遺影、撮ってよ!

中野 糸

遺影、撮ってよ!


望月映見里が嫌いだ。

口紅で真っ赤に染めた唇も、金に染めた髪をくるくるに巻いて、おまけにスカートもくるくる巻いて、これでもかって言うくらいに足をさらけ出しているところも、授業中寝てばっかりいるところも、知性のかけらも無い言動も、とにかく全部気に食わない。

私は、入学したての頃から、彼女に関わるのをやめていた。校則が保守的な女子校であるウチのお堅い入学式の時点で金髪だったものだから、みんな相当ザワついていたのを覚えている。当の本人は全然気にならないと言った様子で爪をいじっていた。それもまた、私には気に食わなかった。大体、校則くらいのものを守れない人間の気が知れない。お洒落したいのは結構、だが、わざわざ波風を立ててまでそれをする理由が分からない。やりたいなら、学校の外でやればいい。怒られなくてもいいことで怒られ、そのせいで、こちらの時間まで奪われるのだからたまったものではない。望月は、案の定、入学式終了後呼び出されていたが、職員室から帰ってきた彼女に全く懲りた様子はなく、眠たそうに欠伸をして、自分の席に着いたかと思ったら、ぐうぐう寝息を立てて眠ってしまった。その様子のはしたないこと。

二年生になった今も何故か同じクラスの私と望月は、定期的に発生する「業務連絡」以外で話したことがない。「業務連絡」というのは、学級委員長である私が、先生から頼まれて、望月を注意するというものだ。先生曰く、「ほら、大人から言われるよりも、やっぱりクラスメイトから言われた方が心に響くんじゃないかしら」ということらしい。…体良く、面倒ごとを押し付けてるようにしか思えないが。

なので、内心関わりたくないと思いつつも、私は時折、望月と話さなければならなかった。これまで何回かこの「業務連絡」を行ったが、毎回、望月は真剣に受け取らず、「はいはい」と言った感じでヘラヘラと笑みを浮かべるだけで、全く聞く耳を持たない。

今日も今日とて、先生に例の「業務連絡」を頼まれた私は、学校中をわざわざ探し回り、やっと屋上で望月を見つけた。

「…望月さん、こんなところにいたのね」

「あれ、アヤノさんじゃん、どしたん」

「わかるでしょ?いつもの、よ。その金髪とお化粧、それにスカート、全部校則違反。明日までに直してきて。大体屋上にいるのだって…」

「あー、ハイハイ、うんうん、分かった分かった!アヤノさんも懲りないねえ〜!あたしが言うこと聞かない、しぶとい女だってこと分かってるっしょ?」

「私だって、そんなこと分かってるわよ。本当は、こんな無駄な時間の使い方、したくないわ」

「じゃあ、やめれば?センセーに頼まれてるんだかなんだか知らないけどさあ。…それとも、もしかして本当はあたしのことが好きだったり?」

「馬鹿言わないで」

「アハハ、じょ〜だんじょ〜だん」

「…私は忠告したからね、いい?今度こそやめるのよ。私は忙しいの。いつまでも貴女にかまっている訳にはいかないし、そんな暇があったら早く部活に行きたいの」

「へえ、イインチョー、部活やってんだ。何部なん?」

「……写真部よ」

「ふーん…写真部、ねえー」


そう言うと、彼女はしばらく考え込んでいたが、何かを決心したような表情を浮かべて、いきなり私の手を掴み、こう言ったのだった。


「じゃあさ、あたしの遺影、撮ってよ!」


***


私が住む町は、「程よく都会で程よく田舎」みたいなところで、特に不便もない代わりに、これと言った特徴もない、平凡な町。もはや町のちょうど中央辺りに位置する私たちの通う名門女子校、私立水鳥女子大学附属高等学校がランドマークになっていて、町に乗り入れている私鉄の駅名も「水鳥学園前」だ。

水鳥学園は、通称「みど女」と呼ばれ、この地域に住む女子たちの憧れの的となっている。私も例に漏れず、幼い頃から家の近くにあったこの学校で学びたいと思い、入学した。まあ、母親もこの町で生まれ育ち、小中高大とみど女で過ごした生粋の水鳥人だということも大いに影響しているだろうが、なんの疑問も持たずにみど女人生を歩んで来た。

