訪問販売

身ノ程知ラズ

訪問販売

惰眠を謳歌する日曜日の昼下がり

なんとなくつけていたテレビも電気代の無駄と思い、先程消した

まだ六月というのにクーラーをつけてしまっている自分に腹が立つ

行き場のない怒りをスマホを見て抑えようとしたところで

インターホンが鳴った

誰かは見当がつかない、ただグータラを邪魔された時点で

ロクでもないやつということはなんとなく察しがついた

めんどくさくなってドアチェーンをかけずにドアを開けた

そこにはこんなに暑いにも関わらず真っ黒なスーツで身を包んだ

いかにもマルチでもやっていそうな男が突っ立っている

「どうされましたか」

半分うんざりしながらやる気のない声で訊ねてみる

「お客さま、こちらの…」

「結構です」

第一声が『お客さま』の時点でこいつはダメだと確信した

まぁどんなに素晴らしい商品でも今の生活のままで十分幸せだ

勢いよくドアを閉めたつもりだったが閉まりきらない

足元を見るとその男が足でドアの閉鎖を拒んでいた

こういうのほんとにあるんだ、と妙に感心していると

「ちょっと待ってくださいよ〜」

痛みを我慢しているのか情けない声でそう言われた

「ちょっとほんとに大丈夫なんで!」

俺はドアを閉めようと強めにドアノブを引くが男もなかなか引こうとしない

感触から察するにこいつは靴に金属製の何かを入れている

これは厄介だ、どうすればいいか分からずとりあえず交渉してみる

「痛いでしょうから早く帰ってください、私も疲れているんですよ」

「お、そんなお疲れのお客様にピッタリの商品が…」

こいつ正気か、まともじゃない相手を前にたじろぐ

このままじゃ埒があかない、俺は思い切ることにした

本気を出してドアを引く、金属が割れるような音がしたと思えば

その瞬間ドアはとてつもない音を立ててようやくしまった

足元を見れば彼の左足の指先から土踏まずあたりまでだけが

大量の血と共に転がっており

耳をすませばこの世のものとは思えない悲痛な叫び声が聞こえる

日々の運動不足を解消するためにやっていた筋トレが

こんな形で役に立つとは思ってもみなかった

「筋肉は全てを解決する」とはよく言ったものだ


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訪問販売 身ノ程知ラズ @mizoken

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