番外編 計算女に騙されるな!

──ふふ。ほんと、男ってバカな生き物ね。


 吉田ひとみは年齢が三十代後半にもかかわらず、職場の男性からモテモテだった。


──喋り方やしぐさを可愛くしただけで、コロッと騙されるんだから。あと、わざと作業をゆっくりしても、それに気付かず周りの男が助けてくれるから、ほんと楽ちんだわ。


 ひとみはどうやったら男にモテるかを常に計算しながら生きている、したたかな女だった。


 その対極にいるのが山本葉子。彼女はひとみと同世代なのだが、生き方が全然違っていた。

 その醜い容姿のため、幼少の頃から男女問わずいじめられていた葉子は、そのせいですっかり陰気な性格になり、大人になった今でも誰も彼女の笑顔を見た者はいなかった。


 そんなある日、日頃からひとみに好意を寄せている、浮気バナナこと坂本敏行、大食い辛口男こと伊藤洋一、ウドきまこと木戸浩二の間で、ひとみをめぐる激しいバトルが行われた。


「俺がひとみのことを一番愛してるんだよ!」

「ふざけるな! 俺の方がよっしーのことを愛してるに決まってんだろ!」

「いえ! 僕が一番ひとみさんのことが好きなんです!」


 三人は一歩も譲らず、このままだと血の雨が降るのは火を見るより明らかだった。


「みなさん、私のためにケンカしないでください」


 騒ぎを聞きつけたひとみは、昔の歌詞のフレーズのようなセリフを吐きながら、三人の間に割って入った。


「ちょうどよかった。この三人の中で誰が一番好きか選んでくれよ」


 突然の坂本の言葉に、ひとみは体をくねらせながら「そんなの選べないよー」と、甘ったるい声で断った。


「ふっ、相変わらず、可愛いじゃねえか。でも、選んでくれないと、今からここに血の雨が降ることになるんだよ」


 伊藤の物騒な言葉を聞いたひとみは、「私はみんなのものだから、一人を選ぶなんてできないよー」と、困った顔を作りながら歯の浮くようなセリフを吐いた。


「それでも選んでくれないと困るんです。僕はひとみさんより年下ですけど、この大きな体同様、包容力には自信あります」


 自信満々に言う木戸に、伊藤は「何が包容力だ。お前は中村の車でも覗いてればいいんだよ」と、痛烈な言葉を放った。


「そんな昔のことを、いつまでも言わないでください!」


「昔だろうがなんだろうが、お前が中村の車を覗いていたことは事実なんだろ? そんな奴に、よっしーを任せられるわけないだろ」


「伊藤さんの言う通りだ。そもそも、中村さんとは見込みがないから、ひとみに乗り換えようという、その根性が気に食わないんだよ」


「よく人のことが言えますね。坂本さんだって、岡さんとうまくいかなくなったから、ひとみさんに乗り換えたんでしょ?」


「お前と一緒にするな。俺は伊代ときちんと別れてから、ひとみにアタックしてるんだ」


「どうだか。この前も日笠さんにアタックしてたし、あなたは尻が軽すぎるんですよ」


 三人のいがみ合いが泥仕合の様相を呈してきた頃、突然山本葉子がその間に割って入った。


「あんたたち、この女はやめといた方がいいよ。この女のやってることは全部演技だから」


 坂本のことが好きな葉子は、彼がひとみに嵌まっていることが許せなかった。

 葉子の衝撃の言葉を聞いた三人は、揃って驚愕の表情をしながらひとみに目を向けた。すると──




「やだー。そんなわけないじゃないですかー。なんでそんな意地悪なこと言うんですかー」


 ひとみは先程より更に大きく体をくねらせながら否定したが、葉子は「あんたのやってることは、たとえ男は騙せても女の私には通用しないよ」と、一刀両断した。


「ひとみ、今、葉子さんが言ったことは本当なのか?」


 困惑の表情で訊く坂本に、ひとみは「嘘に決まってるじゃないですかー。私は演技なんてできませんよー」と、すがるような目で否定した。


「嘘じゃないよ。大体、今時こんなわざとらしい喋り方やしぐさをする女なんていないから」


 自信満々に言う葉子を見て、伊藤は「おい、よっしー。この化け物が言ってることは全部嘘だよな? もし本当だったら、俺たちを騙した罰として、この化け物同様、お前のことを村八分にするぞ」と、強い口調で言った。


 葉子と同類扱いされることに危機感を抱いたひとみは、「この喋り方は生まれつきなんですー。しぐさも決して狙ってやってるわけではありませーん」と、必死の形相で訴えたが、彼らは皆、怪訝な目で彼女のことを見ていた。


 葉子の発言で、三人から疑いの目を向けられたひとみは、帰宅するなり母親の玲子に対して痛烈な言葉を放った。


「おい、ばばあ! 飯ができてないじゃねえか! こっちは仕事で疲れて帰ってるのに、まだ飯ができてないとはどういうことだ!」


「ごめんね。ちょっと体調が悪くて、さっきまでずっと寝てたんだよ」


「そんなの、知るか! 先に風呂に入るから、それまでに作っとけよ!」 


 そう言うと、ひとみはすぐに風呂場へ消えていった。


 ひとみは素早く体と頭を洗った後、湯舟に浸かりながら今日一日の出来事を振り返った。


──葉子のやつ、余計なこと言いやがって。あいつ、自分がモテないから、私に嫉妬して、あんなこと言ったに違いないんだ。せっかくここまでうまく騙せてたのに、このままじゃみんなにバレるのは時間の問題だ……覚えてろよ。絶対このままじゃ済まさないからな。


 ひとみは鬼のような形相で、葉子への復讐を誓っていた。


 

 




 

 


 

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