「いついかなる時も淑女たれ」がモットーのみど女では、社交会へ出ても恥ずかしくないような各種マナーの授業も実施されている。こんな中途半端な町から実際に社交会へ出るようなレディが出るかは微妙だが、なかなかの良家のお嬢さまたちは集っているし、マナー自体はどこへ行っても使えるものだから、全くの無駄ではないだろう。校則などは、よくある女子校らしくお淑やかで古めかしいものが多いが、現代の波に乗り、「花嫁修行なんて古い、これからは女性が国を背負うんだ」という方向へ転換したらしく、多方面で輝くような、未来を背負っていく女性たちを育てるため、勉学・マナーだけではなく、スポーツや芸術などの教育にも力が入っており、そのせいか部活動が非常に盛んであることでも有名である。

そんな学校で、私は非常に穏やかに順調に、優秀なみど女生として過ごしていたのに。

ここ数日、アイツに言われた言葉が忘れられなくて、勉強に集中出来なくて困っているのだ。

…「遺影を撮って欲しい」、だなんて。

アイツは、もうすぐ、死んでしまうんだろうか?…いや、そんなわけはないだろう。あんな、図々しくてしぶとさだけが取り柄みたいな女。死にそうになったって、しれーっと現世に留まり続けそうだ。この間、掴まれた時だってすごく力強くて、離された後の腕を見たら赤く痕が残っていたし。

それから、困っているのはその言葉だけじゃない。急にあの日からアイツはよく突っかかってくるようになった。用もないのに、まるで友達のように話しかけてくる。他のクラスメイトが見ている手前、無下にも出来ず、毎回相手をしなければいけない。目立つのは嫌いなのに、アイツが隣に来るだけで目立つ。勘弁して欲しい。何故、私なんだろう。

「アーヤーノーさーんー!ご飯一緒に食べよー!ねー!ねー!」

「食べるから、大声を出さないで」

私の悩みをさらに上書きするかのように、お昼休みになるやいなや、ピンク色の巾着に入った弁当を振り回して望月は、私の席へ駆け寄って来た。私の返事も待たずに、サッと前の席の生徒の机を反転させて、私の机にピッタリくっ付けた。

「…私、貴女は私のことが嫌いだと思っていたけれど」

「え?なんで?…あ、もしかして呼び方?たしかに名字にさん付けはカタカタ過ぎた?あたしも慣れないわ〜!」

望月は、ハート型に切られた玉子焼きを箸で掴みながら、楽しそうにケラケラと笑いながら言った。

「…名字?貴女、私のこと名字で呼んだことないわよ」

「え?いつも呼んでるでしょ、“アヤノさん”って…」

「………それ、下の名前よ」

「………マジ?」

「…はあ、私の名前は、朱城絢野よ、あ・け・し・ろ・あ・や・の。確かに、下の名前で“野”が使われているのは珍しいかも知れないわね」

「ウワー!ほんとごめーん!あたし、てっきり…あ、じゃあじゃあ、アヤノって呼んでいーい?!」

「………好きにして」

「やったー!アヤノもあたしのことえみりって呼んでいいよ!望月さんって長いっしょー!…って、呼び方じゃないなら、なんであたしがアヤノのこと嫌いだと思ったの?」

「…だって、いつも貴女には注意する時しか話しかけないし、そんなの嫌われて当然でしょう」

「やだなー!あんなことであたし人のこと嫌いになったりしねーし!それに、あれはセンセーに言われてやってることっしょ?アヤノの意思じゃないし、関係ないよ!あたしに話しかけてくれるのアヤノくらいだし、あたしはアヤノのこと好きだよ!」

「…そう、良かったわ」

…私は、アンタのこと嫌いだけれど。

私は、アンタのこと、一目見た時からずっと嫌いよ。話すようになってからは、もっと嫌いになった。その馬鹿みたいな笑い方も話し方も、全部全部。

「うんうん、そうだよー!あ、アヤノ、あたしの玉子焼き食べる?お弁当、あたしが作ってるんだよー!すごいっしょー!アヤノは?お母さんのお弁当?…え?違う?…お手伝いさん?ヤベー!」

