思いつきで人類を滅ぼそうとする上位存在に死ぬほど愛されています

やまなみ

となりの上位存在さん、人類鏖殺を思いつく

「あ、そうだ。

皆殺しにしよう」


唐突な言葉だった。


「……は?」

困惑する俺をよそに、ソファーの隣に座っていた女が恐ろしい言葉を続ける。


「アイツら全員血祭りにあげて、この地表を血の海にしてやればいいんだ。


そうだそうだ。

それがいいよ。

あははは!」

女はとんでもないことを、心の底から楽しそうに笑って言う。


その様子に、俺は恐怖を感じた。

やはりこいつは狂っている。


いや、そもそも根っこから人間とは違うのだ。

正気というものが、最初から存在しない。


イカレ女が俺の様子に気が付き、俺の顔を覗き込んでくる。



「…ん?


どしたの?

ずいぶんと真っ青な顔をしちゃって」


俺の心を見透かしたように、女はニイッと笑みを浮かべる。

「ああ……もう一度聞きたいんだ?

ふふふ、いいよ。教えてあげる。


皆殺しだよ、皆殺し。

お前以外の人間全部、殺せばいいんだ」


「な……」

予感はしていたが、俺はあまりの邪悪さに絶句してしまう。

そんな俺にかまわず、女は自分勝手な話を続ける。


「今、気づいたんだよ。


アイツら生かしておく価値ないじゃんってさ。

生かす価値がないってことは、いくらでも殺していいってことだもんね。

だったら全滅させても問題ないよね。


あーあ、なんでこんな簡単なことに気が付かなかったんだろう?


最近の悩みの種は、全部アイツらが原因だったんだ。

アイツらがいるから、お前の心は私のものにならない。

アイツらを抹殺すれば、悩み自体なくなるのは当たり前だよねっ♡


なあんだ、とても簡単なことじゃないか。

あはははははは!」


「ひっ……」

俺はその異様さに思わず悲鳴を上げてしまう。

この女に同棲生活を強要されて1カ月。

やっとこの女の狂気に慣れてきたつもりなのだが、それでも目の前で女が言っていることは恐怖でしかなかった。


だが、目の前の女はそれを気にかけることはない。

それどころか、ますます自身の言葉で上機嫌になってゆく。


「よしっ!

そうと分かれば、さっそく殺しにいこうかなっ。

あんなクソゴミムシどもに悩まされる時間がもったいない。


早く邪魔者を消してしまって、お前の事だけを考えていきたいものね。


お前以外の人間がいなくなって、私とお前、お互いの事だけを想って生きていくんだ。

最高の生活だよね!」

そう言って、女は俺の目をのぞき込む。

その瞳は、明らかに人間のそれではなかった。


俺はまともに直視することができなくなり、思わず目をそらしてしまう。


「……」

「ふ~ん?」

沈黙していると、女は俺の顔を無理やり女の方に向かせて、そのまま唇を重ねようとしてくる。


「ん~♪」

甘い声を出してキスをしてこようとする女を、俺は反射的に手で振り払ってしまう。


バシッという音が部屋に響く。


「……あ。やべ……」

まずい。

殺される。


この女の機嫌を損ねれば、どんな悲惨な末路を辿ることになるのか。

この女に付きまとわれるようになってから、その犠牲者たちを嫌というほど見てきた。


だから、俺は彼女を拒絶してしまったことを後悔する。

詰んだ。また殺される。

そう思って恐る恐る顔色をうかがうと……


意外にも、女は怒っていなかった。

ただ静かに、俺のことを妙に優しい眼で見ている。


「…ふふ。


そんなに私を拒絶しちゃってさ。

私と愛し合うのが恥ずかしいのかな?

