まさかの結末

 葉子に自分の喋り方やしぐさが演技だと男性たちに暴露されたひとみは、そのお返しとばかりに、洗い場の扉の上に掲げてある【洗浄室】という看板を、昼休みにこっそり【お化け屋敷 葉子の館】に替え、それを見た従業員たちは皆爆笑していた。


「葉子の館とか、ウケるー」

「俺も前からそう思ってたんだよ」

「あの女にピッタリのネーミングだな」


 口々に賞賛の声が上がる中、一人だけ浮かない顔をしている人物がいた。

 それはもちろん山本葉子。彼女は看板を替えた犯人をひとみと断定し、すぐさま糾弾した。


「あんた、自分の秘密をバラされたからといって、何もこんな手の込んだいたずらをすることないでしょ!」


「私はそんなことしてませんよー。何か証拠でもあるんですかー」


「証拠とか言い出す奴は、大体犯人なのよ。さあ、早く看板を元に戻しなさいよ」


「お断りしますー。そんなに戻したければ、自分で戻せばいいじゃないですかー」


「あんた、あくまでも犯人は自分じゃないと言い張る気ね。それならそれで、こっちにも考えがあるわ」


「どうするつもりですかー?」


「それはあんたに言う必要はない。とういか、あんた演技してるのはもうバレてるんだから、その語尾を伸ばす喋り方はやめなさいよ」


「これは演技なんかじゃなくて、生まれつきなんですー。前も言ったじゃないですかー」


「ああ、あんたと喋ってたらイライラするわ! 早く私の前から消えてよ!」


「葉子さんが私の前に現れたんじゃないですかー。消えるなら葉子さんの方ですよー」


 なかなか騒動が収まらないのを見兼ねて、伊藤が止めに入った。


「二人とも、ケンカするのはもうよせ」


「伊藤さん、ちょっと聞いてくださいよー。葉子さんが私のこと犯人扱いするんですよー」


「それはひでえな。おい、化け物。お前はなんでそんなこと言うんだ?」


「この女以外に、犯人が思い当たらないからよ」


「それだけで、よっしーを犯人と決めつけるのは早計過ぎるだろ。もっとよく考えてみろよ」


「考えるまでもないわ。犯人はこの女に決まってるんだから」


「ほんとお前は顔も腐ってるが、心も腐ってるな。だから、男に相手にされないんだよ」


「それはこの際、関係ないでしょ!」


 葉子の大声を聞いて、透かさず坂本が駆け付けた。


「どうしたんだ、葉子さん。そんな大声出して」


「伊藤さんが、私のことを男に相手にされないって言ったの」


「それは事実だろ? そんなんで、いい歳したおばさんが大声なんて出すなよ」


 大好きな坂本にそう言われた葉子は、精気のない顔をしながら「……どうせ私は嫌われ者だよ」とつぶやき、逃げるように部屋から出て行った。


「二人とも、ありがとうございますー。おかげで、私の無実が証明されましたー」


「それはよかった。犯人は多分葉子さんだよ。あの人、意外とかまってちゃんだから、みんなに注目してほしかったんだよ」


「坂本さん、俺は犯人は他にいると思うぜ」


「えっ、伊藤さん、何か心当たりでもあるのか?」


「ああ。さっきは否定したけど、俺は犯人はよっしーだと思ってる」


「伊藤さん、ひどーい。私がそんなことするわけないじゃないですかー」


「いや。冷静に考えてみると、犯人はお前以外に見当たらないんだよ。あと、その喋り方はもうやめろ。うっとうしいんだよ」


「確かに、言われてみればそうかもな。ひとみ、犯人は君なんだな?」


 二人から責め立てられ、ついにひとみは「バレたら仕方ないわね。そうよ。看板を替えたのは私よ。あの女が私の秘密をバラしたから、仕返ししてやったのよ」と、罪を認めた。


「やっぱりそうか。あと、その喋り方が本来のお前なんだな?」


「そうよ。今までのは全部演技。あの女がバラさなかったら最後まで貫こうと思ってたけど、それももうおしまいね」


「俺はその喋り方の方が好きだけど、坂本さんはどうだ?」


「俺は前の方がいい。それに今まで演技してたのかと思うと、なんか急激に冷めたよ」


「じゃあ、坂本さんはよっしーから撤退するわけだな?」


「ああ」


「とうことは、ライバルは木戸だけになったわけだけど、あいつははなから眼中にないから、よっしー争奪戦は実質俺の勝ちってわけだな」


「まあ、それでいいんじゃないかな」


「あんたたち、勝手に決めないでくれる? 私は河内さんと付き合うんだから」


「えっ! 河内って、最近入ったごつい体した奴じゃねえか。あんな奴のどこがいいんだ?」


「彼、武道の達人なのよ。私、強くてがっちりした人が好きだから、河内さんはその条件にピタリと当て嵌まるの」


「…………」


 ひとみのまさかの告白に、伊藤はショックで何も言い返すことができなかった。


 一方、坂本に冷たくあしらわれた葉子は、その後職場に戻ることはなく、彼女がいた洗い場には、貞子ならぬ【葉子のテーマ】が延々と流れていた。


『♪来る。きっと来る。一時間に一度、奴はやって来る。コロコロ片手に、ガラガラと不気味な音を立てながらやって来る。そして、コロコロで従業員たちの髪の毛をむしり取る。その代償として、新しいウエスを一枚置いて行く。その後、不気味な笑みを浮かべながら去って行く。でも、ホッとするのも束の間、一時間後に奴はまたやって来る』


  了









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ハケン2 丸子稔 @kyuukomu

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