町田市の怪談 (笑)

一視信乃

トンネルの怪

 ねっとりとした夏のよい相模原さがみはら市内にある大学近くの古いマンションを出て、夜道を一人自転車で走る。

 目的地は、自宅通学している友人の家。

 辺りはすっかり闇に包まれていたが、何度か行ったことある場所だし、自分の田舎いなかに比べれば民家も街灯も多い。

 別段怖いとも思わず、二つの市の境を流れる境川さかいがわを渡った。

 友人の家は川の向こう、まち市内にある。


 坂を登り、二つ目の信号を右折する。

 夜としてはまだ結構早い時間だと思うが、人も車もまったく通らないのはなぜだろう。

 そんなことを思いながら、道の途中にある短いトンネルに入ると、車道になぜかぽつんと立つ人影に気付きドキッとした。

 近づいていくと、女だとわかりホッとする。

 そのまま抜き去ろうとしたら、「あの」と呼び止められた。

 ブレーキをかけ振り向くと、声の主は高校生くらいの女の子だった。

 大きな目がとても可愛い美少女だ。

 肩までの茶髪にオレンジのトレーナーと茶色いハーフパンツ。

 夏だというのに長袖ながそでで、暑くないのだろうか。

 少女は不安げな様子でいった。


「ここ、どこですか? 神奈川ですか?」


 迷子だろうか?

 だが、こっちに来てまだ半年程度の自分には、正確な地名をすぐに答えることはできない。

 とはいえ、これだけははっきりいえる。


「はい、神奈川です」


 きっぱり答えると、少女はおどろいたような顔をした。

 それから両手をほおにあててうつむき、泣いているような笑っているような、奇妙な声を上げ始めた。

 いきなり大丈夫かと心配になったが、どこか尋常じんじょうではない様子に、少し怖くもなり、見なかったことにして再び走り出す。

 トンネルの出口でチラッと振り向くと、少女の姿はもうなかった。


 友人の家に着き、その話をすると、ヤツはニヤリとしていった。


「出るんだよ、あそこ」

「出るって何が?」

「オ・バ・ケ。もとは木が生い茂ったがけで、古いお墓もあったみたいで、みょううわさが多い場所なんだけど、数年前、女子高生がスピード違反の車にかれる事故があってさ。ワイドショーとかで見なかった? 地方に住むアイドル志望の子が、東京でアイドルにしてやるってだまされ、風俗で働かされて、神奈川に住む親戚しんせきんちに逃げようとしたけど、途中で運悪く死んじまったってヤツ」

「ああ、そういえば……」


 なんか聞いたこと、あるような気がする。


「その事故あったの、あのトンネルの前で……まあ死んだのは病院でだけど、今でもあそこらへんを女子高生の霊が彷徨さまよってるとかいわれてるんだ」

「じゃあ、さっきのは……」


 急に背筋がぞくりとした。


「なんか、神奈川に連れてけっつって、車に乗り込んできたりおそいかかってくるなんて噂もあるから、無事で良かったな」


 その言葉に心からあんしていると、「そうそう」と友人が、改まった顔つきで切り出した。


「一つ大事なことをいい忘れていた」


 そして、勿体もったいぶるみたく深呼吸を一つしたあと、ふたたび口を開く。


「町田市はじゃない。だ」

「え?」

「神奈川じゃねぇ。東京なんだよ。!」


 つばを飛ばさんばかりの勢いで、友人はまくし立てる。


「知ってっか? 都内のファーストフード店で使えるクーポン、町田で使えなかったんだぜ。修学旅行んときのバスガイドも、町田市立って知ってんのに、皆さんの県ではとか抜かしやがってよぉ……」


 まだ何かしつこくうったえ続ける友人の方が、気の毒な美少女幽霊より、はるかに怖いと思った。




※トンネルはれっきとした心霊スポットですが、女の子の話は全部フィクションです。

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町田市の怪談 (笑) 一視信乃 @prunelle

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