その後も望月は飽きもせず、ご飯を食べながらベラベラとしゃべり続けた。私は適当に相槌を打ったり、一言二言質問に答えたくらいだがそれでも望月は、すごくすごく楽しそうで、嬉しそうだった。

そして、昼休み終了の鐘が鳴った時、望月は机を片しながら言った。

「あ、そーだ!今日も部活見に行っていい?」

「…別に良いわよ」

「やったー!じゃあ、行くね!楽しみだなー!」

私の唯一の癒しである部活まで今日はコイツと一緒にいなければならないのかとウンザリしつつ、あんまりにも瞳を輝かせながら言うものだから仕方なく了承したのだった。


***


「今日は何撮るの?」

「ん…そうね、空でも撮ろうかしら」

写真部は特別に屋上を使うことを許されている。空を撮影する部員が多いからだ。空はモチーフにしやすいし、それを見た側も何かを感じやすい。晴れていようが曇っていようが雨が降っていようが、空は何かこちらへ語りかけて来ているような気がするのだろう。

特別に、とは言ったものの、望月は授業をサボってよく忍び込んでいるようで、「業務連絡」の時も屋上で見つかることが多い。

望月は、あの日から部活にもよくついて来るようになった。ついて来ても、何をするわけでもなく、写真を撮る私を、壁やら柵やらに寄りかかって、ただ観察している。そして、時たま他愛もない話題を振って来る。

「こないだも空撮ってなかった?好きなん?」

「いいえ、別にそういうわけではないわ」

「え?じゃあなんで空なんか撮ってるの」

「…無難だから」

「ええー?変なの。そういうのって、好きなものを撮るんじゃないの?その方が…なんていうか、気持ち?が込もるんじゃない?アヤノはなんか好きなものとかないの?」

「…好きなもの…」

「そう!これを見たら、心がキューっとなって、ほわほわ〜って身体があったかくなるなー、ってものとかない?」

「…無いわ」

「マジで?」

「ええ」

「…うーん、あっ、ほら、でも写真は好きなんじゃないの?」

「いいえ、私ではなく、母が好きなの。このカメラも母のコレクションの一つを貰ったのよ」

「ふーん…じゃあさ、好きなもの見つかるまで、あたしを撮ってよ!屋上だけじゃなくて、いろんなところで。そん中で、いっちばん盛れてるヤツ、遺影にすっからさ!」

そう言って、望月は笑った。笑うと言うことは、やっぱり遺影うんぬんの話は、望月なりの冗談なのだろうか。

「まあた、その話。貴女、この間も遺影だとかって言ってたけど、そんなのうんと先のことでしょう。普通、遺影って亡くなってしまった時となるべく近いものを使うじゃない。…貴女ってほんとそんな冗談ばっかり言うのね」

「冗談じゃないよ」

「…え?」

「あたし、もうすぐ死んじゃうんだ」

「な、何言ってるの、そんな冗談、笑えないわよ」

「本当だよ。病気なの。だから、アヤノにあたしの遺影撮って欲しい。死んでからずーっと飾られるならアヤノの写真がいいの」

「どうして…」

「だって、アヤノのこと好きだから」

「…」

「ね?いいでしょ?アヤノ、おねがい。一生のおねがい!…あっ、これマジの一生のおねがいじゃん、ウケる」

「…はあ、まあ写真くらいだったら…それで死んだ後化けて出られても困るし…」

「アハ、何その理由!とりま、明日からよろしく!」

渋々了承すると、望月は、短くしたスカートの端を摘まんで、お姫さまのようなお辞儀をした。その様子があんまりにも変で、望月には似合わないものだったから、少し呆れた。


***


それから、私の部活の時間は望月を撮る時間になった。

だからと言って、望月は仰々しくポーズを取ったりはしない。あくまで、「自然体なあたしを撮ってよ!写真館みたいなのは嫌!だって、そんなん変じゃね?遺影って、その人のこと思い出すためにあるのに、あんな作った顔じゃ、あたしじゃないみたいじゃん!」という望月の方針に従って撮影している。

いつの間にか空ばかりだったフォルダにはこちらを見て笑っている望月の写真ばかりが保存されるようになった。

それにしても望月は、全然死ぬ気配なんてしない。いつも元気いっぱいだし、よく食べ、よく寝、よく笑っている。それに、お化粧だっていつもバッチリで、唇が今日も赤く彩られている。