そういうところも子供みたいで可愛いのは可愛いんだけど…


…シャイなお前も、もちろん好きだよ。

私はお前の全てを、食らい尽くしたいくらい好きなんだから。

でもね……」


女はそこでいったん言葉を区切る。

そして、顔と顔が触れ合うほどの距離で、俺の瞳を見て言った。


「私はお前に求められる方が、もっと好きなんだ。

お前に見つめられて、愛の言葉をささやかれたら、私はもっと幸せになれるんだよ。

これ以上の幸せなんて、存在すらしない。


お前はいままでそんなことをしてくれなかったけど…

いつかは私に心からの愛を抱いてくれると、嬉しいな。

うふふ」


「……」

俺はゴクリと唾を飲み込んだ。



「…ま、今はしょうがないか。


人間には気持ちを整理する時間が必要だってことも、私は理解しているんだ。

私は殺すことは簡単にできるけど、人の心まで操る力はないからね」


言葉は恐ろしいが、その顔は絶世と言わざるを得ない。

見た目だけに限れば、これほど美しい女は他に存在しないだろう。

当然だ。

そもそも人間ではないのだから。


女は俺をその豊満な身体で抱きしめ、俺の頭を優しくなでながらささやく。

「だから、私は待つよ。


お前が私だけを見てくれるときを。

私はいつでも準備ができているんだから。


だから、甘えたくなったらすぐに言うんだよ?

うふふふ」

先ほど邪悪な笑いをしていたのとは違い、今度は聖母のような優しさと愛情で、俺を包み込んでくる。


「……」

俺はたまに恐ろしくなる。


この女自体が恐ろしいのはもちろんある。

だがそれだけではなく、この女に抱かれる度に、俺自身が少しずつ安らぎを感じるようになってしまっていることに。



最初は純粋に恐怖しかなかった。


しかし、だんだんと俺はこの女に依存してしまっている。

俺自身が、この倫理のタガが完全に外れてしまっている化け物に染まってしまい、心が人間でなくなってしまう未来。

それが何よりも恐ろしいのだ。


俺は思わず、女の身体を強く抱きしめ返してしまった。

それに気づいた女は、俺の背中をやさしくなでて、俺を甘やかそうとする。


「ふふふ、やっぱり可愛いや……


お前こそ、私の全てなんだ………

ああ、愛しいなあ……」


女が俺の顔に頬ずりしてくる。

女の肌はすべすべしていて、とても柔らかい。



そのまましばらく、俺と女は抱きしめ合ったままでいた。


俺はふと、このままでいいのかもしれないと思ってしまった。

どうせこの女からは絶対に逃れられないのだ。

それだけの圧倒的な力を、この女は持っている。


ならいっそ余計なことを考えず、この女の愛を受け入れてしまえばいいのではないか?

この女と一緒にいると、そんな風に思えてくる。

このぬくもりの中で、ただ堕落を享受してしまえばいいのではないかと。


俺がそんなことを薄っすらと考えていると、女が急にハッとした声を出す。

「…あっ!

ダメだ!


うっかりお前に見とれてしまったよ。


これから人間どもをすり潰してやるところだったのに」

俺はその言葉で、現実に引き戻される。


そうだ、こいつは人を殺すのに何のためらいもない化け物だった。


「お前との時間は大切にしたいけど…

その前に邪魔者を早く殺さないと」

女は無邪気な笑顔で、俺に話しかける。


「それじゃあ、ごめんねっ。

ちょっとさみしい思いをさせちゃうけど、少しだけ外に出ていくよ。


外の汚らわしい害獣どもを駆逐したら、すぐ戻るからね♡」


そう言って女は部屋を出て行こうとする。

まずい。

このままでは人類が滅んでしまう。


女の背に抱き着いて、俺は思わず叫ぶ。

「ま、待ってくれ!」


女は足を止め、こちらを振り向かずに聞く。

「……っと。

どしたの?


急に後ろから抱きしめてくれるなんてさ」

「えっと……」

焦りから、俺は言葉に詰まる。

この女を引き留めて、殺戮を止めないと。

だが、何を言えばいいんだろうか?



「もしかして、私と離れたくないの?」

女が嬉しそうな声で聞いてくる。


「そ、そうだ!」

俺は反射的にそう答えてしまった。

しかし、女を引き留めるならこれしかない。


女はさらに上機嫌になってゆく。

だが……。


「ふふふ、嬉しいな♪

お前の方から私を求めてくれるなんてさ。


私も本当は、お前と1秒だって離れていたくないんだよ。

でも、今はだめだよ。


私が帰ってくるまで我慢してほしいな♡」

女は甘ったるい声で俺に答える。



予想外の反応だ。

こうすれば、なんとか女を引き留めることができると思ったのに。


「え…なんでだよ……。

い、嫌だ。ずっと側にいてくれよ!」

俺は焦りから、つい大きな声を出してしまう。


だが、女の気は変わらない。

「ふふふ。

お前は本当に可愛いね。

普段そんなことを言われたら、問答無用で犯しているところだよ。


でも、ダメなものはダメなんだよ。

お前のお願いでも、これは譲れないかな。


今は皆殺しが先だから。

お前以外の人類を抹殺して、お前の心の拠り所を私だけにしないといけない。


じゃないと、お前の心が私のモノにならないからね。

だから、少し出かけてくるよ」

女はそれだけ言うと、俺の腕からするりと抜けて、そのまま出ていこうとする。


「ま、待てって! 頼むよ! 俺にはお前が必要なんだ!!

