第9話 GAME OVER

 賢王への報告が済んだイリアは城下町に行き、貰った褒賞金で薬草や浄水など旅の必需品を揃えて、残りの一部は預り所に預けてしまった。

 時刻は昼過ぎ。魔王の城が思いのほか近所だったこともあり、実は午前中に王の依頼を受けてからそんなに時間は経過しておらず、まだ太陽は高い位置にあったりする。


 今から出立すれば、隣町には子供の足でも日が落ちるまでには着くだろう。その頃には妖精(魔王)も目を覚ますかもしれないし、そこで今後の方針を固めようと彼女は考えた。


 正直、今彼女にとってはここで妖精(魔王)が目を覚ましてトラブルを引き起こすことが何より怖い。その場合すぐに賢王に情報が伝わり、穏便にこの国から出ることが叶わなくなるだろう。そういった事情もあり、イリアは早々にハルジアの城下町を出ていくことにした。


 その際、極力他の人を巻き込むことを避けて馬車や護衛も頼まなかったが、それがさらなるトラブルを呼びこむことになる。


 端的に言うと、イリアたちは野盗に襲われた。


 彼らからすれば幼い少女がたった一人で街道をトコトコ歩いているのだ。それはそれはカモがネギを背負ってきたような、都合の良い獲物に見えたことだろう。


「おっと、お嬢ちゃん、そこで止まりな。いくら最近は治安が良くなったとはいえ、子供の一人歩きとは感心しねぇな。どうした? 家が嫌になって家出でもしてきたのか? 悩みがあるならおじさんたちが聞いてやるから、大人しくあの馬車に乗り込みな」

 少女と侮ってか彼らは馬から降りて、武器も持たずに囲んでくる。


「私は家出してきたわけじゃありません。そこを通してください。でないと痛い目にあってもらいますよ」

 腰の聖剣を抜き、毅然とした態度でイリアは彼らに言い放つ。


「………? ガハハッハハハハハ」

 そんなイリアの様子がおかしいのか、彼らは皆大声で笑い始めた。


「お嬢ちゃん。危ないマネはよしな。そんなもの使ったら嬢ちゃんがケガしちまうよ。ったく、大事な売り物に傷がついたら大変じゃねえか」


 ひとしきり笑ってすっきりしたのか、最後には凄みを効かせてくる。どうやらこの男達は荷物だけでなく、彼女ごと攫って行くつもりらしい。


「舐めていられるのも今の内ですよ。なんていったって私は……」


「ちょっと、ちょっとイリア」

 突然アミスアテナがイリアのセリフに割って入ってきた。


「何よ。ちょうど今、カッコよく決めるとこだったのに」


「………。あなた今レベル1だってこと忘れてない?」


「え? …………………あ」

 イリアは完全に忘れていた。

 彼女はつい普段通りのレベル99の勇者のつもりで振る舞っていたが、今現在のイリアはまごうことなき最弱状態なのだ。



(大丈夫、落ち着いて私。ここは相手との戦力差を冷静に分析するの。────────────────ど、ど、ど、どうしよう)


 冷静に分析したところ、とても冷静ではいられない状況であるのが見て取れる。

 

 イリアは思わず、袋の中の妖精(魔王)を掴み出してたたき起こした。


「う、ううう~」

 妖精と化した元魔王は、ようやく目覚めの時を迎えようとする。


 しかし、妖精(魔王)からしてみれば、わけのわからない封印をされ、目が覚めたと思ったところで気絶させられ、かと思えばピンチの現場で突然揺り起こされる(←イマココ)といった不運の連続コンボなのだが。


「………?、?、?。 ………いったいここはどこだ。いやこいつら誰だよ。てかこの身体はなんだー!!」

 目覚めてから突然に入ってきた情報の奔流に混乱しているのだろう。先ほど戦った時の威風堂々とした王者の風格は微塵も感じられない。


「えー、びっくりされたとは思いますが妖精さん、現在私たちは非常に危ない状態です。ありていに言って大ピンチです。大変申し訳ないのですが、この人たちを追い払うのに協力してくれませんか?」


 イリアは混乱している妖精(魔王)をなんとか落ち着かせようと試み、かつ共同戦線を組めないかと申し出る。


「ピンチ? 協力? いやいやそもそもお前も誰だよ? 俺は確か、城で優雅にモーニングティーを飲んでたような。いや、俺とは誰だ? 魔王とはどこだ?」


 状態異常「混乱」というやつだろうか。魔王は未だ混迷した意識から抜け出せないでいるらしい。

 彼を叩いたり、揺さぶったりしたイリアに原因の一端があるような気もするが、彼女はそれを棚の一番上に投げやって忘れてしまうことにした。


「ええい、これじゃ仕方ないですね。私に任せてください!」

 イリアは思いきって開き直る。期待していた戦力は得られなかったが代わりに守るものができた。


 彼女は自らの弱気を振り払うように気合いを入れる。この程度の窮地、今までに幾度も迎え、そして切り抜けてきたのだから。


 数々の冒険と戦いを繰り返してきた経験。そこから来る自信がイリアを突き動かし、


 そして判断を誤らせた。


「はあぁっ」

 最大効率の運足を用いて素早く野盗の親玉らしき人物の後方に回り込み、イリアは聖剣を振り上げて斬りかかる。


(集団の頭を潰せばこのピンチもどうにかなるはず。おじさんごめんなさい!!)



ペチン!



 気合いの入った音が野盗の親玉の頭部で響いた。彼の頭頂部には髪らしい髪が一切なかったこともあり、より一層響く。


「あれ?」



「……………………」

 周囲に気まずい沈黙が流れていく。

 残念なことに相手にダメージらしいダメージはなく、イリアはゆっくりと振り返った親分と目が合う。


 そんな中で彼女が出せた次の選択肢は…





「てへッ」


 



 勇者は渾身のあざとい仕草でこの場を逃げ出した!


 しかし、回り込まれてしまう。



 勇者は、目の前がまっくらになった………

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