「…ありのままの貴女を撮れって言うなら、すっぴんの貴女も撮っておくべきじゃないかしら?」

シャッターを切りながら、ふとそう言うと、望月はみるみる驚いた顔になって、

「は!?すっぴん!?ありえんっしょ!?」

と言って、手をブンブン振って否定した。

「そうかしら、試しに一枚くらい撮っておいても…」

「ダメ!絶対ダメ!」

「でも、」

「とにかく!すっぴんはダメ!」

望月が珍しく真剣な顔で否定するので、私は引き下がった。何故、そこまでお化粧に拘るのか私には分からなかった。気付くと望月はいつも通りのヘラヘラした顔へ戻っていた。

「ねえ、そんなことよりさ、今度の日曜、海行かん?」

「…海?」

「そ、あたし、海好きなんだよねー!遺影のバックが海ってヤバくない?ちょー綺麗っしょ!」

「貴女と海に行くの?私が?」

「えー!なんでちょっと不満げ?あたしとアヤノの仲じゃん!…ね?おねがーい!」

「…今回だけよ」

「やったー!じゃあ、今度の日曜、駅前集合ね!」

「ハイハイ」

「約束だかんねー!」

望月の「おねがい」は、何故だか断れないパワーを持っている気がする。そして、その「おねがい」をされることがいつの間にかあまり嫌ではなくなっていた。


***


水鳥学園前駅から、一番近くの海までは、私鉄を乗り継いで約一時間半の道のりらしい。電車で海に行くなんて初めてのことだ。駅に現れた望月は、いつもより濃いお化粧をしているが、いつもの雰囲気とは異なった足首まである丈の長い清楚な印象の純白のワンピースを身に纏っていた。思わずその意外性に見惚れていると、その視線に気付いたのか、望月は少し照れながら笑った。

「えへへ、どう?やっぱ海には真っ白なワンピースっしょ!」

「…まあまあね」

「えー!アヤノ、きびしー!ま、いいや、ほら電車乗ろ乗ろ!」

そう言うと、私の手を取って、望月は改札を通り、ずんずんホームめがけて進み、ちょうど発車待ちをしていた電車に乗り込んだ。

それから、私たちは、空いていた席に並んで座り、主に望月がくだらない話をして、過ごした。どんどん変わっていく町並みがとても新鮮で楽しかった。もちろん、これまでも当たり前のようにあの町から出て、買い物しに行ったり旅行に行ったりしているけれど、何故だか、その時初めて外の世界へ出たような心持ちになった。

そうこうしている内に、目的の駅に着いた。ホームに降り立った瞬間から、潮の匂いが鼻を突き抜け、海が近いことを予感させる。無人の駅から出ると、予感通り、すぐ目の前に海が広がっていた。道路を横断して、砂浜に着くと、望月は、「ん〜っ!サイコーッ!」と、思いっきり伸びをした。

砂浜には、休日だというのに誰もおらず、辺りはとても静かで、ただ波が打ちつける音だけが私たちを包んだ。

「アハハ!あたしらの貸し切りじゃーん!」

望月は、ワンピースが濡れるのも構わず、波打ち際まで近付き、波に足首が浸かる度、「冷た!」と言いながらはしゃいでいる。私は、鞄からカメラを取り出し、バシャバシャと波を蹴ってはしゃぐ望月をいつものように撮り続けた。太陽に照らされた望月の金色の髪と白いワンピース、海の青色の鮮やかさが眩しい。

「ねえ、アヤノもこっち来なよー!」

「嫌よ、着替え持ってないもの」

「あっ!着替え!あたしも持って来てない!」

「…貴女って本当に考えナシなんだから」

着替えを持って来ていないということに気付いた焦って落ち込んだ顔にも、シャッターを切った。

「今の顔は撮らなくていいって!」

「あら、貴女が自然体の貴女を撮ってって言ったんじゃない」

「いじわる」

「知らないわ」

望月は、拗ねたようにくるくると回った。それに合わせてワンピースが、クラゲのように踊る。素直に、綺麗だと思った。嫌いなはずなのに、目が離せなくて、シャッターを切る手が止まらない。