行かないでくれ!」

俺はさらに必死に女にすがりつく。


「ああんっ。

もうっ、しょうがないなぁ♡


寂しがり屋さんでこまっちゃうよ♪

帰ったら好きなだけイチャイチャするんだから、我慢しないとダメだぞ♡」

女はまるで赤子をあやすように、俺に語りかける。

だが、それでも止まるつもりはないらしい。



俺の腕は女の身体を止めることができず、女は玄関の扉に手を掛ける。



もう、だめだ。

こうなったらもう、なりふり構ってられない!



「全部だ!全部やる!!」


俺は女に向かって叫ぶ。



「えっ……!?」

何かがいつもと違うと思ったのだろう。

女が驚いて、俺の方を振り向く。



「俺の全部をやる!

俺の身体も心も未来も、何もかもをお前に捧げよう!

だから、他の人間を殺さないでくれ!!

お前のことだけを考えて、お前だけを愛するから!

永遠にお前のモノでいいから!

それだけで他には何もいらないから!!

だからずっと俺と一緒にいてくれ!!!」


俺は恥も外聞もなく、女の足元で必死に土下座をする。

自分でも驚くほどに、恥ずかしい言葉がスラスラと出てきた。



そう思った瞬間、俺は気づいてしまった。



今の言葉が、ただ彼女を引き留めるためについた嘘ではないことに。



「……」

彼女は俺の言葉を聞いて、しばらく沈黙していた。



……そして、ようやく口を開く。

「………………ふーん、そうくるか……。



うん……悪くないね。

むしろ……すごくいいよ」


彼女はそうつぶやくと、俺の前にしゃがみ込む。



そして、優しい声色で言った。

「わかったよ。

お前の願いを聞き入れてあげる」



「え……」

俺は顔を上げ、彼女の顔を見る。

その微笑みを見て、俺は心を奪われた。


さっき言葉にしたことで、俺は自分の気持ちに嘘をつけなくなってしまった。


ずっと彼女と一緒にいたい。

彼女以外なにもいらない。


ずっと抑えていたその想いに、気づいてしまったのだ。



「お前の望み通り、人類は殺さない。

約束しよう。


お前の愛は、永遠に私だけのモノだと分かったからね」

彼女は非常に満足した表情で、俺に語り掛けてきた。



「あ、ありがとう……」

俺の口から自然とお礼の言葉が出た。



やった。

これで助かった。

人類が滅びなくて済む。


俺は安堵感から、力が抜ける。


だが、彼女は話を続ける。

「さて。

そうなれば、もう我慢する必要もないよね」


彼女が指をパチンッと鳴らす。

すると、突然部屋の床に真っ黒な穴が開いた。


「おわあああっ!?」

俺は身体を支える床がなくなり、そのまま落下してしまう。



「あはははは!

びっくりした?


