7-2
ベースへは中々帰れませんが、高校を卒業して落ち着いたら一度帰ろうと思っています。愛を込めて。川島咲夜
愛を込めて。川島夫婦に自らそう書くのは初めてだった。
そうして、ベースに帰ったら地球で生きていくことをちゃんと話さなくちゃな、と考える。
また、口論になってしまうかもしれない。そのときは心を込めてここまで育ててくれてありがとうと言おう。そして、吾妻のことも頼んでみよう。
カルのことが気がかりで、都知事から連絡をもらった時に訊ねた。どうやら、発明品でひとやま当てて、立派な家に住めることになったそうだ。ただ、みんなと最後まで仲良くなれなかったのは少し寂しかったと言っていたらしい。
反省した。田中の言ったとおり、気づくことがなかったのは、自分も同じなのだ。
ママナはカルが一緒に住もうと言ったにもかかわらずそれを拒否し、新たに行き場のない子供の面倒をみているという。
咲夜は市民権獲得のための手続きと、簡易短期大学へ行くための手続きを始めた。
政府や市役者は慌ただしく動いているが、周囲はおそろしいほど静かに時が流れる。
8について語る人は誰もいない。
さくらが焼かれたことを教えてくれた子は、全く学校へ来なくなった。今はどこへ行っても住宅建設の業者も動いているが、8だった人々はあまり地下から出てくる様子を見せない。日霧の8居住地区では弱いものへの暴力も減りつつあるという。
ホログラムは時々、公園やマーケットの広場で人を厚め、8だった者達が書いたものや、その親、近親者が書いたものを朗読している。
季節は11月に入り、寒さが急に密度を増してくる。
悠斗はもともと志望していた音楽関係の道に進むそうだ。
日の暮れるのも早くなった。
学校の帰りにマーケットへ立ち寄る。新宿へ移ってからはもっぱら自炊だ。買い物を終え、外に設置されたフードコートにひとりの女の子が寂しそうに椅子に座っているのが目に入る。
女性のホログラムが、なにも言わず心配そうに隣に立っている。
放っておけなくて声をかけてみることにした。
「どうしたの。風引いちゃうよ」
「あ、あの時のおにいちゃん……」
ふたつに分けたみつ編みをたらしている。髪型は以前と違うが、顔には見覚えがあった。南本を殺した母親の子供だ。
「君、住まいはこの辺なの」
「ううん。日霧だよ。でもちょっと、こっちのほうに来た」
「ひとりで?」
虚ろな目で頷く。大人っぽさがすっかりなくなり、年相応のあどけなさがうかがえる。
「座ってもいい」
言うと、頷く。日霧からこの新宿のマーケットまでは1時間くらいかかる。犯罪は少ないとはいえ、10歳かそこらの女の子がひとりというのも危険な気がした。
「私たちって、結構酷いことをしていたんだね。お母さんも」
「結構どころじゃなく酷いことをしていたと思うよ。君たちのクラス、怖かったよ」
「うん。今クラスはバラバラ」
女の子は手にしているジュースを飲んだ。ゲームが続かなければ、団結力もなくなるだろう。
「だから落ち込んでいるの」
「うん。8の制度がなくなったとたん、私は仲間外れにされちゃった。だから最近、帰りはこっちに逃げてきている。それでなんか、これまでひどいことをしてきたんだなってわかってきた。お母さんとの関係も今良くないから居場所がない」
「どうして仲間外れにされているの」
木枯らしが吹いている。チャムでも感じたことのある、懐かしい寒さだ。
「わからない……8を殺していたのはみんな一緒。制度がなくなるまでやり続ける感じだった。お兄ちゃん達はすごく間違っていることを言っているんだ、私たちは正義だってあの時は思い込んでいたけど」
女の子はふと空を見上げる。群青の空に、赤みがかった星が輝いていた。
「酷いことをしたってわかってよかったね」
「うん。死体の匂いとか平気だった。かぐたびに、正義の証とか思ってきもちがよくなってた。今から思うと普通じゃないよね」
「普通じゃないよ」
「うん。無限大。無限大なんだよ……あのさ」
言いづらそうに目を伏せ、もじもじしながら続ける。
「お兄ちゃんを犯罪者だなんて思わない。最初は思ったけど今は思っていない。8は、きっともっと辛かったよね」
女の子は、確かめるように訊ねる。
「そうだね。僕にもどれほどのものか想像がつかない」
「誕生日を迎えていなければ5歳からだよ。みんな、どんな気持ちだったんだろ。8になった時、それがあとから分かった時、その子も親もどんな気持ちだったんだろ」
8に際限なく暴行をしていた人たちはどう考えながら生きていくのだろう。なんでもなかったように日々を過ごしていくか、罪悪感を覚えながら生きていくのか。恐らく両方いるだろう。
「君が――」
言いかけてホログラムが不意に口を挟んだ。
「最近Z1010から伝わった元8の新しい手記情報があります。今、我々は警察本庁瀬賀正之からの要請で、現存している手記の記録を始めています。早川悟という子の手記があります」
「あっ」
さくらを間接的に殺してしまった後悔の中で、一筋の希望が見えた。無事でよかった。無事生きていた。両親は殺されてしまったけれど日本でお金を稼げるようになったら、彼を引き取ろうか。そしてたくさん、たくさん抱きしめよう。
女の子はホログラムを凝視し言った。
「読んで。新しいのが知りたい。今までなにもわかっていなかった。これはきっと罰なんだ。やったことは変えられないけど、私もなにかを変えるよ。変えたいよ」
虚ろな瞳に力が入る。
もう少しだけ、未来は明るくなるかもしれない。
「読んで下さい」
咲夜は言う。ホログラムは目を閉じ、ごく穏やかな声で語り出した。
「今、施設でこれを書いています。僕の身に起きたことを書こうと思います・・・・・・」
「了」
8ーエイトー 明(めい) @uminosora
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