後日談 「幼馴染」を拗らせた幼馴染の話
俺―――――天宮蒼には、幼馴染がいる。
容姿端麗、成績優秀、人間関係は難ありだが、人を惹きつけてやまないカリスマ性を持っていると『言われている』、青山朱莉という幼馴染が。
「青山。次の会議で使う資料、もう作り終わったか?」
「当たり前でしょ」
俺が声をかけると、そいつは淡々と言葉を返す。
次の資料持ってくる、と言った幼馴染―――――青山朱莉は、ひらひらと手を振った俺に対して指を差した。
「次も勝ち取ってこないとぶちのめすから」
「頑張りまーす」
「ちゃんとその顔も有効活用してよね」
「酷い言いようだ」
仰せのままに、と言い残して、俺は会議室を出る。
後からついてきた後輩の橋本が、「相変わらず仲が悪いですね」と不思議そうな顔で聞いた。
「逆に、同期なのにそこまで仲が悪いってことあります? きっかけとかあったんですか?」
「きっかけねえ」
強いて言うなら、仲が良すぎたとか。と呟いてみる。
それに「?」を浮かべた橋本を見て、今のを聞かれたら朱莉に殴られると慌てて口をつぐんだ。
けれど、結局は腐れ縁というべきか。
「あの、青山さんと天宮さんってどういう関係なんですか?」
「わ、私?」
というなんだか聞き覚えのある声が聞こえてきて。
方やおそらく新入社員、方や人と普段話さないためか挙動不審の幼馴染に視線を移すと、「あの子中々度胸ありますね」と呟いた橋本の声が聞こえた。
「天宮さんも罪な男です」
「なんでだよ」
「なんでもです。あ、青山さんが口を開いたんで黙ってください」
「なあ俺先輩だよな?」
そう言っていると、最初は戸惑い気味に返していた朱莉がどんどん慌ててくる。
そして、不審に思って橋本と顔を見合わせた瞬間、それは起こった。
「―――――蒼とは、本当にただの幼馴染だから!」
だからぁぁぁ! というエコーが廊下に響く。
顔を真っ赤にしていた朱莉はその一瞬で色をなくすと、ちょうど近くにいた俺と朱莉を好奇心の瞳で見比べている
そして殴られるのが嫌な俺は自らの保身のために、朱莉が聞いていないことをわかっていながらも言葉を落とす。
「俺のせいじゃないからな」
◇◇◇◇◇
「だから、本当にただの幼馴染なんだってば!」
会社の同僚たちに質問攻めされ、そう叫びながらジョッキを置いた朱莉は中々様になっている。
そんなことを考えていると、「居酒屋で恋バナっていいですね」と目をキラキラと輝かせた橋本が同意を求めるように視線を向けた。
「お前の恋バナのイメージどうなってるんだ?」
「酒の肴です」
「お前の正直なところ、俺は嫌いじゃないぞ」
俺はそう言った後、「まあ俺の幼馴染は嫌いらしいけどな」と横を指す。
そこには眉に皺を寄せた朱莉がいて、橋本は少しだけ身震いした。
しかしそれも一瞬で、すぐに何かを期待するような視線で俺を見る。
「で、天宮さんは?」
「朱莉が言ってる通り、本当にただの幼馴染だから」
ニヨニヨと見つめてくる橋本から顔を逸らし、ビールを煽って机に置く。
それでもなお表情を変化させないそいつは、身を引くどころか逆に乗り出して俺を見た。
「じゃあじゃあ、青山先輩は天宮先輩のことどう思ってると思います!?」
「だんだん遠慮がなくなってきたな橋本………」
「
「とりあえずお前は部長とかと酒飲まないようにしろよ…………」
そんなやり取りをしていると、不意にきゃああ! と悲鳴が聞こえてきて、俺は思わずそちらの方へと視線を向ける。
そこには、朱莉を中心に女子社員たちが群がっていた。
「産まれた病院も同じってことは、本当にずっと一緒なんですね!」
「やっぱり一緒にいると恋愛感情芽生えたりするんですか!?」
「本当君たちはそう言うの好きですね………」
女子社員たちの言葉に、俺は目を遠くしてポツリと呟く。
その瞬間、「幼馴染との恋は定番ですよ!?」と血眼の女子が迫ってきて、俺は思わず身を引いた。
それから『いかに幼馴染との恋がいいか』について語られた後、俺は何とか橋本からも先ほどの場所からも離れた場所に座る。
ふう、と息をついたその席には先客―――――幼馴染がいて、俺は顔を顰めて彼女を見た。