「アヤノって、あたしのこと名前で全然呼んでくれないよね」

写真を撮るのに夢中になっていた私は、突然望月から振られた話題の真意が読み取れず、咄嗟に返事が出来なかった。望月は、構わずそのまま続ける。

「いや、ほら、えみりって呼ばれたことないな、と思って」

「…別に、たまたまよ」

そう返事をすると、私は視線を逸らした。距離を取るためにわざと名前を呼ばないようにしていることは上手く誤魔化せていると思っていたが、気付かれていたのかと気まずい気持ちになった。望月は、きっと拗ねた顔をしているんだろう。

「もう!本当にいじわる!…あたしは、えみりって呼ばれた…ッ…!」

望月の言葉が不自然に途中で途切れたので、不思議に思い視線を戻すと、純白だったワンピースは真っ赤になっていた。

突然のことに、フリーズする。

望月は、身体を苦しそうに屈めながら、手で口から止めどなく溢れる真っ赤な血液を受け止めようとしているが、それでは間に合わず、無常にも血液は海へめがけてぼたぼたと流れ落ちていく。

「望月さん!」

やっと身体が動き、望月に駆け寄り、砂浜へと連れ戻した。望月は息も絶え絶えで、立っていられず、砂浜に戻った瞬間にペタンとその場に崩れ落ちた。

「…ッアハ、ご、っ、ごめ、ん…あた、し…」

「無理に話さないで!今、救急車呼ぶから、動かないで!」

気休めにしかならないとは思いつつ、望月の背中を撫でる。片手で鞄からスマートフォンを取り出すが、指が震えて上手くボタンを押せずに手間取る。人生で押すとは思っていなかった番号を、一つ一つ押して、やっとの思いで電話をかけることが出来た。望月は、私が事情を説明している間に、今にも意識を失いそうになっていた。

「望月さん!救急車呼んだからね!大丈夫、大丈夫よ」

大丈夫と、まるで自分に言い聞かせるように繰り返した。望月の背中をさする手は汗をかき、目からは我慢しようと思っても涙が零れた。

「ア、ヤノ、ごめ、ん…泣かな、いで…おね…が、い」

「な、泣いてないわよ!そんなことより話さないで…お願いよ…!」

「ごめん、ね、でも…最後の、おね、がい、聞いて…くれる?」

「最後って何よ…死なせないわよ…!私の写真を、遺影になんてさせないんだから!」

「…えみりって、呼ん、で…」

「…ッ!」

「おねが、い」

「…えみりのことなんか大嫌いよ、本当に…大っ嫌い!」

「ふ、フフ、いじ、わる、なん…だから…」

望月は、最後の力を振り絞るかのように、私を抱き締めると、そっとキスをした。望月の口に付いた血が私にも付いた。まるで、いつもの望月のように真っ赤な口紅を付けているみたいだった。

「…あか、いろ、おそろ…いだね」

「…馬鹿」

ファーストキスは、残酷な血の味がした。


***


望月映見里は死んだ。

あの後、病院へ担ぎ込まれて、さまざまな処置が施されたが手遅れだった。

あんなに元気だった望月はあんまりにもあっさり私の前から消えた。そして、この後、焼かれようとしている。

祭壇には、私が撮った満面の笑みで映る、望月の写真が飾られていた。その前でお坊さんがお経を読み、そのお経の隙間隙間に、葬儀に参列するさまざまな人々の嗚咽が混じった。

病院では、駆けつけた望月の家族から、いろんな話を聞いた。お化粧は病気で青白くなってしまう顔を誤魔化すためにしていたこと、最近はすごく楽しそうにしていたこと、私のことをよく家族に話していたこと。いつだったか、すっぴんを頑なに見せなかったことが、腑に落ちた。

望月は、生前から、「クラスメイトの朱城絢野が撮った写真を遺影に使うように」と家族に固く言い残していたようで、その通り私の写真が使われることとなった。

皆が望月がいなくなったことを悲しんでさめざめと涙を流す中、私は至って冷静だった。

…だって、望月は、「そこ」にいるじゃないか。

「そこ」だけじゃない。

私のカメラにある無数の写真の中で、望月は生きている。

そんなことにも気付けず、ただ涙を流す皆がなんだか馬鹿馬鹿しくて、少し笑った。

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