第42話 やっぱりレオはレオだった

 協田が執筆活動のため退職した今、彼と同じ部署で働いている女性の大半は魂の抜け殻状態になっていた。


「もう何もやる気が起きないわ」

「いっそのこと、みんなでここを辞めない?」

「それいいわね。みんなで辞めれば怖くないしね」


 一人の女性の意見に大半の女性が賛同し、多くの女性派遣社員が今月いっぱいで退職することになった。

 この異常事態に、班長の井上を始め会社側は何度も慰留したが、彼女たちは皆聞く耳を持たなかった。


「元々、休憩時間の少ないここで働くのは嫌だったのよね」

「それに班長は特定の人間だけえこひいきするし」

「食堂の日替わり定食がサバと鶏肉ばかりなのも気に入らなかったのよ」


 次々と出てくる不満に、会社側は彼女たちを慰留することをあきらめ、新たな人材を募集することになった。

 しかし、時期が中途半端なことと場所が田舎過ぎることが災いし、まったくと言っていいほど人材は集まらなかった。


「こんなに女性がいなくなったら、もうここで働く意味はないね」


 そう言うレオに、これ以上退職者を出してはたまらないと、井上は必死に彼を説得した。


「確かに女性の数はかなり減ったけど、あんたの好きなアンニカはまだいることだし、我慢してよ」


「アンニカは私に興味がないので、いてもいなくても同じなんですよ。それより、私に興味を持ってくれる女性を他の職場で探します」


「そんなこと言っても、この時期はどこもあまり募集はかけてないはずよ。だから、我慢して最後までここにいてよ。どうせあと一ケ月しかないんだからさ」


「じゃあ、私は自分の店を出します。前にお好み焼き店で修業したおかげで、お好み焼きを焼くのはプロ級なんですよ」


「はあ? あんた自分の店を出すのはいいけど、お金はあるの?」


「そんなのあるわけないでしょ。妻の実家が大金持ちなので、そこから借りるんですよ」


「まあそれはいいとして、店を出すのは来年からでもいいんじゃない?」


「善は急げって言うでしょ? どうせ店を出すのなら、早いに越したことはありません」


「あんた、私に散々世話になっておきながら、裏切る気なの?」


「恨むのなら私ではなく、こういう事態を招いた協田さんを恨んでください。まあ井上さんにはお世話になったので、店をオープンしたら招待しますからぜひ来てください」


「あんたが焼いたお好み焼きなんて食べるわけないでしょ! もうあんたの顔なんて二度と見たくないわ!」


 井上は吐き捨てるように言うと、そのまま逃げるように去っていった。




 その後、レオは妻の由美をなんとか口説き落とし、彼女の実家から金を借りることになった。

 そして先日廃業したお好み焼き店を改装して、来月の中旬には新しい店をオープンできる見通しとなった。

 工場で働く最後の日、レオはそのことを井上に報告した。


「それは良かったじゃない。私は行かないけど、あんたの店が繁盛することを祈ってるわ」


「そんなこと言わずに食べに来てくださいよ。井上さんには特別にサービスしますから」


「サービスって?」


「井上さんの分はキャベツを少しだけ多く入れておきます」


「たったそれだけ! どうせなら豚肉を多く入れてよ」


「ということは、豚肉を多く入れたら来てくれるんですね?」


「えっ! なんか引っ掛かったみたいだけど、そうしてくれるのなら行ってあげてもいいわよ」


「分かりました。じゃあ井上さんの分は豚肉を二割増しで入れておきます」


 この前までいがみ合っていたのが嘘のように、二人は時折笑顔を交えながら語り合っていた。





 十年後、協田は書いた脚本の映画やドラマがすべて大ヒットするほどの売れっ子作家になっていた。

 東京へ行く際に一旦別れた麗華とは、仕事がうまくいき始めてからすぐに関係を修復させ、今は二人の子供とともに幸せに暮らしている。


 坂坂コンビの二人は連日劇場で漫才を披露し、現在は押しも押されもせぬ人気者となっていた。

 坂川は番組で共演した元アイドルと結婚し、彼女の尻に敷かれながらも、幸せな結婚生活を営んでいる。

 一方、坂本は伊代と結婚したのはいいものの、相変わらずの女癖の悪さで日々伊代を悩ませている。


 伊藤洋一は、大食い大会で優勝したことがきっかけで、現在は日本一のフードファイターとして世界の猛者たちと渡りあっている。


 悪い意味で唯一無二の顔面を持つ山本葉子は、バイト先のお化け屋敷でスカウトされ、現在は幽霊役専門でホラー映画に出まくっている。


 そしてレオは、店の従業員を全員若い女性で固めるとともに、連日レディースデーを設けて、女性客を増やすことに躍起になっていた。

 その甲斐あってレオの店『女好き』には連日若い女性が押し寄せ、レオは日々女性に囲まれながら生活していた。

 妻の由美と高校生になった娘の亜里沙はそのことを快く思っていなかったが、当の本人は「俺から女好きを取れば、何も残らないからな。ぎゃははっ!」と笑い飛ばし、彼女らの気持ちなどまったく考えていなかった。

 つい先日も、店に訪れた亜里沙の友達をナンパして、二人からお灸をすえられたばかりだったが、レオは反省するどころか翌日も店に訪れた女子大生をナンパしていた。

 店名にするほどの女好きなレオは、これからも多くの女性とトラブルを起こして、由美と亜里沙をやきもきさせるのだろう。


   了



 


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