁が思いのほか柔らかかったことだが。そんな感触に思いをはせていたら、急に身体が熱くなる。



「いや、だから、あなた達は………。っ! 何をしている!」


 予感とも言うべき僅かな兆候を感じとったのか、黒騎士が動き出そうとした、その瞬間、



 俺と勇者からそれぞれの光が溢れ出した。



 勇者を包むは白銀の祝光。



 我が纏うは漆黒の閻光。



 激しい光の中、肉体が再構成されていくのが実感できる。


 解き放たれたが故の全能感、圧縮されていたが故の万能感。


 両者の相反する光が収まった時、勇者と、魔王、本来の姿を取り戻した二人がそこに立っていた。

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