痛くないから安心してね」

彼女が俺のあとに、穴に落ちてくる。


その直後、俺たちがいた穴の外は、完全にふさがってしまった。



「うおっ!?」

俺は着地に失敗して、地面に倒れ込んでしまう。

が、確かに痛みはない。

ものすごく柔らかいクッションのような地面にぶつかった感じだ。


「大丈夫? ほら、手を貸して」

彼女が差し出した手につかまり、俺は立ち上がる。



周りを見渡すと、全く何もない真っ黒な空間が広がっている。


ほんの少しの光すら差し込んでいない。

だが不思議と、彼女と俺の姿だけが、空間に切り取られたようにはっきりと見える。


「ここは一体……」

「地球から遠く離れた異次元の空間。

たった今私が作って、ワープしたんだよ。


ここなら誰にも邪魔されずに、お前と二人きりになれるからね」

さも簡単なことのように彼女は言う。

神様でもないとそんなことは出来なさそうだが、彼女にとっては容易いのかもしれない。



「さっきも言ったけど、お前の願いは聞き入れたよ。

もう人類を殺すつもりはない。


仮に殺す気があるとしても、もう私ですら人類に手を出すことができないしね」

「なぜ?」


「片道切符なんだよ。

この次元に来るのはさ。


私の力でも絶対に地球には戻れないくらい、遠くに来てしまったんだ」



「じゃあ、本当に……?」


「ああ。

お前があれだけ熱心な愛の誓いをしてくれたからね。

お前の愛に応えるためにも、つがいとして約束はちゃんと守らないと。


ふふふ、これからはずっと一緒だよ♪」

彼女は嬉しそうな声でそう言うと、俺のことを抱きしめた。


先ほどまでの緊張感の反動から、彼女の身体のぬくもりが何よりも心地よく感じる。

もう俺は、彼女を拒絶する理由を失ってしまっていた。



「さて。

私はお前の要求を叶えたよ。


だから今度は…お前の番だよね」

彼女はニヤリとした笑みを浮かべる。



「うわっ……!」

俺は彼女に突き飛ばされ、床に仰向けに倒れる。

そして彼女は、俺の上に馬乗りになった。



「ふふっ。

まずは、キスをしよっか♡」


彼女はそう言って、俺の顔に自分の顔を近づける。

俺は思わず目を閉じた。

唇にやわらかいものが触れる。

蕩けるような感触に、意識が沈みそうになる。



俺と彼女は長い時間、互いの舌を絡ませ続けた。



「はぁ……はぁ……はぁ……」

ようやく彼女が口を離すと、銀色の糸が引いた。



「……ふふふ。


さっきから身体が昂ってしょうがないや。

ほんと、お前は罪な男だよ……」



「俺が…?うあっ…」

彼女は俺の服を脱がせながら、俺の身体をまさぐってくる。



「そうだよ。

お前は二度、私を狂わせた」

彼女の吐息が耳に吹きかかる。


その瞬間、身体中に電気が流れたかのように痺れた。

ふやけた耳で、続く彼女の言葉を聞く。



「一度目は、初めてお前を見た時。

それまでの私は、星を壊しながらあてもなく宇宙を巡るだけの存在だった。


それなのに、お前を一目見ただけで心を奪われてしまった。

それからずっとお前のことばかり考えていたよ。


あの日から、私は存在する意味を見いだせた。

だから、お前に恋をしたあの日が、私が本当に生まれた瞬間でもあったんだよ」


彼女はそう言いながら、俺の首筋を甘噛みした。

気が付けば、俺も彼女も裸になっている。


「そして二度目の今日。

お前は私を求めてくれた。

私以外、何もいらないと言ってくれた。

私にすべてを捧げてくれると言ってくれた。



きっかけは私を引き留めるためだろうけど…

それでも、お前の言葉には本音が入っていた。


私にはそれが何よりもうれしいんだ」



彼女は俺の胸に顔を埋め、強く抱き締めてきた。



「ああ、幸せ……。


ねえ。

私を見て。

私を愛して。

私以外のことなんて考えないで。

他のすべてを捨てて、私だけを愛してほしいの……」



彼女が切なげな声を上げる。

俺はそれに応えるため、彼女を強く抱きしめ返す。



「ああ、愛している。

もう、お前以外のことは考えられないよ……」



俺は何度も愛の言葉を繰り返した。

その言葉自体が、俺自身の心をさらに深く彼女へと沈めてくる。

もう、堕ちるだけだ。



そのたびに、彼女は幸福そうな顔で微笑む。

「嬉しい。

私も愛してるよ。

誰よりも深く、あなたのことを想っている。


だからお願い。

もっと私を求めて。

もっともっと、私でいっぱいになって。

あなたのすべてを、私で満たして」



俺は彼女の口を、自らの口で塞いだ。




そうして、俺と彼女は互いを貪り合う。

他には何もない真っ暗闇の中で、たったふたり。

ただひたすらに求め合い続ける。



この先人類が滅んでも。

何度宇宙が滅び、巡っても。



俺と彼女は、永遠に終わることのない快楽に沈んでいく。



もう取り返しのつかないほどに、俺は狂ってしまったのだろう。

そのことに恐怖すら感じなくなってしまった。


でも、それでかまわない。



彼女と一緒に沈んでいく。

それ以外は何もいらないのだから。


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思いつきで人類を滅ぼそうとする上位存在に死ぬほど愛されています やまなみ @yamanami_yandere

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