「朱莉。酒飲むときいつも思うんだが、ちょっと飲みすぎじゃないか? 介護するのは俺だぞ」
「こんなの、飲まなきゃやってられないの!」
その勢いのままダァン!! とジョッキを置いた朱莉に拍手を送りたのはやまやまだが。
けれども俺も被害者である。
だからこそ俺は、少しだけ目を遠くしながら減っていくビールを見つめた。
「そんなことないと思うんだよなあ」
それを見たものは、『あれは社会人の真理』と思わず言ってしまうほどの哀愁が漂っていたと語ったという。
◇◇◇◇◇
「本当になーにやってるんですかね…………」
酔っている朱莉の肩を支えながら俺が呟くと、朱莉はそっと目を逸らす。
「家が近いから」と適当な理由をつけて朱莉と一緒に帰ってきた俺は家の中に入ると、真っ暗だった部屋の電気をつけた。
「いつもごめんねー」
「そう思うならやめるか感謝の言葉と愛の言葉を伝えてください」
要するに「やめろ」と伝えてる俺に対し、朱莉はむうと頬を膨らます。
感謝はいつもしてる、という言葉に適当な相槌を返すと、それはさらに膨らんだ。
「だから、本当に思ってるってば!」
「だから、本当にわかってるってば」
淡々と返しながらそいつをリビングに運び、冷たいお茶を冷蔵庫から取り出す。
氷を入れたそれは冷たくなり、結露で表面を濡らした。
「はい朱莉、水」
「…………蒼」
「何?」
机の上のものをどかしながら、俺はリビングの方へと向かう。
俺は返事をしながら、少し濡れてしまったそれを朱莉に渡そうと腕を伸ばした。
けれど朱莉の手はなぜかそのグラスを素通りして、俺の服の裾を引っ張る。
ぐいっと軽く引っ張られたそれに、俺は怪訝な顔で振り返った。
「朱莉、お前、何……………」
「―――――いつもありがと、蒼。大好き」
(………………は)
ふにゃり、と笑った朱莉を見る。
脳が理解をする前に、ガシャンという音が真下で聞こえた。
ぎゃあああ! と悲鳴を上げた幼馴染の声が、やけに遠く聞こえる。
じんじんと痛む足を見て朱莉が再び悲鳴を上げたのを聞きながら、俺はぼんやりと思考を戻した。
「ちょっと蒼! なにコップ落としてるのよ!」
「ああ、ごめん」
ほら足から血出てる!! と慌てて部屋から出ていき、救急箱を持って戻ってきた朱莉を何ともなしに見る。
その瞬間、つい数秒前の記憶がよみがえってきて、俺はバッと耳を抑えた。
「……………いや」
(いやいやいやいやいやいや!!!)
ない、ないって、ないってば。
ガンガンと鳴り響く心臓の音が、やけにうるさい。
心なしか熱を持っている頬を濡れた右手で押さえるが、全く冷たくならなかった。
「いや、これはちがっ、たまたまびっくりしてっ」
「蒼、何言ってるの?」
「何にもない!」
そう、何にもないんだ。何にもないから、だから、何にもないはずで。
ぐるぐると周る思考の中、俺は必死で熱を冷まそうと試みる。
だけど朱莉に怒られることでまた思い出すという堂々巡りを続けた俺は、いっそ白黒つけてしまえと幼馴染を見つめた。
だって、幼馴染だぞ? ある訳がないじゃないか。はっきりすればわかるだろ。
「…………蒼?」
不思議そうに瞬きをする朱莉を、じっと見つめる。
けれどさらにじわじわと熱を増す頬が、それが間違いではないことを物語っていた。
(………………無理だ)
この気持ちを否定するには、もう遅すぎた。
『本当にただの幼馴染だから』
少し前の記憶が、頭に蘇る。
そう、俺たちは幼馴染。
幼馴染なんだから、家族なんだから、相手を『好き』になることなんて、絶対にない、はずだった。
―――――でも。
「…………これはダメだろ………」
こんなの、『好き』になっちゃうじゃん。
ドクドクと高鳴る心臓は、いつの日かと同じ鼓動を刻んでいた。
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会社では完璧な幼馴染が、家では料理できないっ子で可愛すぎる件。 沙月雨 @icechocolate
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